[写真]=須田康暉

 ローゼンゴード(スウェーデン)、ライプツィヒ(ドイツ)とプロ初年度から海外でキャリアを積んできた門脇真依は、今年からRB大宮アルディージャWOMENの一員としてプレーしている。ライプツィヒから大宮という、“レッドブルグループ”間での移籍でも話題を呼んだ。

「自分が挑戦し続けていれば、その結果がどうであれ自分にとって必ずプラスの経験になると思っています。大宮でも毎日しっかりと積み重ねて成長していきたい」。日本で新たな挑戦をスタートさせた門脇に、ここまでの歩みと現在の想いを聞いた。

取材・文=三島大輔(サッカーキング編集部)
写真=須田康暉

◆「海外に行きたいです!」転機は大学3年生のアメリカ遠征

――まずはサッカーを始めたきっかけから教えてください。
門脇 兄の影響で小学校1年生からサッカーを始めました。兄は一つ上で今はフィンランドでサッカーをしています。

――門脇選手が小学生だった2011年、なでしこジャパンがFIFA女子ワールドカップで優勝しました。当時の思い出はありますか?
門脇 それまでは男子サッカーを見ることが多かったのですが、女子サッカーも見るようになりました。地元が兵庫県なので、優勝した後にINAC神戸レオネッサの試合を観に行った記憶があります。大野(忍)選手が好きだったので、生で見ることができて嬉しかったですね。

――中学・高校はJFAアカデミー福島に進学することになります。
門脇 地元で通える女子チームがなかったので、サッカーを続けるためにJFAアカデミーを選びました。親元を離れての寮生活も初めてですし、人見知りなので……。「帰りたいな……」と思うこともありました。でも、楽しいこともたくさんあったので、今ではいい思い出です。

――中学・高校と6年間一緒に切磋琢磨した選手たちはどんな存在ですか?
門脇 同期の選手たちにはずっとライバル心を持っていました。一緒に生活をして、自主練をして、互いに高め合ってここまでやってこられたなと思います。一つ上の先輩には遠藤純選手(エンジェル・シティFC)がいました。ドリブルのスピード感や左足のシュートなど、すごく上手で印象に残っています。

――卒業後には東洋大学に進学されます。どういった決断だったのでしょうか?
門脇 当時はまだWEリーグがなかったので、なでしこリーグでプレーしたいと考えていました。ですが、高校2年生の終わり頃から腰をケガしてしまい、なかなかプレーできないコンディションだったので、練習参加にも行くことができませんでした。JFAアカデミーのスタッフの皆さんとお話して、大学に進学することを決めました。

――東洋大学に進学し、4年生の夏に退部して海外挑戦をすることになります。この決断についてはいかがですか?
門脇 大学3年生の時に選抜チームでアメリカ遠征に行く機会がありました。現地でアメリカの女子プロリーグを見て「こういった環境でプレーしたい!」と強く感じたんです。遠征のコーディネーターの方が代理人業もやっていたので「海外に行きたいです!」と相談しました。当時はすでにWEリーグもあって、何クラブか練習参加にも行っていたのですが、その遠征がきっかけで海外に行くことを決めました。

――スウェーデンのローゼンゴードに加入することになりました。海外で実際にプレーしてみての率直な感想はいかがでしたか? 特に北欧のチームは身長が高い選手も多いイメージです。
門脇 パス練習などのスピード感が全然違いましたね。身長が高い選手がほとんどで、小柄な選手も何人かいましたが、その中でも私はかなり小柄でした(笑)。ただ、細かいステップや動き出しは自分の武器だと感じていましたし、相手が大きくても「やるしかない!」という思いでした。

――ローゼンゴード加入初年度は7位、そして次のシーズンはリーグ優勝を果たします。
門脇 1年目はチームにケガ人も多く、あまりうまくいっていない状況でした。次のシーズンからはケガ人も戻り、新しい選手も入ってきて、チームがすごく上手くいき始めました。

