BBからデイトナまで。ニュルンベルクの番人が手放す、跳ね馬の系譜|フリッツ・ノイザー・コレクション

2026年3月15日、パリ。シャンゼリゼ通りのオテル・マルセル・ダッソーで、アールキュリアルが競売台に並べる約30台の車たちは、ある一つの問いを突きつけてくる。

【画像】フェラーリとともに歩んできた男、フリッツ・ノイザーのコレクションが放出(写真35点)

「コレクションとは何か?」

投資目的で買い占めた資産ポートフォリオなのか。それとも、一人の人間の目と手と記憶が積み重なったものなのか。フリッツ・ノイザーのコレクションは、間違いなく後者だ。

ノイザーは62年間、ニュルンベルクでフェラーリの正規代理店「スクーデリア・オート・ノイザー」を営んだ。これは単なる商売人の肩書きではない。モデナとの直接的なパイプを持ち、若き日のミハエル・シューマッハを2年間スポンサードし、エンツォ・フェラーリと個人的に言葉を交わし、顧客にはルチアーノ・パヴァロッティがいた男の肩書きだ。彼のもとを通り過ぎたフェラーリの台数は、生涯で数え切れないほどになる。そのなかで手元に留めた車たちには、当然ながら理由がある。

このコレクションを貫く最大の特徴は、「進化の文脈で読める」ことだ。365 GT4 BB、512 BB、そして複数の512 BBi。ミドシップ12気筒ベルリネッタの始祖から最終形態まで、ひとつのオークションで縦断できる機会は滅多にない。排気量の拡大、キャブレターからインジェクションへの移行、空力パッケージの追加。

数字で読む進化を、実物で比較できる。さらに1台の512 BBiには、当時ケルンのViktor Günther Motorsportが施した大規模な性能向上改造の全記録が付属する。BBファミリーというひとつのテーマを、まるでメーカー自身が企画したかのような密度で体験できる展示だ。

一方、コレクションの白眉として年代的に飛び出すのが365 GTB/4、通称デイトナだ。ミドシップ時代が幕を開ける直前、フロントV12の終着点として製造されたこの車は、ノイザーがモデナ周辺の信頼できる工房に送り込み、85,000ユーロ以上をかけて仕上げ直した。彼のネットワークがなければ、この種の仕事は頼めない。

そしてコレクションの最後に置かれた575スーパーアメリカ。フロントV12への回帰と、フィオラバンティが考案したあの回転式カーボンルーフ。BBに始まり、スーパーアメリカで終わるフェラーリのラインナップは、一人の代理店がフェラーリという企業の変遷とともに歩んできた時間の軌跡でもある。

ノイザーのコレクションがフェラーリだけで構成されていない点もまた、このオークションを単純なフェラーリ・セールと一線を画すものとする。

アルファロメオ、アバルト、ランチア、デ・トマソ、グラス、ポルシェ。それぞれの車に共通するのは、フェラーリ代理店としての視点からこそ生まれる「比較の眼」だ。跳ね馬と並べて見てきたからこそわかるイタリア車の流儀、ドイツ車の質実剛健さ。殊にデ・トマソ・パンテーラとスバッロ・アルカドールは、メインストリームの外側にある技術的・造形的な実験に対するノイザーの敬意を感じさせる。

スバッロ・アルカドールにいたっては、テスタロッサの12気筒を移植した全世界3台のうちの1台。ノイザーは「その形に惚れた」の一言で2005年に入手した。62年間フェラーリを売り続けた人間が「これが欲しい」と思った車である。それで十分ではないか。

全ロット、リザーブなし。これはノイザー流の、最後の誠実さだと思う。「気に入った状態のものを買って、大切に保管して、次の人間に渡す」商売人でありながらコレクターであり続けた男が、幕を引く時に設けた条件だ。値段の攻防よりも、車が正しい手に渡ることを優先している。

90歳になった2022年のパーティーには、カリフォルニアから祝いに来た客がいた。地元紙の見出しは「若きフリッツ!」だったという。その言葉の意味が、今ならわかる気がする。

The Fritz Neuser Collection — Passion of a Ferrari agent

2026年3月15日(日)13時30分

於:オテル・マルセル・ダッソー、パリ8区

主催:アールキュリアル・モーターカーズ

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI