少子高齢化が加速する日本において、地域活性化は喫緊の課題。そんな中、年間100万人が訪れるエリアとして注目されているのが公民連携の複合商業施設「オガール」(岩手県紫波町)だ。近年バレーボールの人気が高まっているが、10年も前に日本初の専用コートを作るなど、その先見性はどこから生まれたのか? 公民連携のオガールプロジェクト成功の秘訣と現在について取材した。

税収激減で再開発が頓挫のピンチ図書館と地域交流センターが併設された、紫波町情報交流館では、市民が地域で生き生きと暮らせるようにと、さまざまなイベントが行われている

パリ2024オリンピックでは、日本代表が出場した男子バレーボール準々決勝の平均世帯視聴率が全競技中で最高を記録するなど、今、バレーボールが熱い。そんな人気を先取りするかのように日本初の専用コート「オガールアリーナ」が出来たのは2014年のこと。岩手県紫波町の公民連携による公有地活用の取り組み「オガールプロジェクト」の一環だ。2019年に始まった国の補助金に頼らないこのプロジェクトにより、人口約3万3000人の紫波町に、今では年間100万人が訪れるという。オガールプロジェクトの拠点となるのはJR紫波中央駅前にある複合商業施設「オガール」。バレーボール専用コートの他、飲食店、商店、クリニック、体育館、ホテル、図書館、町役場などが集まる、町の中心的なエリアになっている。
実はこの場所、紫波町が再開発用に28億5000万円で取得した10.7ヘクタールもある広大な土地だった。しかし、その後の不景気などから町の税収が減り再開発は頓挫。10年近くも活用されずにいた。

行政もお金を稼ぐ時代多くの人が集まったオガール祭り2024

そんな塩漬け状態だった土地がオガールプロジェクトにより魅力あるエリアに生まれ変わり、今では「地域活性化の成功例」として全国の自治体から見学者が訪れるまでになった。

「オガールの魅力のひとつは、公と民が連携してお金を使うのではなく、一緒にお金を稼ぐ方向を向いているということです」

と話すのは、オガールの運営をしているオガール企画合同会社の代表小川翔大氏。小川氏自身、オガールの魅力に惹かれ5年前に福岡県から家族で移住したそうだ。

「僕は以前、広告代理店に勤めていたのですが、自治体との仕事は、国の補助金や税金をベースにするのが一般的で、それが当たり前だと思っていました。間接的だとしても税金を使うからこそ、行政と一緒に正しい使い方をしなくては、という意識を常に持っていたんです」

しかし、小川氏はオガールプロジェクトを知って、お金を正しく使うことと、お金を稼ぐことはイコールではないということに気付いたそうだ。

「行政の方々は、その地域が発展するために、お金を正しく使うことにはとても長けています。たとえば、あるイベントをするとしたら、相見積もりをとって、一番安いところに依頼するとか、そのイベントにかかった費用を全部開示するといったことです。それはとても大切なことですが、税収が減っている時には使い方にプラスして、お金を稼ぐことも考えなければ町は成り立たない。要はお金をもらうだけでなく、お金を稼ぐというスタンスを行政が持つことが大事になってくる。でも普通は行政がそんなことをするなんて、あり得ないと思っていたんですが、それをやっているエリアがあるという話を耳にしました。それが紫波町のオガールだったんです」

なぜ日本初のバレーボール専用コート?「オガールアリーナ」では、オリンピックでも正式採用されている床材を使うなど抜群の環境

これまでも自治体が持つ施設の中にテナントを誘致し「稼ぐ」努力をした例は全国にいくらでもあるが、残念ながら全てが成功したわけではない。こう言っては失礼かもしれないが、取り立てて有名な観光資源があるわけでもない「オガール」が、なぜ年間100万人が訪れる場所になったのだろうか。

「たとえばバレーボール専用コートを作ったのは、他に競合がいないということも理由のひとつです。野球やサッカーは競技人口が多いですが、その分全国にグラウンドがあるので誘致が難しい。そこで日本初のバレーボール専用コートを作って、オリンピック代表選手など、全国から合宿に訪れていただいています」

こうした針の穴くらい小さな市場を集中的に狙うアプローチを「ピンホールマーケティング」という。オガールアリーナはまさにこうした戦略が功を奏しているのだが、単にマーケティング力だけでなく、そこに「共感」が加わったことが重要だと小川氏は言う。