――そこでJFAアカデミーの後輩でもある谷川萌々子選手(バイエルン)とチームメイトになります。
門脇 年齢は離れていますが、私が高校3年生の時に萌々子が高校生のチームに上がってきて、一緒にプレーをしました。萌々子が来てからは日本語でコミュニケーションを取れる仲間ができて、助けられたこともありましたし、心強かったですね。

――プロ入り2季目は13得点をマークして、優勝に貢献しました。優勝の味はいかがでしたか?
門脇 優勝した瞬間はすごく嬉しかったのですが、あまり実感はなかったですね。毎試合しっかりと準備をして、チームとして積み重ねてきた結果が優勝だったという感じです。優勝に至る過程の方が、今でも記憶に残っています。優勝したチームの中で試合に出続けることができたことは、すごく自信になりました。

◆挑戦をやめない理由「結果がどうであれ自分にとって必ずプラスの経験になる」

――優勝を置き土産にライプツィヒに移籍することになります。
門脇 約1年半スウェーデンでプレーして、違う国・違うチームでもやってみたい気持ちがあったので、移籍を決めました。自分の中ではステップアップというか、新しいリーグでプレーする楽しみな気持ちがありました。

――女子ブンデスリーガも男子同様に名門揃いです。環境面はいかがでしたか?
門脇 男子のトップチームやアカデミーの施設を使用することができて、ジムの様子だったりも結構近くで見えたりしました。トップの選手たちを身近に感じられる環境はすごいなと思いました。男子のトップチームの選手たちは一人一部屋、仮眠できる施設もあったり、食堂もすごかったです。たしかピッチは8面くらいありました。

――レッドブルグループの哲学について学ぶことはありましたか?
門脇 特に個別で教わることはなかったですが、グループのフィロソフィーは目にする機会がよくありました。一つ覚えているのは『Intensity Is Our Identity(強度こそが私たちのアイデンティティ)』。ジムには『You can do anything(あなたなら何でもできる)』と書いてあったはずです。

――約1年間ライプツィヒでプレーし、RB大宮アルディージャWOMENに期限付き移籍することになりました。
門脇 ドイツではなかなか上手くいかず、試合に出られない時期も長くて苦しい経験をしました。その中で自分が学んだこと、成長できたこともありましたが、サッカー選手としては試合に出て成長したい。大宮に声をかけていただき、WEリーグでプレーするチャンスをいただけたので、さらに成長できるように挑戦し続けたいです。

――レッドブルグループ間の移籍となりました。この点についてはいかがですか?
門脇 大宮がレッドブルグループだったおかげで、スムーズに話を進めることができたのかなと思います。ライプツィヒとは今でも連絡を取っていますし、試合も見てくれています。とにかく自分が納得できるプレーをピッチで出せるように取り組んでいきたいです。

――海外でプロキャリアをスタートさせ、再び日本に戻ってくることになりました。
門脇 自分の中では移籍して良かったという気持ちが強いです。ドイツでは思うような結果、プレーが出せず、チームに貢献することができませんでした。ただ、スウェーデンに行くと決めた時も、ドイツに移籍すると決めた時も、今回も学ぶことはすごく多いです。自分が挑戦し続けていれば、その結果がどうであれ自分にとって必ずプラスの経験になると思っています。大宮でも毎日しっかりと積み重ねて成長していきたいです。

――ここまでの手応えについてはいかがですか?
門脇 短い期間ですけど、自分ができることをやるしかないと思っています。試合感の部分も徐々に良くなってきていますし、もっともっと自分らしいプレーをしていきたいです。

――今、楽しくプレーできていますか?
門脇 サッカーの楽しさを心から感じられています。個人としてもチームとしても、結果にこだわって成長していきたいです!

【RB大宮アルディージャWOMEN ホームゲーム情報】
日程:3月15日(日)13:00キックオフ
対戦:サンフレッチェ広島レジーナ
場所:NACK5スタジアム大宮
チケット:好評発売中