最高峰のパラリンピックは、選手たちにとって特別な場所だ。初出場12人を擁し、攻撃力の底上げを図ってきたパラアイスホッケー日本代表。選手たちが「リョウさん」と慕う宮崎遼コーチの存在は、今、ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会に挑むチームの大きな支えとなっている。

フォーマルに決めた宮崎コーチ攻撃力が増した日本代表

――パラアイスホッケー日本代表の再建を担う一人として、3年前からチームに加わった宮崎コーチ。選手たちからリョウさんと呼ばれる。

宮崎遼(以下、宮崎):「コーチ」と呼ばれるのは、苦手なんです。チームには僕より若い選手も多いのですが、中北浩仁監督の方針もあって、コーチ陣も選手たちから下の名前で呼ばれるようなフランクな雰囲気のチームです。

――自身もアイスホッケー選手だった。パラアイスホッケーをどう見ているのか。

宮崎:パラアイスホッケーと健常のアイスホッケーの違いは、足を使わず、2本のスティックでパックの操作と漕ぐ動作を同時に行うことと、後ろに滑ることができないだけ。最初は、そう思っていました。しかし、2024年の世界選手権で世界の厚い壁に直面したのがきっかけで、考えを変えました。アメリカやカナダといった強豪国と日本は、体格も、環境も、競技人口も違う。そんな違いがある中で日本が勝つための糸口はどこにあるのか。それを見つけるために、人生で一番、ホッケーを学びました。

アイスホッケー、パラアイスホッケーだけでなく、車いすバスケットボールや車いすラグビーなどパラスポーツの動画も観て、行き着いた一つの答えは、アイスホッケーでは非常識とされる動きも、パラアイスホッケーでは最大の武器になりうるということ。その気づきを信じ、取り組んできた結果が首位で通過したパラリンピック最終予選でした。

日本代表は、ナショナルトレーニングセンター(NTC)強化拠点の「やまびこの森アイスアリーナ」で合宿を積んできた

――その最終予選では、若手エースの伊藤樹と急成長中の鵜飼祥生が複数得点を記録。これにより、長年の課題であった得点力不足の解消に向けた明るい展望が開けた格好だ。ミラノでは、試合で練習通りの実力を出し切れないという次なる課題を克服し、躍進を誓う。

宮崎:シュート6~7本に対し、決まるゴールは1本(健常の場合は、10本に1本)と言われています。どの日本代表も同じかもしれませんが、これまでは慎重に打とうとするあまり、チャンスを潰してしまう場面が目立ちました。最初にパックを持った瞬間にゴールを意識するようにさせたり、遠目からシュートを打ったりするなどいろいろなことに取り組んでいますが、とくにパスのスピード強化こそがチャンスをつくるきっかけになると気づいてからは、パスの速度にこだわる練習を重点的に積み重ねてきました。

それでも、最終予選の最初はうまくいかなかった。日本代表の最大の課題は、実力を発揮しきれなかった点にあります。最終戦のノルウェー戦を除き、ほとんどの試合で練習通りのシステムが機能せず、経験不足からくる空回りが目立ちました。緊張下にある本番でいかに平常心を保ち、本来のパフォーマンスを引き出せるか。その実現に向け、日々のトレーニングでは「試合のための練習」であることを徹底させ、実戦のイメージをみんなで共有しながら、一歩ずつ積み上げているところです。

「全ては中北監督との出会いからはじまった」と宮崎コーチ。パラリンピックでは、熊谷豪士ディフェンスコーチと共にチームを勝ちに導くミラノ行きを決めた最終予選の裏側

――宮崎コーチがヘッドコーチを務めた最終予選。勝負の命運を分ける瀬戸際でどんなベンチワークが繰り広げられていたのだろうか。

宮崎:最終予選のスロバキア戦では、残り1分5秒で同点に追いつき、そこから勝ち越しを狙いに行く、しびれるような局面。僕は真面目にふざけて選手の顔色をうかがいました。「フェイスオフから(キーパーを下げて)6人攻撃を仕掛けようか」と提案したのですが、他のコーチや選手たちからは血相を変えて止められました。そこで選手が「5人でいける」と応えてくれていなかったら本気で6人攻撃をして自分たちの手でミラノ行きを掴もう、と決めていました。

――最終予選のとき、密かな注目を集めたのが、ベンチで指揮した宮崎コーチの洗練されたスーツ姿だった。「クールだ」と話題を呼んだその着こなしには、なにかこだわりが隠されているのか。

宮崎:すべては中北監督と出会ったことから始まりました。

アイスホッケーチーム「横浜GRITS」のコーチをしていたときに、関係者を通じて出会った中北監督に誘われてパラアイスホッケーに関わるようになったのですが、横浜GRITSの選手スタッフが遠征時に着用しているスーツを中北監督が僕たちにも仕立ててくれたんです。そのスーツで指揮をしている姿が、国際競技団体のSNSで取り上げられたときは、誇らしい反面、どこか照れくさいような気持ちでした。一緒に最終予選を戦ったお気に入りの一着というのは間違いありません。

前髪の金メッシュは、現役時代から始めたという

革靴を履くと靴下を履いているようには見えないが、試合の日には大切にしている同じ靴下を履くという宮崎コーチ。実は赤いパンツも履いているといい、見えないところにまでゲン担ぎを行うのは元選手ならでは。ミラノでは、若手とベテランが融合する“ハイブリッドジャパン”の躍進を支える、コーチやスタッフ陣にも注目したい。

宮崎 遼(みやざき・りょう)
1987年生まれ。小学生のときからアイスホッケーを始め、高校からカナダにホッケー留学。アメリカの大学を卒業後、2014年からプロ選手としてフランスでプレーした。ポジションはフォワード。Avignon Castors(2016年)―Wasqueal Lions(2017年)― Chalons en Champagne Les Gaulois(2018年)―横浜グリッツ(2020年~2021年)。2021年に現役を引退し、2023-2024シーズンからパラアイスホッケー日本代表コーチに。小中学生時代の背番号は4番で、Instagramのアカウントも @ryo4banマフラーやベルトはイタリアのブランドでまとめた宮崎コーチ。ミラノでも、選手と共に戦う

text by Asuka Senaga
photo by Hiroaki Yoda