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13年ぶりのCS進出を目指す中日ドラゴンズ。屈辱の3年連続最下位に沈んでいるチームは、今季から指揮を執る井上一樹監督の下で、強豪復活に向けて徐々に変わり始めている。その象徴的なシーンが、松葉貴大が先発した先月26日のヤクルトスワローズ戦にあった。(文・チャッピー加藤)
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「令和の米騒動」かつての常勝軍団が“ネタ供給球団”に
プロ野球を愛する皆さん、あなたの推しのチームの調子はいかがですか? 今季は両リーグとも混戦模様で、独走するチームもなければ、大きく沈むチームもなく、つまりどこにもチャンスがあるということだ。このままダンゴ状態が続けば、13年ぶりのCS(クライマックスシリーズ)進出も夢じゃない……と書くと、私の推しのチームはもうおわかりだろう。そう、2012年のCSファイナルで、リーグ優勝した読売ジャイアンツを3勝1敗と追い込みながら、そこから3連敗という悪夢のような展開で敗退。以来ポストシーズンにはとんとご無沙汰になった中日ドラゴンズである。
2007年にCS制度が始まってから、6年連続でファイナルステージに進出。うち日本シリーズに3度駒を進め(いずれも落合博満監督時代)、2007年には53年ぶりの日本一に輝いたドラゴンズ。当時、ポストシーズンは「あるのが当たり前」だった。まさか「ないのが当たり前」になるなんて……。気づけばドラゴンズは、12球団で最もCSから遠ざかっているチームになっていた。すなわち、毎年Bクラス。2020年、与田剛監督時代に3位となり8年ぶりにAクラス復帰を果たしたものの、同年はコロナ禍のためセ・リーグはCSが開催されず、やはりドラゴンズにポストシーズンはなかった。嗚呼。
与田監督の後、2022年から3シーズン「ミスター・ドラゴンズ」立浪和義監督が指揮を執ったが、ファンの期待とは裏腹に、球団史上初の3年連続最下位に終わった。その間、ドラゴンズが話題になったことといえば、選手食堂から白米の入ったジャーを撤去したことがSNSで「時代錯誤の管理体制」とバッシングされた「令和の米騒動」とか、立浪監督を揶揄する替え歌動画が拡散されたりとか、グラウンド外の話ばかり。もしくはドアラ絡みの話題ぐらいで、かつての常勝軍団は今やすっかり「ネタ供給球団」になってしまった。
チームの雰囲気を変えた「コミュニケーション・モンスター」
そんな状況を立て直すべく、今季からドラゴンズの指揮を任されたのが井上一樹新監督である。ドラゴンズには投手として入団したが、プロ4年目のシーズン途中から野手へ転向。叩き上げでレギュラーの座をつかみ、星野仙一監督時代の1999年はリーグ優勝に貢献した。規定打席に達したのはこの年だけだが、勝負強いバッティングでスーパーサブとしてチームを支えた。
引退後は指導者としても能力を発揮した。二軍監督を務めた2011年にはドラゴンズ二軍をファーム日本一に導き、2020年には元チームメイトの矢野燿大監督に請われて阪神タイガースの一軍コーチに就任し、ヘッドコーチも務めたほどだ。昨季、11年ぶりに二軍監督としてドラゴンズに復帰。前年、ウエスタン・リーグで最下位を独走したチームを率いて、最後まで優勝争いを演じたのだからさすがだ(最終的に2位)。そして昨オフ、辞任した立浪監督の後を受けて一軍監督に昇格したのである。
「ちょっと地味すぎないか」という声も球団内部にはあったようだが、現役時代、選手会長としてファンサービスにも熱心だった井上監督の就任を歓迎するファンは多い。指揮官が井上監督になって、まず変わったのはチームの雰囲気である。立浪監督時代は上意下達で、首脳陣と選手の間にも距離があったが、今は井上監督と選手が気軽に笑いながら話すシーンも見かけるようになり、ベンチのムードも格段に明るくなった。この雰囲気は、上からモノを言うのではなく、対話重視で選手の側に下りていく自称「コミュニケーション・モンスター」井上監督だからこそ醸し出せたのだと思う。
また、昨季はファームの指揮官だったこともあって、井上監督はすべての選手をよく見ている。過去の実績にとらわれず、その選手が今、自分のすべきことを認識し、日々ちゃんと努力しているか? そこを見る。なぜなら井上監督自身が現役時代、そういう不断の努力を重ねて試合に出場していたからだ。こういう指揮官の下では、本当に努力している選手が映(ば)える。
今回はそんな選手を1人クローズアップしてみたい。プロ13年目、2019年のシーズン途中にトレードでオリックス・バファローズから移籍して、ドラゴンズでのキャリアは今季で7年目になる松葉貴大・34歳である。
「すみませんでした、課長」松葉が見せた想像を超えるピッチング
オリックス時代からずっと先発メインで投げ続けている松葉。ドラゴンズでも、登板試合は1試合を除いてすべて先発だ。そんな松葉に移籍後つけられたニックネームが「松葉課長」。空調の効いたバンテリンドームで5回まで投げてお役御免、というケースが多く、それが定時に退社するサラリーマン課長を連想させたからだ。6回、7回まで投げたりすると「おっ、松葉課長、きょうは残業だがや」(笑)。松葉本人はかつてこのあだ名について「自分のことで盛り上がってもらえてありがたい」「7回まで投げるだけで褒めてもらえてラッキー」なんて語っていたが、本心は絶対そうじゃないだろう。先発投手たるもの、まずは完投、完封を目指すのが本来。5回で降板を告げられたときも「もっと投げたいのに…」が本音ではなかったか。
迎えた2025年。春季キャンプは二軍スタートだった松葉だが、オープン戦できっちり結果を出し、開幕ローテーション入りをつかみ取った。そして井上監督は、開幕戦でエース・髙橋宏斗が5失点KOされた翌日、3月29日の開幕第2戦に松葉を先発させたのである。対戦相手・DeNAの先発はトレバー・バウアー。この試合、私は横浜スタジアムに足を運んで生観戦したが、松葉にはたいへん申し訳ないけれど、正直勝つと思っていなかった。開幕戦で相変わらず点が取れないドラゴンズ打線の様子を見ていたら、バウアーを打てるわけがない。援護がないままベイスターズ打線につかまり、5回で降板、という展開を予想していたのだ。
ところが……雨が降り、気温もひとケタで激寒の中、松葉は立ち上がりから硬軟取り混ぜた配球でベイスターズ打線を翻弄した。ドラゴンズ打線が2回に木下拓哉のタイムリーで1点を先制すると、7回まで94球を投げ、2安打無失点、5奪三振、無四球の好投を見せリードを守り抜いた。8回は清水達也、9回は松山晋也が締めて、なんとドラゴンズが1-0で勝利。松葉はバウアーに投げ勝ち今季初勝利を挙げただけでなく、井上監督に記念すべき「監督初勝利」をプレゼントしたのである。私は負けを予想した自分を恥じ、松葉に謝りたい気持ちでいっぱいになった。すみませんでした、課長。そして残業、お疲れ様でした!
4勝目を挙げたのに…。勝利した試合で見せたマウンドでの涙
4月に入ってからも、松葉は安定感のあるピッチングを披露した。4月5日のヤクルト戦は5回2失点で負け投手になったものの、続く12日の阪神戦は7回1失点、19日のDeNA戦は6回1/3を無失点、26日のヤクルト戦は8回までゼロを並べ、9回1死まで投げて2失点。惜しくも完封こそ逃したが3連勝。「残業」は当たり前になるどころか、3月・4月は4勝1敗で防御率1.34。春先のドラゴンズの大黒柱は、間違いなく松葉だった。
驚いたのは成績だけではない。先月26日のヤクルト戦、中継を観ていたら、9回に井上監督から直々に交代を告げられ、マウンドで悔し涙を流す松葉の姿が映った。繰り返すが、松葉は逆転を許したわけではないし、この試合でハーラートップの4勝目を挙げたのだ。なのに泣いた。完封できる展開だったのに、できなかった。自分の中でベストを尽くせなかったことを悔いて泣いたのである。これこそ、去年までのドラゴンズに欠けていたもの。負け犬根性がしみついたチームが、徐々に変わりつつあることを実感した瞬間だった。
松葉は今季から、何か特別なことを始めたわけではない。自分の持ち味は髙橋宏斗のようにバンバン三振を奪うことではなく、打たせて取るピッチングにある。より長いイニングを投げるために、ムダな球数を要さないよう配球にも工夫。スタミナアップにも取り組んだのだろう。日々地道に、やるべきことをやっていただけだ。井上監督はそんな松葉の姿をちゃんと見ていたので、信頼して大事な開幕第2戦を任せたのだ。
正直、今季は十分な選手補強ができたとは言いがたい。そんな中、戦力豊富なライバル球団と渡り合うには、現有戦力を引き上げる「眼力」が必要だ。指揮官がちゃんと自分を見ていてくれて、期待に応える場を作ってくれること、それが選手にとっては大きなモチベーションになる。「コミュニケーション・モンスター・一樹」の本領発揮はこれからだ。
【了】