レース終了後の笑顔からも、あうんの呼吸が見て取れた。

ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会で、パラバイアスロンとパラクロスカントリースキーの会場となっているテーゼロ・クロスカントリースキー・スタジアム。視覚障がいカテゴリーの有安諒平と松土琴葉は、取材エリアで何度も笑顔を見せた。

視覚障がいカテゴリーの2人には、それぞれ「ガイドスキーヤー」という競技パートナーがいる。有安には藤田佑平ガイド、松土には嶋田悠二ガイド。2組の「選手&ガイドスキーヤー」は互いに力を合わせ、雪質も設計も難しいとされているコースの攻略に挑んだ。

伝える言葉は必要最小限

パラノルディックスキー競技の初日は、現地3月7日のパラバイアスロン男子7.5㎞スプリント。15位でゴールした有安は、藤田ガイドと共に上気した顔で取材エリアにやってきた。レースでは2人が積み重ねてきた時間の長さにふさわしい成果が随所に現れていた。

パラバイアスロンの藤田佑平ガイド(前)と有安諒平
photo by REUTERS/AFLO

この大会では、コースの下見と本番の間に2~3時間の差があり、雪質は大きく変わる。その変化を見極めて選手に伝えるのもガイドの役割だ。

「ここは緩そう、ここは硬い。そういう情報を藤田くんが入れてくれるので、それを信じて滑っています」(有安)

有安がそう言うと、藤田ガイドは横で胸を張るようにしながらうなずく。2人は互いに協力して培ってきた信頼に誇りを持っている。

2022年の北京大会の前からコンビを組み始めた。今回は2度目のパラリンピック。大舞台での飛躍を目指し、とくにこの1年は、年間約180日という長い時間を共に過ごしてきた。

日本代表の有安諒平(右)と藤田佑平ガイド
photo by AFLO SPORT

その積み重ねは、レース中の言葉数に表れた。有安は「(コンビを組んでからの)時間が経つにつれて、必要な言葉は減ってきます。ポイントを絞って伝えてくれているからです」と言う。

言葉を削ぎ落とし、必要な情報だけを届ける。それが選手の特性に合わせるトップレベルのガイドワークと言えるだろう。

ガイドは選手にコースの状況を伝えるほかに、このような役割もある。

「体力消耗が大きいコースなので、自分が風よけになって下りではできるだけ休ませてあげようと思っていました」(藤田)

藤田ガイドにとっても、充実したレースだった。

有安は現地3月8日のパラバイアスロン男子12.5㎞インディビジュアルにも出場し、観客スタンドから聞こえる声援に後押しされた。声を送っていたのは家族。有安は「(娘の)声が聞こえると、緊張がふっと緩んで体が動いた気がします」と感謝した。

赤いポンポンを追いかけて

パラリンピック初出場の松土と嶋田ガイドがパラクロスカントリーで見せたチームワークもさわやかだった。松土がスキーを始めたのは2022年21歳だったとき。競技歴は長くない。コンビの経験も浅いが、その分さまざまな工夫もこらしながら競技に挑んでいる。

レース中、選手はガイドスキーヤーの背中を道しるべとして滑るが、松土の場合は嶋田ガイドがかぶっているピンクの帽子と赤いポンポンが目印だ。そのポンポンは、なんと嶋田ガイドの手作り。

パラクロスカントリースキーの松土琴葉(左)と嶋田悠二ガイド
photo by AFLO SPORT

「ピンクのキャップをトレードマークにしてやってるんですけど、ちょっとパラリンピック仕様にしてこようかなっていうので、赤いポンポンを自分でつけました。毛糸から買って、くるくるやって」そう説明する嶋田ガイドの横で松土は笑顔を浮かべ、「ピンクの帽子がホントにすごく見やすいし、ポンポンも見えています」と感謝した。

先天性の鎌状網膜剥離により弱視の松土。ちょっと派手なピンクや赤は松土にとって頼もしい色なのだ。

松土のパラリンピック初戦となった現地3月10日のパラクロスカントリースキー女子スプリントクラシカルでは、途中で転倒があったが、落ち着いて立て直すことができた。実はパラリンピック開幕前、公式練習の下り坂で転倒していた松土。そのため、数日は練習を休んだ。

怖さも残っているなかで迎えた初戦、今度は上り坂で転倒した。しかし、「すぐに立て直して登り切ることができたし、下り坂も何日もかけてガイドと打ち合わせした通りに下ることができました」と充実感を口にした。

日本代表の松土琴葉
photo by AFLO SPORT

嶋田ガイドによると、松土が転んだ瞬間にかけた言葉は、「落ち着いていこうぜ!」のひと言。そのやりとりを振り返った松土は、「聞こえていなかったけど、言われていたような気もしてきました」と笑った。嶋田ガイドも笑っていた。

「いつも一緒にいてくれるガイドの背中を見て、安心して自分らしい滑りができました」(松土)

初出場で持てる力を発揮できた背景には、ガイドスキーヤーとの信頼関係があった。もちろん課題についてディスカッションするときは真剣な表情だ。しかし、その後には必ず笑顔の時間がある。

edited by TEAM A
text by Yumiko Yanai
key visual by SportsPressJP/AFLO