
名品と呼ばれる製品には、「本物」だけが持つオーラ、時代を超えて愛されるアイコンの力が宿っているものだ。そして、そのようなヘリテージに現代的な解釈と最高のクラフツマンシップが加わった時、まったく新しい価値が生まれることをしばしば目にする。イタリアのモーターバレー、マラネッロを拠点とする「Vinile(ヴィニーレ)」は、まさにそんな世界観を体現し、大きな注目を集めている新進気鋭のブランドだ。
【画像】初代レンジローバー・クラシックを現代風に解釈(写真15点)
音楽のリマスターのように、名品を現代へ
Vinileの名は、音楽のリマスタリングから着想を得ている。過去の名盤が最新技術で磨き上げられ、新たな輝きを放つように、Vinileは世界中のアイコニックな名品を現代的な視点で再解釈し、蘇らせることをミッションとする。彼らのアプローチは単なる復刻ではない。オリジナルの持つ様式美やコードを深く理解し、尊重しながらも、そこに現代の感性と革新的な技術を大胆に融合させ、唯一無二の個性を持つ「現代の傑作」を創造している。
それは、既存のオブジェクトをアップデートすると同時に、新たな美の基準を打ち立てるという野心的な試みである。すべてが、世界最高峰の品質を保証する「メイド・イン・イタリー」、それもスーパーカーの聖地マラネッロの誇りをかけて生み出される。
自動車業界の叡智が生んだ、新たなラグジュアリー
この野心的なプロジェクトを率いるのは、自動車業界で30年以上の経験を持つ3人の起業家である。航空宇宙工学、金融、モータースポーツといった多様なバックグラウンドを持つ彼らの知見が、Vinileのユニークな視点を支える。さらに、スーパーカー製造を専門とする企業がバックボーンとなり、エンジニア、デザイナー、熟練技術者、テストドライバーなど100人以上のスペシャリストが、マラネッロに構える合計10,000平方メートルの5つの生産拠点でその腕を振るう。まさに、イタリアン・クラフツマンシップの粋を集めたドリームチームと言える。
レンジローバー・クラシックをアートピースへ
Vinileがその名を世に問う最初のプロジェクトとして選んだのは、自動車史に輝くアイコン、初代レンジローバー・クラシックである。1970年に登場し、「SUV」というカテゴリーを創出したこの名車は、そのタイムレスなエレガンスと卓越したオフロード性能で、世界中のエンスージアストを魅了し続けてきた。
Vinileは、この伝説的なモデルをベースに、わずか15台限定の特別なモデルを創り上げた。それは、クラシックカーの持つノスタルジックな魅力と、最高級のマテリアル、そして極めて現代的なデザインコンセプトが融合した、「走る芸術作品」とも呼ぶべき存在である。「メイド・イン・マラネッロ」の厳格な基準のもと、一台一台が丹念にハンドメイドされる。
過去への敬意と未来へのビジョン
Vinileによるレンジローバー・クラシックは、オリジナルのシルエットに最大限の敬意を払いながら、ディテールを徹底的に磨き上げている。ドアやボンネットの隙間はミリ単位で詰められ、パネルの合わせ目は寸分の狂いなく仕上げられる。熟練の職人が手作業で仕上げた滑らかなボディラインは、まるで彫刻のようだ。
サイドビューで目を引くのは、光沢のあるブラックバンドに入れられた鮮やかなイエローのアクセントである。これは現代のレンジローバーに見られるディテールへのオマージュであり、過去と現在を繋ぐVinileの哲学を象徴する。フロントグリルは立体的なデザインで力強さを増し、オリジナルのスタイルを踏襲しつつ最新のLED技術が組み込まれたヘッドライトとフォグライトが、洗練された表情を作り出す。バンパーはボディと一体化するように再設計され、よりシームレスで流麗な印象を与える。
リアデザインのハイライトは、インテリアから連続するように配されたエレガントなポプラ杢(もく)のウッドパネルである。まるで高級ヨットのデッキのようで、ピクニックシーンをこの上なくスタイリッシュに演出する。ドアハンドルはボディ同色に塗装され、格納式のフラッシュマウントタイプを採用している。細部に至るまで、美しさへの徹底的なこだわりが貫かれているのだ。
足元には、オリジナルのリム径(16インチ)を維持しながらも、よりコンケーブ(逆反り)したデザインのホイールに、245/70サイズのタイヤを装着する。オリジナルのややリアが沈んだ姿勢(リアセットスタンス)も見直され、よりニュートラルで現代的な佇まいを実現している。
五感を刺激する、走るラウンジ
ドアを開ければ、そこはあたかも最高級ホテルのラウンジのようだ。インテリア全体が、そのユニークな風合いと極上の快適性で世界的に評価の高い「Baxter(バクスター)」社のプレミアムレザーで覆われている。驚くべきことに、一台あたり約45平方メートルものレザーが、シートはもちろん、ステアリングホイール、ダッシュボード、ドアパネル、ホイールアーチに至るまで、贅沢に使用されている。
この類稀なレザーと組み合わせられるのが、無垢材から削り出されたポプラ杢のウッドパネルである。ドアトリムやセンターコンソール、そして完全に再設計されたダッシュボードのサポート部分に使われ、温かみと高級感を添える。触覚、視覚、そしてレザーとウッドが醸し出す芳醇な香り。五感すべてに訴えかけるこの空間は、従来の自動車インテリアの概念を覆す、まさに画期的な試みと言える。
テクノロジーもまた、オリジナルの雰囲気を損なうことなく、シームレスに統合されている。ダッシュボード中央には、ナビゲーションやオーディオ、パーキングカメラなどを表示する10.1インチのタッチスクリーン(ソニー製)を装備する。Apple CarPlayやAndroid Autoにもワイヤレスで対応する。
センターコンソールには、ローレット加工(ギザギザの滑り止め加工)が施されたタッチエンコーダーが配され、アンビエント照明など、車内の様々な機能を直感的に操作できる。USBポート(Type-B/C)も備わり、現代のライフスタイルに不可欠なデバイスの充電もスマートに行える。
さらにユニークなのは、頭上のオーバーヘッドコンソールである。ビジネスジェットを彷彿とさせるこのコンソールには、パワーウィンドウや照明用のトグルスイッチが航空機のように並び、操作するたびに特別な高揚感を与える。
オーナーだけの特別な「儀式」とサウンド
Vinileは、日常の操作にさえも特別な体験をもたらす。エンジン始動は、まるでヘリコプターのパイロットのようなシーケンスである。まず、センターコンソールにある、アナログレコード盤を模したローレット加工のキーを回す。次に、オーバーヘッドコンソールの「ENGAGE」ボタンを押し、最後にセンターコンソールの「START」ボタンを押すことで、V8エンジンが目を覚ますのだ。この一連の動作は、オーナーだけが味わえる特別な「儀式」となる。
ダッシュボードには、オーナーの腕時計をセットできる専用スロットが設けられている。セットされた腕時計は、そのまま車両の時計として機能するという、遊び心あふれる業界初のギミックである。
そして、「Vinile」というブランド名にふさわしく、サウンドシステムにも並々ならぬこだわりが注がれている。自社開発されたシステムは、DABラジオ、3つのRockford Fosgate製アンプ、Mosconi製シグナルプロセッサー、10個のFocal製スピーカー、そして2つのサブウーファーで構成される。ケーブルにはハイエンドオーディオ用のThender製が使用され、クリアで深みのある、極上のサウンドスケープを実現する。
わずか15人のオーナーへ贈る、究極のビスポーク
このVinileによるレンジローバー・クラシックは、わずか15台のみの限定生産である。マラネッロのデザイナーとエンジニアが10,000時間以上を費やして開発し、一台あたり2,100時間以上もの時間をかけて、熟練の職人が丹念に組み上げる。
最初の1台は、メタリックグリーンのエクステリアにグロスブラックのルーフ、インテリアはBo.Hemian Choco、Bo.Hemian Savana、Kashmir Mentheという3色のBaxterレザーとホワイトポプラ杢の組み合わせである。まもなく完成し、2025年のミラノデザインウィーク期間中に公開される予定である。2台目もすでに製作が開始されており、購入希望者は内外装のカラーリングなどを自由にカスタマイズすることが可能である。
その価格は、カスタムオプションを除いて28万ユーロ(約4,600万円 ※1ユーロ=165円換算)である。決して安価ではないが、唯一無二のデザイン、最高級のマテリアル、そしてマラネッロの卓越したクラフツマンシップの結晶であることを考えれば、その価値は計り知れないと言える。
Vinileのデザインチームは、すでに次のプロジェクトに着手している。他の自動車アイコンの「リマスター」、そしておそらくは自動車以外の分野でも、私たちを驚かせてくれるだろう。
過去の偉大な遺産に敬意を払いながら、現代の感性と技術で新たな息吹を吹き込むこと。Vinileが提示するのは、単なる乗り物ではなく、オーナーのライフスタイルそのものを豊かにする、究極のオーダーメイド・ラグジュアリーである。その「アティチュード」に、世界中の目利きたちが熱い視線を送っている。
文:前田陽一郎(オクタン日本版) 写真:Vinile
Words: Yoichiro MAEDA (Octane Japan) Photography: Vinile