「パチスロ『鉄拳』の後継機を転職1年目で任されたとき、“自分でいいのか……”という不安もありました」

そう語るのは、山佐ネクストの人気パチスロ機「パチスロ鉄拳2nd」を皮切りに、数々の有名タイトルを担当してきた、ベテランのグラフィックデザイナー・大森隆史氏だ。

中途で入社して間もない頃に託されたビッグタイトル。その重圧の中で証明しなければならなかったのは、「任せてよかった」と周囲を納得させる“結果”だった――。

  • 山佐ネクストのグラフィックデザイナー・大森隆史氏

    山佐ネクストのグラフィックデザイナー・大森隆史氏

偶然に見つけた求人が人生の転機に

リールやパネル、ロゴや配色に込められたデザイナーの意図。そして、ヒット機種に共通する“遊技体験の設計”とは。パチンコ・パチスロ業界で働く人々の軌跡と思いに触れる連載「P業界で働くということ」の第6回は、原作の世界観を支え、打ち手の感情をコントロールするデザインの本質と、そこに“情熱”を燃やし続けるグラフィックデザイナー・大森隆史氏の源泉に迫った。

「美術系の大学を出たあと、しばらく定職に就かず過ごしていました。あるとき、仕事情報誌でパチスロのグラフィックデザイナーの募集をたまたま目にして。当時、素人ながら『パチスロ機は簡単なデザイン』という印象があって、後ほど現実に打ちのめされるのですが(笑)、これなら自分もできるんじゃないかと思って受けたことがこの業界に入ったきっかけです」

大学卒業後、偶然に見つけた求人を目にし、静かに開いた運命の扉。それが、パチスロ機のグラフィックに携わる道だった。興味と好奇心で飛び込こみ、彼はデザインの「本質」と向き合うことになる。

「山佐のニューパルサーやユニバーサルさんのフリッパーを打ち始めたのが、パチスロを好きになったきっかけでした。当時はテクニックや知識が必要とされていたので、目押しのハードルなど含めて、ゲーム世代なのでそういうゲーム的な感覚が面白かったですね」

会社の経営を左右するビッグタイトルの大役

ゲーム世代として、そして“打ち手”として培った経験と感性。それは、後に“作り手”になってからの武器にもなっていく。

「前職は他メーカーで9年ほど勤務していました。映像や広告宣伝など含めて、グラフィックに関わる業務はほぼ全部こなしていました。今の会社と比べると“何でも屋”に近かったと思います」

その“何でも屋”時代に磨かれた現場力、対応力が、彼を次のステージへと導く。

「自身のスキルにも自信を持つようになったので、『自分も新しいステージで挑戦したい』と思い、上司の紹介を通じて山佐に応募しました。待遇や開発体制などもしっかりしていて、『最後に所属する会社としてふさわしい』と思えたことが大きかったです。あとは、手広くいろいろな版権タイトルものも数多くやっていたので、そこも大きな魅力でした」

新天地・山佐での初仕事は、想像を超えるものだった。目の前に立ちはだかる千載一遇のチャンスに、大森氏は果敢に挑んでいく。

「入社していろいろな機種のサポートをしながら約1年間の修行期間を経て、初めて担当したビッグタイトルがパチスロ鉄拳2ndでした。会社の経営を左右するような大きなタイトルで、1年目から大役を任されたプレッシャーもかなりありました」

“何でも屋”からの進化

初代が大ヒットした名機種パチスロ「鉄拳」の後継機。シリーズ化のはじまりともいえる2ndの重責は相当なものだった。

「山佐の歴代でもトップに近い実績のあった初代なので、1年目の自分でいいのかという不安もありました。もちろん、好結果を出すことができましたので、期待に応えられるような機種のデザインになったと自負しています」

中途入社者が最初に任される大役。ここで結果を出し、社内で認められる存在に絶対なりたい――そんな熱意が大森氏のギアをさらに一段上げる。

必ずやってやる。そう誓って一歩を踏み出した。

「それまで経験を積んできたプライドもありましたし、その高い壁を乗り越える機会をくれたのがパチスロ鉄拳2ndでした」

壁を乗り越えた先でつかんだ確かな手ごたえと自信――それは“何でも屋”からの重要な進化の過程ともいえる。大森氏は、現在の仕事を改めてこう見つめる。

「グラフィックデザイナーは、主にパチスロ機のリールとパネルのグラフィックデザインを手掛ける仕事。そこに関わる印刷入稿や申請書類の作成も業務に含まれます。大きく分けて『デザイン制作』『印刷準備』『検品・申請』の3つのフェーズで仕事を進めています」

リールデザインの成功は「ストレスを感じさせないこと」

経験を積んできたからこそ、分かったことがある。リールに関しては、プレイヤーにストレスを感じさせないことが成功だと。遊技中に悩ませて混乱させるようなことがあれば、それは失敗を意味する。

「何も考えずに打てるような状況を提供できていることが、最大の成功ポイントです」

彼のパチスロ鉄拳2ndでの挑戦が評価された要因のひとつに、“看板”の構築力がある。

「いちばんはメインパネルという看板。提供される素材に左右されるところはあるのですが、ハイクオリティのかっこいい素材を提供していただいたので、それを殺すことなく、きれいかつ2ndという新しい形として構成することができました。パチスロ『鉄拳』という人気シリーズの後継機であることを伝え、キャラクターを立てながら発信できたと思います」

この“キャラクターを立てる”という技術は、単なる見映えを超えた「意味のある主張」でなければならない。そこには綿密な意図と理解がある。

「ゲーム内で組み立てられた進行パートの中に出て来る主要キャラクターが数名いますので、その中でも主役級のキャラクターをメインに配置します。別のキャラクターを優先すべき理由がデザイナーの中に明確にあるのであれば、こちらから提案して採用されることもあります」

デザインが大成功したと実感する瞬間

評価は“気づかれない仕事”の中にこそ潜んでいる。積み上げた経験とスキルを結集して最善を尽くし、あとはプレイヤーに委ねる。「必ず届くはずだ」という思いを託して。

「チーム内で提案と検討を繰り返しながら仕上げていくのですが、チーム内のメンバーたちが納得できるものを整え、提供するのが第一のミッション。それが失敗だったのか、成功したのかは市場に出たあとの結果になります」

原作の世界観や機種の機能性を支えるグラフィックデザイナーは、殊更に称えられることはない影の存在だ。そんな世界で、わずかに届く称賛の声は、かけがえのない“報酬”になる。

「ホール様から評価してもらう機会は、正直あまりありません。そのような中でも、『ここのパネルは良い』『ランプがきれいで見やすい』『あのギミックがいいよね』みたいに言ってくださることがたまにあるんですよね。普段はスルーされがちなデザインですが、そのときに大成功したんだと実感します」