
フランスの春に訪れる美しき狂騒、「Tour Auto」。2025年で34回目を迎えるこのクラシックカー・ラリーは、単なるレースではない。エンジンの鼓動と共に走るのは、機械としての車ではなく、時間と物語を内包した「遺産」そのものである。
【画像】4月8日にヴォー=ル=ヴィコント城を出発し、2000キロ以上を走り抜ける美しいクラシックカーたち(写真36点)
かつて1899年に始まったTour de France Automobileを起源に持ち、1950〜70年代にはフェラーリ、ジャガー、アルピーヌらが火花を散らした。だが1986年、時代の変化と共にその灯は一度消える。
そして1992年、ピーター・オートによってTour Autoとして復活を遂げた本イベントは、「走ることに価値がある」クラシックカーを、実際の公道とサーキットに送り出す。この精神こそが、欧州におけるクラシックカー文化の神髄だ。
今年の主役は、ラリー黄金時代を象徴する2台の名車——今年のTour Autoのポスターに描かれているLancia StratosとAlpine A106だ。
Lancia Stratos HF
1974~76年にかけてWRC3連覇を成し遂げたミッドシップの怪物。ベルトーネのガンディーニが手がけた攻撃的なフォルム、フェラーリ・ディーノ譲りのV6エンジン、そして悪路をものともしないアジリティ。
ドライバーとしてBernard Darnicheの存在は外せない。1979年のモンテカルロ・ラリー制覇をはじめ、彼はStratosを”道具”ではなく”共犯者”として乗りこなした。
Alpine A106 ルノー4CVをベースに1955年、ジャン・レデレが世に送り出したアルピーヌの第一号車。軽量なグラスファイバーボディとタイトな設計思想は、のちのA110に通ずる魂をすでに宿していた。2025年はその誕生70周年——原点への回帰と進化の年でもある。
4月6日・7日、パリのポルト・ド・ヴェルサイユにて、すべての参加車両が一般公開された。最も古い出場車は1935年製のBugatti T55。フェラーリ250GTベルリネッタ・ルッソ、ジャガーEタイプ、D.Bバルケッタ、ポルシェ356、そしてトヨタ・セリカST1600までもが、1台1台、静かに存在を主張していた。
日本からの車両としては1972年製トヨタ・セリカが2台出場。ヨーロッパの舞台において、日本車の存在は数こそ少ないが、その確かな存在感を放っていた。
また会場には、かつてル・マンを制したエリック・エラリー、WRC王者アリ・バタネン、そしてフランスラリー界のレジェンドベルナール・ベガンらが登場。かつてハンドルを通して物語を刻んだ者たちが、今再びその”相棒”の横に立ち、人々と語り合浮き会が設けられている。
ラリーの幕が上がるのは、4月8日(火)の朝。出発地点は、紹octane.jpでもクリスマスになると紹介する、バロック建築の傑作として知られるヴォー=ル=ヴィコント城。ここから、まずはブルゴーニュの古都ディジョンを目指す。
2日目はアルザス地方へ。ディジョンを出発し、ワイン街道沿いの美しい村々とスペシャルステージを経て、名門自動車博物館を擁するミュルーズへと到着する。
3日目は、最長となる600kmを超える行程。ミュルーズを出てローヌ地方を南下しながら複数のステージとサーキット走行をこなしたのち、火山地帯の町クレルモン=フェランへと向かう。タイヤメーカー「ミシュラン」の本拠地でもあるこの街は、ラリー文化との結びつきも深い。
4日目は、クレルモンの山岳サーキット「シャラード」を駆け抜け、マッシフ・サントラルの峠道を南下。目的地は、中世の面影を色濃く残す城塞都市、ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョン。
そして最終日となる4月12日(土)、ラリーはプロヴァンスの丘陵を越え、地中海の陽光が降り注ぐ南仏の都ニースへ。海沿いの名所「プロムナード・デ・ザングレ」が、すべての車両のフィニッシュラインとなる。
総距離2,191km。沿道で声援を送る人々に囲まれながら、参加者は”競う”というより、”時間と対話する”ように走る。
この静けさの中、すでに物語が始まっていた。やがてその静寂は、エグゾーストノートとともに轟く——Tour Autoはまだ始まったばかりだ。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI