2023年に社内で独自開発した対話型AI「NISSIN AI-chat」を導入以降、デジタル技術を採り入れた業務改革を全社で推進している日清食品グループ。今では、社員の60パーセント以上が業務でAIを使用しているとか。昨年行われた[帝国データバンクの調査]によると、日本の企業での生成AI活用率は17.3%にとどまる。そんな中、60%とは実に驚異的な数字だ。日清食品グループはなぜAI技術活用に積極的なのか? その背景と活用効果を、日清食品ホールディングス 情報企画部 デジタル化推進室課長の小西博子さんに伺った。
■経営トップがChatGPTを率先活用。3週間後には自社独自のAI完成!
――日清食品グループが、デジタル技術を積極的に採り入れるようになった背景を教えてください。
小西さん きっかけは、2023年の入社式で、弊社のCEOである安藤宏基がChatGPTを用いて新入社員向けのメッセージを生成したことにあります。「日清食品グループ入社式× 創業者精神×プロ経営者×コアスキル」のキーワードで文章を作り、「最新のテクノロジーを駆使することで短期間に多くの学びを得てほしい」とエールを送ったのです。経営のトップがChatGPTを率先して活用したことを目の当たりにし、弊社のIT部門は「社内に1日でも早くChatGPTを導入しよう。そして社員が活用できる環境を作らなくては」と考え、わずか3週間後には、弊社独自の対話型AI「NISSIN AI-chat」の運用を開始させました。
――CEOが最先端の技術を利用なさる姿が、社員の方々に刺激を与えたのですね。オリジナルの対話型AIを、驚異的なスピードで生み出されたことにも驚かされます!
小西さん トップが新しいカルチャーを楽しみ、適切に判断して発信するというトップダウンがあることで、社員は躊躇せずにボトムアップができるのです。やらされているのではなく、やってみようという空気ですね。会社の行動指針に「日清10則」というものがあるのですが、その中に「ファーストエントリーとカテゴリーNo.1を目指せ」という言葉があります。そのような社風もあって、外注ではなく、社内でスピード感をもって独自のAIを作ることができました。日清食品グループ専用の完全クローズドな環境で設計し、社員が利用を開始する際は二次利用についての注意事項を充分に把握させるなど、セキュリティとコンプライアンスのリスク対策を万全に行っています。
――「デジタルを武装せよ -テクノロジーの進化に乗り遅れるな 自己研鑽なき者に未来はない-」というスローガンを掲げられていると伺っています。このあたりにも“ファーストエントリー魂”を感じますね。
小西さん はい。行動指針である「日清10則」には、ファーストエントリー以外に、「迷ったら突き進め。間違ったらすぐ戻れ」「知識と経験に胡坐をかくな。自己研鑽なき者に未来はない」なども含まれます。まさに、今回の改革のベースにある考え方です。
■“創造性”のため、5,000名が「NISSIN AI-chat」を利用
――「NISSIN AI-chat」は、現在、何名の社員が使用しているのですか?
小西さん 国内グループ24社に在籍する約5,000名が利用しています。前出の安藤宏基CEO、そして日清食品株式会社の安藤徳隆社長は両者揃って、「AIを使うことは目的ではない。手段だ」と社員に言っています。AIの活用によって新たに生まれた時間をいかにクリエイティブに使うか、自分自身の能力をどう拡張させていくかということが大事だと。弊社は今、創造性豊かな時間を徹底的に増やすフェーズに入っているのです。
――AIを社内に普及させるにあたり、工夫された点を教えてください。
小西さん まずは、全国8ブロックに在籍する営業部門の社員のなかから、生成AIへの興味関心が高いプロジェクトメンバーを選抜し、デジタル化推進室と彼らとで対策を練りました。そして、業務のどういう部分で生成AIを使うのがよいかアイディアを出し合い、一緒にプロンプトテンプレート作りに着手しました。プロンプトテンプレートとは、生成AIに指示をするための定型文です。ChatGPTには、質問をイチから投げかけるよりも、前提条件が入力されたテンプレートを使うほうが回答の精度は上がるのです。
――どのようなテンプレートがあるのですか?
小西さん たとえば、商品の食べ方のアイディア出しを考える場合は、商品名と業態のみ入力すれば、必要な条件や関係する事項がすでに含まれた状態で質問が行えるようになっています。また、商談練習用のテンプレートもあり、お取引先のご担当者の個性や特徴を入力すると、その方がお話になりそうなことをAIが入力者に投げかけてくれるのです。
――それは練習に役立ちそうですね!
小西さん このほかにもさまざまなテンプレートを用意することで、営業部門のAI利用率は約7割にまで上がりました。そこで、他部署にも同様に展開しようということになり、各部署のプロジェクトメンバーと段階的に作業を行うことで、現在は150以上のプロンプトテンプレートが完成しています。このすべてを全社員が利用できます。
■社員8割参加のデジタル教育プログラムには、“管理職向け講座”も
――社員の皆さんのなかには、デジタルやAIの領域に苦手意識がある方もいらっしゃると思います。その方々を含め、今回の業務改革に向けて知識を得たい皆さんに対しては、どのようにアプローチされているのでしょうか。
小西さん 2024年4月に、全社員を対象にしたデジタル教育プログラム「NISSIN DIGITAL ACADEMY」(以下「デジアカ」)を立ち上げました。初年度は「生成AI」「デジタルリテラシー」「アプリ活用」「システム開発」「データサイエンス」「デザイン思考」「プロジェクトマネジメント」という計7つの領域に関する、47種のオンライン講座を年間で90回実施しました。強制ではなく、学びたい人が自主的に参加する形式のため、たとえばグループ会社の社長と派遣社員が一緒に学ぶなど、さまざまな立場のメンバーが同じ環境で学習できる点も特徴です。講座は入門編から用意しています。
――参加者数はどれぐらいですか?
小西さん スタートから1年で延べ5,000名を超え、現在は延べ7,000名以上が参加しています。さらに、「もっと学びたい」「今度は組織単位で受講したい」という声を受け、今年度からは組織向けの特別講座も。2025年7月には、管理職向けの生成AI研修も初めて実施しました。約600名の管理職を対象に、自分自身が使いこなすだけでなく、メンバーにも業務での活用を促すマネジメント力が求められていることや、他部署の活用事例を具体的に伝える研修を行っています。
■日清食品だからできた! 0歳児と小1を育児しながら管理職に就任
――小西さんの、デジタル化推進室での業務内容を教えてください。
小西さん 私は、デジタル教育の企画運営を行う、教育チームのリーダーを務めています。たとえば「デジアカ」の企画立案、そして受講者のフィードバックを迅速に取り入れ講座の改良を行うことや、全社にデジタル施策や事例を発信し浸透と活用を促進するのが主な業務です。
――小西さんには幼いお子さんがふたりいらっしゃるそうですね。育児と仕事の両立は大変ではないですか?
小西さん 「デジアカ」が始動した昨年の4月時点では、私自身は育休中で、上の子が小学校に入学、下の子が0歳児クラスに入園するタイミングでした。その後の5月に職場復帰したので、私は「デジアカ」の運営には1ヶ月遅れで参加したことになります。また、復帰2日後には、管理職登用選考を受け、9月からは管理職に就いています。この間はやはりバタバタすることもありましたが、どうにか頑張っています(笑)。
――お子さんたちは新しい環境での生活が始まり、そのなかで小西さんは新プロジェクトでのお仕事がスタート。しかも同時進行で管理職に就任なさったとは! さぞご多忙だったのではないでしょうか?
小西さん そうですね。ただ、育児をしながら今の役割を担えているのは、当社が「出社6割」のハイブリッドワークを推奨し定着させている点も大きく影響しています。このシステムがなければ、0歳と小1の子を育てながら管理職を務めるのは無理だったと思います。何かをあきらめざるを得なかったでしょうね。当社は現在、男性の育休率もかなり高くなっていて、働きやすさが年々向上しているのです。
――それでは最後に、業務面においての、小西さんの今後の目標をお聞かせください。
小西さん 日清食品グループの次世代を担う女性社員たちのために、職場環境をさらに向上させることに貢献していきたいです。「デジアカ」によって現場のデジタル部門が活性化することや、リモートワークをしやすい状態にあることは、社員の仕事の効率を上げて、充実度を改善させます。職場環境の改善は、社員の家族にとってもプラスに働くことは多いと思うので、それも視野に入れています。ただ、リモートワークが増えると社員同士が直接コミュニケーションを取る機会が減るので、現在IT部門全体では「日清ism体感セミナー」を実施し、自社のMVV(MISSION・VISION・VALUE)に触れてもらうことで、自分の業務や思考に活かすための時間を設けています。今後はこのような試みも通して、社員のウェルビーングを高めていけると嬉しいです。