オガールプロジェクトの発案者でもあり、オガール代表取締役社長の岡崎正信さんは、中学時代からバレーボールに熱心に取り組み、現在は岩手県バレーボール協会常任理事を務めている。

「オガールアリーナ」では、バレーボール日本代表選手などが合宿の際に使用するほか、東北バレーボールリーグの試合、SVリーグのエキシビジョンマッチなども行われる

「もしもバレーボールをやったことがない僕が、競技人口が少ないから専用コートを作ったとしても、オガールのような成功を手にすることは絶対にできなかったと思うんです。多分、岡崎さんにはバレーボールに人生の大半を費やしてきた経験から、こういう風にしてあげたら学生さんの練習がはかどるよねとか、これをすれば学生時代に自分が抱えていた問題が解消できるよねという思いがある。だから自分がリスクを負っても先陣を切ってこういう施設を作っている。それに対して多くの競技者や関係者が共感してくれている。この思いなくしてはマーケティングも成功しないんじゃないでしょうか」

オガールアリーナに隣接したホテル「オガールイン」は、バレーボール合宿などにも利用される

こうした思いから、競技者にとって使いやすい、さらには楽しめる環境を整えた。たとえば合宿に利用しやすいホテル、宿泊した選手たちに楽しんでもらうための飲食店など。専用コート単体で終わるのではなく、それを利用する人たちのストーリーを描き、そこからホテルや飲食店などのコンテンツが派生し、それらがきちんと結びついている。

「ただ、残念ながらバレーボール経験のない僕たちがその意思を同じように継いでいくには限界があります。その代わりに各分野のプロフェッショナルが集まっているので、バレーボールで来た人たちが宿泊をするときの最適な宿泊体験とはどんなものなのかを考えてくれるホテルの支配人がいたり、どういう食事を提供すれば選手に喜んでもらえるかを考えてくれる飲食店の人がいたりします。そうやって各自が自分たちの分野で貢献できることは何だろうと考える『連鎖的な意識の共有』ができているところが、オガールの魅力の一つだと僕は思います」

駐車場ではなく、あえて地元民の憩いの場をオガールの中央に設けられた広場には多くの人たちが集まってくる

オガールのもう1つの特徴は、観光客のためだけに存在しているのではなく、地元民にとっても居心地のいい場所になるよう考えられている点だ。実際、敷地の中には町役場や図書館、保育園、学童、小児科など住民の生活に密着した施設がたくさんある。

「たとえばオガールの中心にある広場は、当初は駐車場になる計画でした。より多くの人に来ていただくには、その方がいいですから。でも、紫波町に住んでいる人たちがそこで座って楽しく話をしていたり、小さい子どもがボールを使って遊んだりといった風景を作ることができれば、安心安全な町になるんじゃないかという思いがあったから、あえて広場にしたのです。人々の笑い声や話し声があるってとても心地がいい。つまり、ランドスケープ(風景)だけでなくサウンドスケープ(音風景)も自分たちで作っていかなくてはいけない。それは、一見直接的な利益に結びつかないのかもしれないけれど、人は最終的には居心地のいい空間に帰結するということを信じようという思いがあったから。そういう思いをオガールに関わるみんなが知っているから、自分たちの分野で何をすればいいのかという、答えを各々が持つことができていると思います」

オガールの敷地内にある紫波町図書館

サウンドスケープにまつわる件で、小川氏が面白い話をしてくれた。オガールの中には図書館があるのだが、普通は図書館といえば静かな場所。しかし、この図書館の隣には居酒屋があり、時には図書館の入口の目の前でお酒を飲むイベントが開催される。通常なら図書館利用者からうるさいとクレームが来そうだが、むしろ利用者たちはこのイベントを楽しみにしている。当たり前のように根付いている図書館のイメージを覆すようなことができるのは、行政と民間が適切に連携できているからだと小川氏。公民連携の理想的な姿がそこにあった。

取材中、小川氏は何度か「ストーリー」という言葉を口にした。それは小川氏をはじめオガールのスタッフの皆さんが、この場所がどんなふうになれば、人々が幸せになるかというストーリーを思い描いているからだと思う。オガールアリーナは合宿の他、バレーボール男子日本代表の国際親善試合などに利用される一方、この場所を拠点とした子ども向けのバレーボールアカデミーが発足。いつか、このアカデミーを卒業した子どもたちが、日本代表として活躍する日がくるかもしれない。オガールは、そんな明るい未来のストーリーを想像させてくれる場所だった。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:オガール企画

オガール公式サイト
https://ogal.info/