
ファンフェスでの突然の指名は「常識はずれ」?
開幕から1週間、本稿執筆(4/5未明)の段階でファイターズは4勝2敗である。3連勝の後、ホームで2つカード頭を落しているが、相手投手がモイネロ、宮城大弥とリーグを代表する好投手だ。簡単に打てたら苦労はない。それよりもチームの雰囲気の良さに目を向けたいと思う。球団63年ぶり(!)の開幕3連勝で好スタートを切れた裏には、昨年11/30ファンフェスタで早々と「開幕投手」「開幕4番」「開幕抑え」に指名され、人には言えぬプレッシャーを抱えて年を越した選手らの大活躍があった。
今だから笑って話せるが、あのファンフェスタでの新庄剛志監督の突然の指名はビビった。正直に言ってほしい。当日、大歓声が上がったけれど、あのとき驚かなかった人はいないんじゃないか。ていうか、当人たちがびっくりしていた。野村佑希の表情を覚えているだろうか。まったくのぶっつけ。ぜんぜん打診なく、あの場で初めて聞かされたのだ。サプライズ指名にエスコンフィールドはドッカン、ドッカン盛り上がる。ただプロOBの解説者など、野球を知ってる人ほど、あの「早すぎる指名」に一抹の不安を覚えたのだった。
プレッシャーがハンパないのだ。オフの間も気を緩められないし、自主トレ、キャンプでも「開幕へ向けて調整のほうはどうですか?」とずっとカメラやマイクを向けられる。練習試合、オープン戦は注目の的だ。ちょっと調子を落したら新聞に何を書かれるかわからない。よっぽどの大エースならともかく、初の大役を任される場合は直前までナイショにして、世間の風圧から守ってやるのが普通だろう。新庄監督の「型破り」の指名がうまくいくかどうか、ファンの関心はその一点に集中した。もちろんSNSなどで一部ファンから「常識はずれ」の声は上がっていた。
僕は金村尚真はプレッシャーに崩れない気がしていた。また齋藤友貴哉は多少のピンチを招いても「さいこうゆきや」(自分で作った大ピンチを自分でしのいで盛り上がる)で乗り切れると思った。とにかくいちばん心配なのは野村佑希だった。野村はむちゃくちゃマジメなキャラクターだ。根(こん)をつめて、自分を追い込んでしまう。それが長所でもあるから、難しいのだ。これまで野村佑希は周囲の期待に応えたくて、徹底的に自分を追い込んできた。ときには痛々しいくらいマジメに。果たして稀代のモチベーター、新庄監督の選手操縦術が彼に通じるだろうか。「開幕から15試合」は4番を任せるという、その15試合の区切りは余計プレッシャーにならないだろうか。栗山英樹前監督が中田翔にそうしたように「結果が出なくたってお前を4番から外さない」と言ってやるほうがよかったのじゃないか。
開幕戦、金村尚真の快投にはしびれた。予想のはるか上を行く落ち着き&力強さ。何と今井達也に投げ勝って、08年ダルビッシュ有以来の開幕完封勝利(自身、初完封勝利!)だ。試合後は「開幕投手と言われて不安だった。今日勝つことを目標にやってきた」とコメント、プレッシャーをむしろ自分を燃えたたせるエネルギーに変えてしまったらしい。そのメンタルの強靭さに感じ入る一方で、僕は開幕戦4の0で終わった野村佑希にハラハラした。たぶん僕だけじゃないだろう。ある意味、ジェームス野村佑希は開幕シリーズの「主役」なのだった。
第2戦、野村は5の1。1本ヒットが出た。ヒーローは上川畑大悟だが、ジェイも1本出てホッとしているはずだ。僕は開幕戦は応援仲間と内野指定C席、第2戦は自宅でテレビ観戦、第3戦は文化放送の持ってる年間指定席に招待してもらっていた。バックネット裏のプレミアムシートだ。そんな良席でまさかあんなドラマを目撃することになろうとは。僕はこのチケットは生涯(クッキー缶の)宝物入れにしまって大切に保管する。
新4番打者の誕生
ああ、読者よ、ジェームス野村佑希がついにやってのけた。自分の身の丈をひょいっと飛び越え、本物の4番打者になった。開幕シリーズ第3戦、西武の先発はカムバックに懸ける元エース、高橋光成。野村は第1打席、いきなりタイムリー2ベースを放つ。「ホームランより2塁打」「4の1でも、その1でタイムリー」と新庄監督に注文された通りのバッティングだった。監督は野村をクラッチヒッターに育てたいのだ。チャンスにめっぽう強い中距離砲。やっと開幕3戦めにしてファイターズの4番が仕事をした。
と思ったら、ジェイのスケールの大きさはそんなもんで収まるもんじゃなかった。第2打席は1号3ラン、第3打席は2号2ラン、いずれも初球だった。真っ芯でとらえた打球はベルーナドームのレフトスタンドへ。もう、僕は拳を突き上げっぱなしだ。やったぞおお。やったやったやった。野村佑希が「4番合格」だ。こんなドラマがあるんだな。新庄さんの賭けが当たった。ちっくしょう、心配して損したぜ。
僕は2ホームランとも初球を叩いたことを評価する。つまり、準備ができてたってことだ。打席に入る段階で考えが固まっていた。気持ちも入っていた。特に第2打席は高橋光成が四球で走者を出した後だ。初球を狙う。内角の難しい球。だけど、ジェイはそれをうまく捌(さば)ける。打球の行方を見て、1塁ベースを回ったところで右手を高く掲げた。この瞬間をとらえた写真は後に球団公式Xでアップされた。僕はそれをiPhoneの待ち受けにしている。目にする度に心が震える。ファイターズに新4番打者が誕生した瞬間。開幕シリーズの主役が舞台中央に立った瞬間。
開幕第3戦はそれだけでなく、齋藤友貴哉がゲームを締めくくって見せたのだ。早すぎる指名で騒がれた「開幕投手」も「開幕4番」も「開幕抑え」もすべてうまく行った。これがチームの雰囲気をグッと上げてくれた。あらためて新庄監督のモチベーターぶりに敬服する。野村佑希はホームに戻ってのソフトバンク戦でも第3号を放った。それだけでなく現役ドラフトで獲得した吉田賢吾も使い続け、ソフトバンク戦オリックス戦の2試合連続ホームランを引っぱり出してしまった。よくM-1グランプリの芸人さんで言うことだ。人生が変わる。開幕から1週間、ファンは選手らの「人生が変わる」瞬間を目撃している。野村が、金村が、齋藤が、吉田が新しい自分を生きようとしている。