本州最北端にある下北半島の北部を範囲とした下北ジオパークでは、東日本を構成する4つの地質と3つの異なる海、それらを支えている豊かな生態系と人々の営みにアプローチできるのが特徴。2016年に日本ジオパークとして認定され、2025年1月に2回目の再認定が決定した。

  • むつ市長の山本知也氏(右)とNTT東日本 青森支店長の磯﨑崇氏(左)

■下北ジオパークの活動における最大の成果とは

「私が今、一番大事にしているのは“郷土愛の醸成”」というむつ市長の山本知也氏。青森県、特に下北エリアでは「私たちの地域には何も無い」というのが大人たちの常套句となっている現状から、「その言葉を刷り込まれて育った子どもたちも、例えば首都圏から来た人に『むつ市には何がある?』と聞かれたら『むつ市には何も無い』というのが定番になっていた」と振り返る。

  • むつ市長の山本知也氏

ジオパークは、地球や大地を意味するジオ(Geo)と公園を意味するパーク(Park)を組み合わせた造語で、地球科学的価値のある場所の保全が下北ジオパークの主要な目的となっているが、「そのほかにも、『なぜホタテが美味しいか?』とか『なぜアンコウが美味しいか?』といったことをストーリー立てて知ることに大きな意味がある」と山本市長は力説する。

下北半島中央部に位置する釜臥山の豊かな木々の葉が腐葉土となり、川を流れて、陸奥湾に流れ込む。「だから陸奥湾のホタテは甘くて美味しい。こういったことを地質や地形の観点から子どもたちに学ばせることにより、『むつには美味しいホタテがある』、『むつには自然豊かな釜臥山がある』といった形で、今まで何も無いと言っていた子どもたちが、自然であったり、地形であったり、地域に目を向けるようになる」と話す。「何も無いというのは、遊園地とかテーマパークのような物的なものでしかない。何も無いのではなく、目を向けていなかっただけ。子どもたちがこの地域に最初から備わっていたものに目を向け始めたこと」こそが下北ジオパークの活動における最大の成果であると自信を覗かせる。

  • 下北ジオパークエリアマップ

そんな下北ジオパークの2024年度における最大のトピックスは、夏に開催された「第14回 日本ジオパーク全国大会下北大会」。日本ジオパーク全国大会は、ジオパークプログラムの理念と取り組みの周知、そして各ジオパーク間の情報や意見交換などを行う、毎年、各ブロック持ち回りで開催されるイベント。2024年は東北ブロックを代表して、下北ジオパークにて開催された。

現在、日本では48の地域が日本ジオパークとして認定されているが、「ジオパークはネットワークなので、ひとつの地域だけが盛り上がっても意味がない」という山本市長。「例えば世界遺産もそうですが、どこかの地域だけが認定されてもあまり価値がなくて、世界中の様々な世界遺産と連携することが重要。これはジオパークも同様で、しっかりネットワークを組んで、みんなで盛り上げていかないといけない」と、各ジオパーク間の連携を重視する。

「実際、ジオパークの日本における認知度は、世界遺産と比べれば非常に低い」という現状を指摘。他の地域のジオパークは決してライバルではなく、一緒に盛り上げていく仲間であり、「ほかのジオパークの活動を見ることで、相手の良さがわかり、ひいては自分の良さもわかる。それぞれが持っているものが違うので、それぞれの良さを認め合うことが重要なんです」と続ける。

日本ジオパーク全国大会は、ジオパークとしての活動だけでなく、地域との関わり方も重要であり、下北大会においても、全国からの来場者に向けて、地域の名産品を扱う物販イベント「Mmm!(まんぷくまさかりまーけっと)」を開催。地元むつ市だけでなく、県内各地から100店舗以上の出店が行われた。

「そもそも下北は、一番最初にジオパーク申請をした時、認定されなかった」と振り返る山本市長。「市役所など行政だけがいくら頑張ってもダメ。いくら地球科学的な意義があっても、やはり地域の盛り上がりが不可欠なんです」と、認定されなかった経緯を説明する。そのため、2016年に最初の認定を受けた後も、地域の盛り上がりを重視。実際、夏に行われた全国大会も、地域住民からの「全国大会をやりたい」という声がきっかけになっており、「行政ではなく、地域の皆様の盛り上がりこそがジオパークの活動そのもの」であることをあらためて強調する。

