桜とスイセンとフィアット500|春爛漫のヴァンセンヌ城前にて

桜の開花はいつか、見ごろはどこか。そんな情報がニュースやSNSを賑わす季節がやってきた。これは日本の話ではない。ここはフランス、しかもパリの東端、ヴァンセンヌ城の前でのことだ。

【画像】春爛漫の週末にヴァンセンヌで開かれた旧車愛好家たちの定例ミーティング。テーマは「フィアット500」(写真18点)

フランスに春の訪れを告げる花といえば、かつては黄色いスイセン(jonquille)が主役だった。公園や街路、パリの環状線沿いの空き地が一面黄色に染まる光景が、それだった。だが、近年は桜がその座を奪いつつある。多くの自治体が桜の木を植え、春の風物詩としての地位を確立している。ここヴァンセンヌ城脇の並木道も、その例に漏れず見事に咲き誇っている。

そんな春爛漫の週末。ヴァンセンヌで開かれる旧車愛好家たちの定例ミーティング「Vincennes en Anciennes」も、その日は特別な装いだった。テーマは「フィアット500」。かつてヨーロッパ中の街角を彩った小さなイタリア車が主役だ。

芝生の広場には、チンクエチェントがずらりと並ぶ。ひと口にフィアット500と言っても、その表情はさまざまだ。オリジナルのノーマルモデル、走りに特化したアバルト仕様、そしてユニークなステーションワゴン型「ジャルディニエラ(Giardiniera)」。これに加え、同じファミリーとして850 Sportやムルティプラなどの兄弟車たちも登場していた。

中でも通好みの一台が注目を集めていた。ドイツで生産されたフィアット500ベースのライセンス車「Neckar(ネッカー)」だ。バーデン=ヴュルテンベルク州のハイルブロンでフィアットのライセンス生産を手がけていたNSU/Neckar社によるこのモデルは、イタリア製とは一味違った質感を持つ。ドイツ的なシャープな造形や内装の仕上げが、同じように見えてまるで別の車のようだ。

さらに目を引いたのが、一台だけ紛れ込んでいた最新のEV。よく見るとそれは「トッポリーノ(Topolino)」──だが、その正体はフィアットがシトロエンAMIをベースに仕立てた超小型EVだ。AMiはフランスで「Voiture sans permis(免許不要車)」に分類され、14歳から運転可能な車として知られる。安全基準も緩く、デザインの自由度が高いため、コンパクトかつユニークな見た目に仕上がっている。この新世代トッポリーノが、往年の名車たちの間にすっかり馴染んでいる光景は、時代の架け橋を見るようだった。

実際、各自動車メーカーが伝説的モデルを現代のコンセプトで蘇らせる試みは少なくない。だが、厳格な安全基準ゆえにサイズが大きくなりがちだ。その点、このカテゴリーのEVは、自由な発想と昔ながらのスケール感を両立できる。その存在は、チンクエチェントのDNAが、時代を超えて受け継がれている証にも思えた。

会場には旧車だけでなく、春の陽気に誘われて多くのギャラリーも訪れていた。ヴェスパクラブのメンバーたちも続々と集まり始め、二輪エリアもにぎわいを見せていた。日本車もちらほら。ホンダCB550やスズキGS650といったミドルクラスが多く、フランスで根強い人気を誇る6気筒エンジン派に混じって、扱いやすく維持もしやすい中排気量のモデルに注目が集まっていた。

また、今日のミーティングではカブリオレ(オープンカー)の参加も目立っていた。先月の集まりでは寒風が吹き、冷却効率を高めるためにラジエターグリルを塞ぐ車も多かったが、今日は20度を超える陽気。冬の名残は完全に消え去り、空には薄く雲が広がるのみ。満開の桜が空を彩り、古城を背景に並ぶ車たちのシルエットが、まるで映画のワンシーンのようだった。

この日のVincennes en Anciennesは、まさに”春の目覚め”を感じさせる特別な回だった。旧車たちもまた、桜の花のように、一台一台が異なる個性と記憶を携え、今を咲き誇っていた。

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI