
パティ・スミス(Patti Smith)がサウンドウォーク・コレクティヴとともに取り組む最新プロジェクト「コレスポンデンス(CORRESPONDENCES)」のアジア初公演となる京都公演が、4月29日(火)にロームシアター京都で開催された。本プロジェクトは、ニューヨーク、ベルリン、トビリシ、アテネ、そして5月2日・3日に予定されている東京・新国立劇場オペラパレス公演のいずれもソールドアウトを記録している。
パティ・スミスが情熱を注ぐ「往復書簡」
「コレスポンデンス」は、伝説のアルバム『Horses』(1975年)でのデビュー以来、音楽家、詩人、画家、アクティビストとして数々のアーティストやミュージシャンに影響を与えてきた文化的アイコン、パティ・スミスと、ステファン・クラスニアンスキー率いる現代音響芸術コレクティヴであるサウンドウォーク・コレクティヴによるコラボレーションプロジェクトだ。
サウンドウォーク・コレクティヴは、これまでフィリップ・グラス、ジャン=リュック・ゴダール、ヴィム・ヴェンダース、シャルロット・ゲンズブールといった面々とのコラボレーションでも知られており、ナン・ゴールディンを追ったドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』では劇伴を手がけ、本作品は2022年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞している。
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
パティ・スミスとステファン・クラスニアンスキーの出会いは、飛行機の機内で偶然交わした会話がきっかけだったという。以来、両者のコラボレーションは10年にわたって続き、クラスニアンスキーが世界各地で収集したフィールドレコーディングに対して、パティが詩を書き、その詩に応答する形でステファンが新たに録音を行う、「コレスポンデンス」というタイトルに示される「往復書簡」のスタイルで制作のプロセスが行われた。
10年以上の対話から生まれたプロジェクトは「パフォーマンス」と「エキシビション」の二形式で発表が行われており、後者は4月26日から東京都現代美術館で展示が開催されている。
日本での「パフォーマンス」公演を主催するのは、実験音楽、オーディオビジュアル、パフォーミングアーツを紹介する「MODE」。坂本龍一がキュレーターを務めたロンドンでの2018年の初開催以来、ロンドンと東京でさまざまな活動を展開しており、東京・淀橋教会で開催したイベントシリーズでは過去にカリ・マローンやジュリア・ホルター、ローレル・ヘイローらがパフォーマンスを披露。都市空間におけるサイト・スペシフィックなプログラムでも注目を集めている。
※京都公演はKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭の会期中、姉妹イベントであるKYOTOPHONIEとの共催により開催された
広島での対話と原子力
早々にチケットが完売した満員のロームシアター京都に、ルーシー・レイルトンらが参加するアンサンブルが入場する。ルーシーは、ローレル・ヘイロー『Atlas』にも参加し、カリ・マローンやステファン・オマリー(SUNN O))))らと共に「MODE 2023」にも出演。4月にリリースされた最新ソロ・チェロ作品『Blue Veil』も話題を呼んでおり、現在最も注目されるチェリストのひとりである。
そのアンサンブルに続いて、ステファン・クラスニアンスキーに連れられるようにパティ・スミスが姿を現す。ステージの中央に立つパティが最初に語ったのは、公演前日に訪れた広島での出来事だった。8歳のころに被爆した小倉桂子さんとの対話を通じて、10歳にも満たない子供たちが目の当たりにした原爆の惨状や、その後も放射線による後遺症に苦しみ続けた現実を知り、改めて衝撃を受けるとともに強く胸を痛めたと振り返った。
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
ステージが再び暗転すると、ステージ背後の巨大スクリーンに、VesselやShackletonとの革新的なコラボレーションでも知られる気鋭の作家、ペドロ・マイアによる映像作品が映し出される。最初のパフォーマンスは、広島への原爆投下から約41年後に起きた、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故をテーマにした作品「チェルノブイリの子どもたち。スクリーンには、事故によって約5万人の住民が避難を余儀なくされ、現在も無人のまま残されている近郊の街、ウクライナ・プリピャチの風景が映し出される。放射線に汚染された都市は事故直後の状態そのままに放置されており、空白の土地に流れる時間が映像に刻まれていく。そして、映像と同期するように、ステファンが現地で収録したフィールドレコーディングが鳴り渡り、パティが詩を朗読する。その言葉はスクリーンに日本語訳とともに映し出され、彼女の声が響くたびに、譜面台の上から紙が一枚ずつ床へと落ちていった。
続く「さまよえる者の叫び」では、海底での石油採掘に使用されるエアガンの発する爆音が、ソナー音でコミュニケーションを取る鯨やイルカの方向感覚を狂わせ、群れを分断し、本来の生息域ではない海岸への大量座礁(ストランディング現象)を引き起こす様子が描かれる。ダイナマイトによる爆発音やエアガンの不気味な振動音が、鯨やイルカのエコー音と重なり合うことで、人間の営みのグロテスクさが際立って表現された。
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
殺戮と破壊の歴史
この日披露されたのは、東京都現代美術館での「エキシビション」でも映像インスタレーションが展示されている6つの作品だ。
原発事故や動物の絶滅といった、人間による自然破壊や気候変動の危機を探求するなかで、パティ・スミスは、アンドレイ・タルコフスキーの映画『アンドレイ・ルブリョフ』をモチーフにした「侍者と芸術家と自然」、ピエル・パオロ・パゾリーニが描いた王女メデイアの神話に向き合った「メデイア」、パゾリーニの暗殺をテーマにした「パゾリーニ」といった作品を通じて、15世紀ロシアのタタール人襲来や内乱、王女メデイアによる夫と子の殺害、パゾリーニへの拷問と殺人など、古来から繰り返されてきた人間の破壊と殺戮の歴史を辿る。そして自身の詩を通して、そうした行為を支えてきたのは、人間の「貪欲さ(Greed)」と止まることのない「欲求(Need)」であると告発する。
しかし、パティ・スミスが「コレスポンデンス」を通じて描くのは、気候変動による人間文明の危機や、破壊と殺戮の悲惨さだけにとどまらない。彼女が問うのは、そうした危機に直面したときに、いかにして現実を変えるための行動を起こすことができるのかという点にあり、タルコフスキーやパゾリーニによる映画/映像作品は、人間の残忍さを告発するのと同時に、行動を起こすための「決意」や「根源的な意思」を描くためにも参照される。
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
革命的な「愛」の力
なかでも重要なのが、パティ自身が強い影響を受けたと語る、伝説的なオペラ歌手マリア・カラスと映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニの存在である。パゾリーニが監督した映画『王女メディア』を主題とする「メデイア」について、パティはマリア・カラス演じるメデイアから、世界を一変させるほどの感情である「愛」の力、人間の行動を変える「決意」と「根源的な意思」のありかを見出してきたと語っている。
「愛」もまた、究極の「貪欲さ」と「欲求」を伴う。人類が歴史のなかで繰り返してきた殺戮や破壊、現代における気候変動や環境破壊といった危機が、人間の「貪欲さ」と「欲求」によって引き起こされてきたのだとすれば──その危機を乗り越えるために必要なのは、同じく人間を根底から突き動かす、まったく異なる質の「貪欲さ」と「欲求」である。そして、その極地にあるものこそが、「愛」なのだ。
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
急速な経済成長を遂げた戦後のイタリアで、パゾリーニは支配や暴力に対して抗議し続けながら、映画監督にとどまらず、作家、詩人、アクティビストとして社会の腐敗や不正義を徹底的に告発してきた。政治活動にも積極的に参加した彼は、70年代イタリアにおける右翼思想を厳しく批判したともされる伝説の映画『ソドムの市』の撮影を終えた後に、ローマ郊外の都市オスティアで殺害される。
そのパゾリーニの死と向き合った作品「パゾリーニ」は、間違いなくショウのハイライトだった。クライマックスでは強烈なドラムが轟くなか、パティが力強くこう叫ぶ。
「暗殺者が、隠密に動く
ファシスト、恋人、どうだっていい
パゾリーニの情景(シーン)は残る」
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
アンコールでは、パゾリーニの監督作『奇跡の丘』の映像にあわせて、パティによる1996年の名曲「Wing」が披露された。ピアノを演奏したのは、アクティビストとしても活動するパティの娘、ジェシー・パリス・スミス。パティはあるインタビューで、『奇跡の丘』で描かれた、世界を変えようとする「革命家」としてのイエスに大きな影響を受けたと語っている。パゾリーニによる革命の遺志は、そこからもパティに引き継がれていったのだろう。
人類が重ねてきた殺戮と破壊の歴史を経て、私たちは今日、気候変動や環境破壊、戦争や虐殺といった地球規模の危機に直面している。こうした危機に立ち向かうための行動の原動力が「愛による革命」だと言えば、些かクリシェのように聞こえるかもしれない。だが、社会の危機に際して「目に見える実利」に基づいた協力や行動ばかりが求められる社会で、人の行動を一変しうる「愛」の力と可能性を見失うことこそ、安易な落とし所に陥ってしまう罠のようなものでもある。
パティ・スミスはパゾリーニの遺志を継ぎ、音楽家として、詩人として、アクティビストとして、実社会と深く関わりながら抗議の声を上げ、「愛」の力を拠りどころに世界を変えようと行動してきた。危機に見舞われながらも近視眼的にならざるを得ない現代において、後世に受け継がれるべき彼女の意志を、筆者は京都で目にしたのである。
(C) Inoue Yoshikazu, KYOTOPHONIE 2025
MODE2025
サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス
日程:2025年5月2日(金)、3日(土・祝)※両公演完売
会場:東京・新国立劇場 オペラパレス
詳細:https://mode.exchange/correspondences
MOT Plus
サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス
会期:~2025年6月29日(日)まで
会場:東京都現代美術館
詳細:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/MOTPlus-correspondences/