
数年に一度オークションに姿を現し、そのたびに世界をざわつかせる存在、フェラーリ 250GTO。極端な希少性、魅惑に満ちた来歴、息を呑むほどの造形美、そして名だたるレーシングドライバーたちが刻んできた戦績。これらすべてが重なり合い、250GTOはコレクターのあいだで史上最も崇高なフェラーリとして特別な位置を占めてきた。
【画像】希少な右ハンドル、ホワイトカラーをまとったフェラーリ250GTO(写真22点)
その250GTOが前回市場に現れたのは2023年11月。約2年ぶりにオークションに登場した今回の出品車は、シャシーナンバー3729GT。フェラーリによってビアンコ(白)で仕上げられた唯一の個体であり、シリーズ1・2を合わせた総生産39台のうち、わずか8台しか存在しない右ハンドル仕様でもある。本来、フェラーリの競技用車両はロッソ・コルサが絶対的な掟だったが、初代オーナーである英国のレーシングチームオーナー、ジョン・クームズの影響力と、特別顧客対応を担っていたアルフレード・レアーリの仲介により、この例外的なカラーリングが認められた。さらにクームズは、ボンネットルーバーやコクピット用エアホースを追加し、勝利を強く意識した仕様へと手を加えている。
それもあってか、3729GTの戦歴はきわめて濃密だ。1962年8月、ブランズハッチで開催されたPecoトロフィーにおいて、ロイ・サルヴァドーリのドライブにより総合2位を獲得。デビュー戦からトップ争いに加わるその走りは、ビアンコ・スペチアーレが単なる話題先行の特別仕様ではないことを強く印象づけた。続く同年8月、FIA国際GTマニュファクチャラーズ選手権の公式戦でもあったRACツーリスト・トロフィー(グッドウッド)では、グラハム・ヒルがステアリングを握り、再び総合2位でフィニッシュ。白い250GTOが赤い同胞たちと肩を並べ、国際舞台の最前線で戦う姿は、観衆に鮮烈な記憶を残したに違いない。
グラハム・ヒルという存在も、この個体の物語に厚みを加える。F1ワールドチャンピオンという頂点を極めたドライバーが、ワークスではなく英国プライベーターのマシンを託された背景には、クームズの人脈と、3729GTが持つ完成度への確かな信頼があったことがうかがえる。
1963年シーズンの最大の見せ場は、ブランズハッチで行われたガーズ・トロフィーだろう。ここでジャック・シアーズが3729GTを駆り、GTクラス優勝を達成。総合でもスポーツプロトタイプ4台に次ぐ5位に食い込んだ。排気量も車格も異なるマシンがひしめくなかで示されたこの結果は、250GTOという存在がGTマシンの枠を超えた競技車両であったことを端的に示している。
同年のRACツーリスト・トロフィーでは、フェラーリの開発ドライバーとしても知られるマイク・パークスがドライブし、再び総合2位を獲得。GTOの熟成に関わった人物自らが結果を残したことは、3729GTがワークス水準の戦闘力を備えていたことを、より明確な形で裏付けるものだった。
さらに注目すべきは、1962年後半に行われたジャガー・コンペティション・デパートメントへの貸与である。ライバルメーカーが空力および性能評価のためにフェラーリ 250GTOを借り受け、自社のEタイプと比較テストを行ったという事実は、この車がレースの現場のみならず、開発の最前線においても基準となる存在であったことを物語っている。
こうした積み重ねの末、3729GTは1964年のRACツーリスト・トロフィーをもって第一線から退く。リッチー・ギンサーのドライブで総合9位、GTクラス6位。派手な勝利で締めくくられるわけではないが、国際舞台の最前線で役目を果たし切ったという事実こそが、この個体の本質を象徴している。
その後、3729GTはシアーズの手に渡り、1970年から1999年まで約30年にわたり所有された。1999年にはマイクロソフト元社長、ジョン・シャーリーのコレクションに加えられ、2008年にはフェラーリ・クラシケ・レッドブックを取得。モントレーやグッドウッドのイベントで走り、ペブルビーチ・コンクール・デレガンスやハンプトンコート・コンクール・オブ・エレガンスにも出展されるなど、その歴史は丁寧に継承されてきた。
そして、やはり気になるのは今回の落札価格だろう。
この3729GTを手に入れたのは、著名なフェラーリコレクターとして知られるデビッド・リー氏。落札額は3,850万ドル、日本円にして約61億円だった。前回の250GTOの落札額が5,170万ドル、2018年には4,840万ドルを記録していただけに、相場の上昇を考えれば新記録を期待した向きも多かったはずだ。
4,000万ドルを下回った背景として、最大の要因と考えられるのがエンジンである。3729GTは1967年、トランスポーター火災によりオリジナルエンジンを失い、その後250GT SWB、さらに250 GTE 2+2用エンジンへと載せ替えられた。現在搭載されているのは、クラシケ取得時に製作されたクラシケ製エンジンだ。一方で、ギアボックスや内装は当時のものを保持しているものの、外装はリペイントが施されており、ファクトリー出荷時の状態ではない。
クラシックカーオークションにおいて、長い歴史を持つ車であればあるほど「どこまでオリジナルか」は価格に直結する。今回の結果は、その評価軸が如実に反映されたものと言えるだろう。もっとも、過去に記録的な価格で落札されたシャシーナンバー3765や3413が、39台の中でも特に特異な存在だったことも事実だ。
確かに、今回は250GTO史上最高落札価格の更新とはならなかった。しかし、3729GTが輝かしい戦歴を持つ唯一無二のホワイトホースであることに変わりはない。真に人を魅了する車とは、必ずしも価格だけで測れるものではない。そのことを、この一台は静かに語りかけている。