The I.C.E. サンモリッツ|ロロ・ピアーナが氷上の祭典に参加し続ける理由

スイス東部、アルプスの名高いリゾートであるサンモリッツ。冬の湖が完全に凍りつく1月、ここでは世界でも稀な自動車イベントが開催される。クラシックカーの国際コンクール「The I.C.E.(International Concours of Elegance)」である。octane.jpで詳報の通り、この催しの特徴はその舞台だ。会場は氷に覆われたサンモリッツ湖。雪と山々に囲まれた白銀の空間に、厳選された名車たちが並び、そして実際に走行する。展示中心のコンクール・デレガンスとは趣を異にし、静態展示と走行パフォーマンスの双方で車の価値を示す形式が採られている。

【画像】スイス・サンモリッツの氷上を走る美しきクラシックカー(写真21点)

2026年の開催では、1920年代のブガッティから1990年代のハイパーカーまで、約50台がカテゴリーごとに登場した。それは自動車という機械の進化の過程と技術の進歩を俯瞰できるラインナップであり、氷上のコースを走る姿はこのイベントの象徴的な光景となっている。

この舞台に、イタリアのメゾン、ロロ・ピアーナがパートナーとして参加するのは3年連続となる。ラグジュアリーブランドとクラシックカーイベントの組み合わせは珍しくない。しかしロロ・ピアーナの場合、その関係はスポンサーシップ以上の背景を持つ。ブランドの歴史、ものづくり、そして価値観の中に自動車文化との深い接点があるためだ。

ロロ・ピアーナとクラシックカー文化について

ロロ・ピアーナと自動車文化の関係は1980年代にさかのぼる。1987年、同社はクラシックカー愛好家とともにカー・チームを設立した。後に「ロロ・ピアーナ・クラシックカーチーム」として知られることになるこのチームは、ヨーロッパ各地のレギュラリティ・ラリーやヒストリックレースに参加してきた。

ミッレミリア、コッパ・ドーロ・デッレ・ドロミテ、ウィンターマラソンなど、クラシックカー文化を象徴するレースである。チームは長年の活動を通じて、個人総合優勝200回以上、クラスおよびグループ優勝500回以上という実績を重ねてきた。

こうしたレースへの参加は、企業の文化的関与という側面にとどまらない。レースはロロ・ピアーナにとっては、衣服の機能性を検証する場でもあった。長距離ラリーでは、ドライバーは寒冷地や雨天など厳しい環境に身を置く。そこで必要とされるのは、軽さ、保温性、動きやすさ、耐候性といった性能を兼ね備えたウェアである。

この経験の中から生まれた代表的なアイテムが「ロードスター・ジャケット」だ。2004年、コモ湖で開催されるコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステの75周年を記念して開発されたこのジャケットは、ドライビングを想定した機能的な設計を持つ。サングラス用ポケット、動きやすさを確保するバックベントなどのディテールは、実際の運転環境から導き出されたものだ。

素材と機能、そして美しさを結びつけるこのアプローチは、ロロ・ピアーナの製品哲学をよく表している。クラシックカー文化との関係は、ブランドのデザインプロセスの一部でもある。

時間の積み重ねである歴史にこそ価値がある

オクタン日本版を愛読してくださる多くの読者がそうであるように、クラシックカーの世界には、独特の時間感覚がある。車は過去の遺産として保管されるだけでなく、定期的に整備され、走行することでその価値を維持する。機械としての機能を保ち続けることが文化の継承につながるという考え方だ。

The I.C.E. サンモリッツも、この文化を象徴するイベントのひとつである。参加車両は厳格な審査を経て選ばれ、その多くが歴史的価値の高い個体だ。氷上での走行は、車のコンディションと信頼性を証明する機会でもある。

ロロ・ピアーナがこのイベントに関わる背景には、歴史に対する共通の姿勢がある。同社は1924年の創業以来、イタリアのテキスタイル文化を基盤に発展してきた。カシミヤやビキューナといった希少素材を扱う技術は、長年の研究と経験によって築かれている。

クラシックカーの修復や保存に職人技が不可欠であるのと同様、ロロ・ピアーナの製品もまた高度な技術に支えられている。素材の選定から紡績、仕上げに至るまでの工程は、長い時間の蓄積によるものだ。

その意味で、クラシックカー文化とテキスタイル文化は共通点を持つ。どちらも技術の継承と職人の経験によって維持される文化だからである。

社交と文化継承の場所としてのサンモリッツ

The I.C.E.が開催されるサンモリッツは、19世紀から続く冬季リゾートであり、スキーや氷上スポーツの歴史が根付く地域でもあるという点でヨーロッパでも特別な意味を持つ場所だ。

氷上のコンクールが終わると、夜にはシャレーでの社交が始まる。2026年にはロロ・ピアーナ主催のプライベートディナーが開かれ、アルプスの自然と調和した空間が用意された。会場となったシャレー・サラストレインでは、ランタンの灯りに導かれるアプローチの先に暖炉のあるラウンジが広がる。木製家具やアンティークのスキー道具、タータン生地のアームチェアなどが配置され、地域の文化を感じさせる設えとなっていた。

このような演出は、ブランドの世界観を伝える重要な要素だ。ロロ・ピアーナは自然との共存やアウトドア文化を重視してきた。アルプスの環境は、その価値観を体験的に示す舞台として適している。

共通する永続性のための長期的視点

クラシックカー文化を特徴づける概念のひとつに「永続性」がある。優れた車は世代を越えて受け継がれ、長い時間の中で価値を保ち続ける。所有者はユーザーではなく、文化の継承者としての役割も担う。

ロロ・ピアーナのものづくりにも、同じ思想が見られる。同社の製品は流行の周期に左右されることなく、長く使うことを前提に設計されている。高品質な素材と精緻な仕立ては、時間の経過とともに風合いを深める。

クラシックカーと高級テキスタイル。分野は異なるが、両者には共通する価値がある。長期的な視点で物をつくり、維持し、次の世代へ引き継ぐという考え方だ。

The I.C.E.の会場で氷上を走る車は、その象徴的な存在である。何十年も前に設計された機械が、現在でも動き続ける。そこには、設計思想や技術が時間を越えて生きているという事実がある。

氷上のイベントが示すもの

The I.C.E. サンモリッツは、自動車イベントとしての魅力に加え、文化的な意味も持つ。機械工学、デザイン、ライフスタイルが交差する場であり、クラシックカー文化の現在地を示す場でもある。

ロロ・ピアーナがこのイベントに関わる理由は、ブランドの価値観と重なる部分が多いからだ。自動車文化への関与は長い歴史を持ち、製品開発にも影響を与えてきた。さらに、伝統への敬意や長期的な価値の重視といった理念も共有されている。

氷上を走るクラシックカーは、過去の遺物ではない。時間を経ても機能し続ける設計と、美しさを保つ造形がある。

ロロ・ピアーナがこのイベントに参加する意味も、そこにある。

歴史を尊重し、長く価値を持つものをつくる。

氷上のコンクールは、その思想を具体的に示す舞台となっている。