
チェアスキーと身体を一体化させ、強靭なフィジカルで斜面を切り裂き、ポールを最短距離でなぎ倒していく。自然の地形を生かしたコルティナの難コースでも、パラアルペンスキー界のスター、イエルン・カムプスフレール(オランダ)、イエスペル・ペデルセン(ノルウェー)、そして地元イタリアのレネ・デシルベストロの強さが光った。
そんな強豪たちを抑えていかにメダルに食い込むか――「あきらめるわけにはいかなかった」。男子回転(座位)の2本目、この種目を得意とする鈴木猛史はリスクを恐れない攻めの滑りを披露。その執念が実を結び、見事3大会ぶりとなる銅メダルを獲得した。
メダルなしで帰るわけにはいかない現地7日の滑降で6位、9日のスーパー大回転で7位、10日のアルペン複合で6位、13日の大回転では4位。報道エリアで「大丈夫です」と口にしながら、内心は「メダルは無理かもしれない」と葛藤を抱え、現地15日運命の回転を迎えた。
2本の合計タイムで争う回転。1本目を終えて鈴木は3位につけた。トップとの差は約2秒半。その差を、「以前より縮まっている」とポジティブに捉え、「失敗してもいいから攻めよう」と覚悟を決めた。 2本目は43秒65でフィニッシュ。2本目単独ではトップのタイムをたたき出し、合計タイム1分31秒30で3位になった。4位は合計タイム1分32秒00の森井大輝だった。

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失敗してもいい。攻めの気持ちで挑むことができたのは、2年前から始めたメンタルトレーニングの成果でもある。1本目の成績がいいと、2本目は失速してしまうことがある。8年前の平昌大会では、若くエネルギッシュなヨーロッパ勢を横目に「少し守って滑ってしまう」と反省を口にした。4年前の北京大会では回転の1本目で4位とメダル圏内にいたが、2本目のフィニッシュ直前で転倒。止まらない悔し涙をこらえ、絞り出すように誓ったのは「このままでは終わらない」という再起への決意だった。

photo by REUTERS/AFLO地元企業と作り上げた特製フレーム
もうひとつ、鈴木のメダル獲得を後押ししたのは、今大会に向けて製作したチェアスキーのフレームだ。精密金属加工メーカーである「エヌ・ティー・エス」は、世界のトップシーンでオートバイの車体を開発した実績があり、チェアスキーとオートバイの共通点に着目。最前線で培ったノウハウを投入し、2022年から地元福島県のアスリートである鈴木とともに特製フレームを開発することになった。
レース当日は、濃霧で視界が遮られる難コンディションだった。あらかじめコースを読み込むよりも、目の前のポールに瞬時に反応するスタイルの鈴木にとって、チェアスキーのダイレクトな操作感がスピードに直結する大事なポイントだった。メダル獲得後のインタビューでは、自分の身体の一部のように動くフレームを完成させた地元企業への誇りを口にし、「世界一にはできなかったけど、世界3位の感謝を伝えたい」と話した。

photo by AFLO SPORT家族に新しいメダルを見せたい
最高のフレームと共に挑戦した回転。2本目のスタートを待つ間、鈴木の脳裏には、メカニックへの感謝と共に、もう一つの切実な思いがこみ上げていた。
共に切磋琢磨してきた森井先輩にも、メダルを獲ってほしいという気持ちだ。だが、2本目は森井が得意とする縦のセット。もし先輩が順位を上げるなら、入れ替わるのは自分かもしれない。譲れない負けん気と、逆転される恐怖に苛まれた。それでも「妻にメダルを」という気持ちが折れそうな心を奮い立たせた。家族への誓いを胸に、鈴木は最後の勝負へと挑んだ。
ゴールした瞬間、妻や2人の子どもの顔が思い浮かんだという鈴木は、思わずガッツポーズをして喜びを爆発させた。
「結婚してからメダルを獲っていなかった。新しいメダルを妻に見せられる。子どもにも、かっこいいお父さんの姿を見せられたのかなというふうに思います」
ほっとした表情で、競技生活を支えていた家族への感謝の言葉を口にした。

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次の4年は、森井とともに未来のチェアスキーヤーたちに強い背中を見せたいと考えている。
「僕らを抜かないと表彰台には上位にはいけない。それを(若手に)滑りで見せていかないと」
メダルは未来を照らす、次世代へのバトンでもある。3大会ぶりに鈴木の胸に帰ってきたメダルは、何よりも誇らしく、まばゆい輝きを放っていた。
text by Asuka Senaga
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