■人流分析で人の流れを把握

そして、ジオパークの活動を行う上で、「どこから人が来て、どこを経由して、どこに興味があるかを知ることは非常に重要」という山本市長。これまでは紙ベースのアンケート調査に留まっていたが、「一時期はPDCAサイクルというのが流行りましたが、時代の流れとして、今はEBPM、つまりエビデンスが大事」という見解から、夏の全国大会では人流分析があわせて実施された。

人流分析を担当したNTT東日本と下北ジオパークは「ジオパークの3Dアーカイブ化」が最初の関わり。「デジタルでしっかり下北をサポートしていくことが我々の役割」というNTT東日本 青森支店長の磯﨑崇氏。その延長線上で実施された多言語化の取り組みは、ジオパーク認定においても大きな役割を果たしているという。

  • NTT東日本 青森支店長の磯﨑崇氏

もともとNTT東日本は、観光の観点から青森のDX化を働きかけていたが、「観光面でいうと、青森、弘前、八戸にしかなかなか目が向かず、下北にまで足を伸ばしていただくのは非常に難しかった」という磯﨑支店長。「青森全体を考えれば、下北エリアは非常に重要」であるとの認識から、「下北にはジオパークという、本当に優れたコンテンツがありますから、そこをしっかりと認知していただけるよう、DXの力を使って協力していきたい」との想いを明かす。

「全国大会といった大きなイベントにあわせて、分析することは非常に重要」というのが、人流分析が行われた経緯。「賑わいの可視化」「全国大会による交流人口増加の効果測定」などを通し、各観光スポットのポテンシャルと周遊傾向を客観的に把握することによって、今後の下北エリアにおける観光促進施策に役立てることを目的として、スマートフォンのGPSデータやSNSの投稿データなどをもとに、下北エリアへの来訪者数や属性、回遊傾向などの分析が行われた。

人流分析の結果、「通常期はやはり年配の方の来訪が多い」ことを確認。下北エリアで一番メジャーなスポットが“恐山”ということもあって、高齢が来訪する傾向が見えたという。「下北エリアには、恐山だけでなく、仏ヶ浦や尻屋崎など、実はすごい観光コンテンツがたくさんあり、来ていただければ、みんな好きになる」という磯﨑支店長は、「もっと若い方に知っていただいて、実際に下北に足を運んでいただくことの必要性」をあらためて痛感したという。

  • 出典元:クロスロケーションズ

そこでNTT東日本では、若年層への訴求手段として、下北エリアの観光スポットを紹介するYouTubeのショート動画を制作。「NTTが映像制作というと疑問を持たれる方もいらっしゃいますが、映像配信と通信はすごく親密な関係」であり、IOWNなど次世代ネットワークを構築するうえでの実証実験などにも利用されている。「最初は社内活性化を目的とした映像制作がメインでしたが、その制作ノウハウを社外にも展開していこう」という流れから、活動の幅を拡大。下北コンテンツでのショート動画作成は、そのトライアル的な位置づけにもなっている。

実際にショート動画を投稿したところ、「やはり若い方が反応してくれた」と、その効果を実感。ただし、「このままショート動画でPRを続けて、認知活動を増やしていくかどうかは、もう少し考えていく必要がある」と慎重な姿勢を見せるが、「ただ、狙い自体はあたった」ことからも、今後の活動におけるひとつな大きな武器になることは間違いないとの認識を明かした。

4年に1度行われる審査において、2025年1月に2度目の再認定が決定した下北ジオパークだが、「誤解を恐れずにいうと、今回の再認定は難しくなかった」という山本市長は、その理由のひとつとして、学校現場の理解を挙げる。「これまでは、地域の大人が中心となってジオパークを作ってきましたが、2024年の全国大会では、下北の小中学生1,300人が、自分の地域のジオサイトやジオパークの活動だけでなく、他の地区のことも調べて発表したり、全国からいらっしゃる方をおもてなししたりするなど、学校現場とも協力して、取り組むことができた」と振り返る。

「再認定が難しくなかったと言ったのは、こういった皆さんの努力による土台の積み重ねがあったからこそ。その意味で、今回は確信を持って再認定をいただけると思っていました」と笑顔を見せる。

  • 2025年1月、下北ジオパーク再認定

「実際、1回目の再認定のときはドキドキでした」と振り返る山本市長だが、当時の懸念事項であった多言語化の遅れも今回は解消。「後退したところがあまりなく、進歩、積み重ねのほうが多い4年間だった」ことも再認定への自信に繋がったという。その一方で、ジオサイトへの案内板が小さかったり、海外からの来訪者にとっては難しかったりするなど、まだまだ課題も残っている。「そのあたりは予算との兼ね合いもありますが、ひとつずつクリアしていくことで、次へのステップアップを図っていきたい」とさらなる意欲を示す。

■「ユネスコ世界ジオパーク」認定を目指して

そしてその先に控えるのが当面の目標となる「ユネスコ世界ジオパーク」での認定となるが、世界を目指す理由として、あらためて「郷土愛」を掲げる山本市長。「なぜ世界を目指すかというと、海外に行ったときに、子どもたちが自慢できるじゃないですか。実際、むつ市と姉妹都市交流を行う米ワシントン州ポートエンジェルス市において、下北ジオパークのサイトや名産品を紹介すると、現地の人から称賛の声が上がり、あらためてむつ市、ひいては下北が実はすごかったということを再認識することになる」という。

「日常というものは当たり前になりすぎてわからないことが多い。それゆえに、非日常の場所で、あらためて下北の自然が豊かなことを知ることになる」との見解を示し、「だからこそ、ユネスコ世界ジオパークという、世界で認められたジオパークになることで、自分たちの地域が誇れる地域であることを知るわけです。今、むつ市に何があると聞かれて、『何も無い』と答えている子どもたちも、世界ジオパークに認定されれば、むつの自然、下北の自然について、あらためて誇れるようになる」と力を込める。

地方はたくさんの若者を首都圏に排出しているという現状について、山本市長は「自分たちの地域が誇れる地域であれば、ほかの地域の人に胸を張って紹介できる。そうやって口コミが広がれば、観光にも繋がっていく。だからこそ、そのひとつのきっかけとして、世界ジオパークの認定を受けることが重要」だとあらためて訴えかける。

世界ジオパークに認定されるのは非常に難しく、現在、日本ジオパーク認定を受ける48地域の中、世界ジオパーク認定を受けているのは10地域となっている。「もはやむつ市や周辺地域だけの問題ではなく、青森県、そして国のバックアップも必要」であり、2025年春にはこれからの8年間に関するジオパーク推進計画が策定されるが、「この8年間で世界認定を目指したい」との意気込みを明かす。

そのためには、DX、デジタルを活用した環境整備が重要であり、「特にオンライン環境は、首都圏よりも地方のほうが恩恵を受けやすい」との見解を示す山本市長。「もちろん、恩恵を受ける絶対数は少ないですが、効果は絶大です。むつ市は本州最北端の市ですから、ここからスタートし、様々な課題が解決できれば、おそらく日本全国の地方にも波及できるはず」とNTT東日本の協力に期待を寄せる。

磯﨑支店長は最終的な目標について「青森のファンを増やしたい。そのためには、まず足を運んでいただくことが重要なので、観光はあくまでもきっかけづくりのひとつ」だという。青森の人口減少、特に若者人口の減少については、「出生数を見れば、将来さらに減っていくことは間違いない」としながらも、そこにDXを活用することによって、「観光だけでなく、防災面や業務効率化などお手伝いができる分野は非常に多いと思っていますので、これからも地方からの発信に力を入れていきたい」との意気込みを明かす。

  • 下北ジオパークの見どころの1つ「仏ヶ浦」

「オンライン診療なども含めて、我々も課題を解決していく取り組みを続けていくので、NTTの皆様も引き続き力を貸してほしい」とあらためて協力を要請すると、「特に本州最北端の地からDXで社会課題を解決したという事例を出すことが一番インパクトが強い」という磯﨑支店長。「ぜひ協力しながら、ひとつずつ課題を解決していきたい」と、引き続きのサポートを約束した。