
ロンドン出身のシンガーソングライター/ギタリスト、マヤ・デライラ(Maya Delilah)。8歳の頃からギターに触れていたマヤは、2017年頃からギター演奏動画をSNSにアップし、現在はSNS総フォロワー数が100万を超えている。しかし、エレキギターを巧みに弾くマヤの動画のコメント欄には、ときに差別的な言葉も書き込まれる。
アデル、エイミー・ワインハウス、サム・スミスなども通った名門ブリット・スクールに入学した日、エレキギターを弾くのは男性ばかりで、女性はアコースティックギターを選ぶ、そんなステレオタイプに驚愕したという。その翌日から、彼女はエレキギターを自分の表現ツールに選んだ。ただ彼女はギターを「矛」として使うのではなく、自分と他者へ「愛」を与えるものとして扱うことを決めた。ブルーノートからリリースするデビューアルバム『The Long Way Round』も愛にまつわる作品として完成している。この夏にはフジロックへの出演も決定。このインタビューが、マヤ・デライラの音楽をより深く理解するガイドになれば幸いだ。
ギターと歌にめざめた経緯
―私は昔からあなたのギター動画をTikTokで見ていました。これほど素晴らしい歌声を持っているのに、なぜ最初はギタリストとして動画を上げていたのですか?
マヤ:私の知っている人たちがみんなTikTokで何かをやろうとしていて、私もいくつかのトレンドを試してみたけど何も起こらなくて。どうしようかなと思ったときに、とりあえず床に座ってギターを弾いてみようと思ったんです。なぜなら、それが私の大好きなことだから。ラッキーなことに、その動画がバイラルしました。そこから練習するときはいつでも撮影して投稿するようにしたら、みんなが気に入ってくれました。その頃は、歌いたい気持ちもあったけど、カメラの前で歌うことに不安があったのだと思います。当時はギターを弾くことが、自分がもっとも自然体でいられて、落ち着けるものでした。でも今は歌うことも心地よく感じられています。
@mayadelilahh 2021年にアップされた人気ギター動画
―いつ頃からマヤさんにとって歌うことが心地よく、自信も持てるものになったんですか?
マヤ:3年前くらいだと思います。そこに至るまで長い時間がかかりましたね。小さい頃から歌ってはいたんです。ギターと同じ年月くらい、歌もやっていました。でもずっと、自分を落ち着かせてくれるものはギターで、言葉にしなくてもギターを奏でることで自分の気持ちに浸ることができていました。今もギターを弾いているときは、たとえ3000人の前でステージに立っていようが、自分のベッドルームにいるような感覚になります。そのマジカルな感覚は他で得られないものです。でも私は曲を書くことが大好きで、それを生業にしたいと決めた頃から、歌に対する自信を少しずつ培ってきました。今は自分にとって歌もセラピーのような感覚で、歌を通して自分の感情を吐き出すことができています。
Photo by Yukitaka Amemiya
─たくさん楽器がある中で、なぜギターを手に取ったんですか?
マヤ:もともとは学校でピアノを習い始めたのですが、私はディスレクシア(読字障害)で、白い紙に黒い文字が書いてあるとパッと消えちゃうように感じるんです。でも当時は幼かったから理由がわからなくて、ピアノを弾こうとしても楽譜が消えていくことに戸惑っていました。ちょうど「他の楽器にトライしてみたいな」と考えるようになった頃、姉がギターを始めて「なんてクールな楽器なんだろう」って。そこから私もギターを手に取って、「楽譜の音楽はやらない」「耳で音楽を学ぶ」「好きな曲だけを弾く」と決めました。その頃から音楽に情熱を持てるようになりました。
─子どもの頃に好きだったギタリストは?
マヤ:ジョン・メイヤーとB.B.キング、スティーヴィー・レイ・ヴォーンが大好きでした。ジョン・メイヤーについては、ソングライティングと一体になったギタープレイが大好きです。アコースティックの演奏も、エレキギターで弾くのも素晴らしいし、ギターソロも全部いい。すごく多才ですよね。もともと母と私の音楽の好みがすごく似ているんです。ある日、母が「聴いてほしい曲がある」と言って、車の中でかけたのがテデスキ・トラックス・バンドの「Midnight in Harlem」でした。あまりにもよすぎて、田舎道を走りながらずっとリピートしたことを覚えています。デレク・トラックスが弾くスライドギターは、まるで歌ってるように聴こえますよね。私はあの音を、スライドを使わずに弾けるようになりたい。そのために今、練習をしています。
「Midnight in Harlem」のパフォーマンス動画。デレク・トラックスのソロは5分過ぎ〜
「ギターは男性の楽器」という偏見との向き合い方
―8歳の頃からギターを弾いていた中で、「ギターは男性の楽器だと認識されている」と感じていたそうですね。どういった場面でそう感じたのか、マヤさんの体験を教えていただけますか?
マヤ:子どもの頃、女性がギターを弾いている場面を見ることはほとんどありませんでした。しかもブリット・スクールに入学した初日、男の子はみんなエレキギターを弾いていて、女の子はほとんどがシンガー、もしくはエレキギターではなくアコースティックギターを弾いていたんです。そんなステレオタイプに抗いたいと思って、私は翌日に初めてエレキギターを買いました。TikTokにも、性差別的なコメントがたくさんきます。若い女の子からは「ギターを始めるのが不安だ」といったメッセージも届きます。
―世の中の見方は、あなたがギターを始めた頃よりは少しよくなっていると思いますか? それともまだまだ?
マヤ:変わりつつあるとは思います。女性のプレイヤーが増えていると思うし、私も刺激をもらうことがたくさんあります。でもまだ不十分だと思います。今もギターケースを持っていると「アコースティックギターですか?」と男性から聞かれますしね。まさか私がエレキギターを弾いているとは思わないのでしょう。男性から「君のギターをチューニングしてあげようか?」とか、同い歳の男性ギタリストには言わないであろうことを言われることもあります。最近のライブでも、自分の思い通りにアンプの設定を調整していたら、男の人が来て全部変えられました。すごく失礼ですよね。1カ月前も、サウンドエンジニアから性差別的なことを言われました。
2025年2月、初来日ショーケースにて(Photo by Yukitaka Amemiya)
―日本でも「ギターは男性が弾くものである」といった偏見やマイクロアグレッションだけでなく、音楽業界内の男女間の不均衡についてはまだまだたくさん課題があると感じています。世界経済フォーラムが発表している「ジェンダー・ギャップ指数」でいえば、イギリスより日本の方がひどいですから。
マヤ:悲しいですね。私たちが変えていけることを願っています。この業界は男性が多いから、女性の声を通すには大変な労力が必要だと感じます。この業界に5年いて、自分の居場所のためにはたくさん戦わなければならないということを目の当たりにしてきました。ビジネス上の決断も、制作においても、女性の意見を通すにはより多くの努力が必要だと感じています。
―さきほど「刺激をもらう」とおっしゃいましたが、マヤさんがリスペクトする女性ミュージシャンは?
マヤ:H.E.R.は歌もギターも素晴らしいですよね。彼女はFenderともよく仕事をしているし、彼女のギタープレイには注目しています。あとはノルウェー出身のギタリスト、トーラ・ダーレ・オーゴール(Tora Dahle Aagård)。彼女からもたくさんインスピレーションをもらっています。
愛を唄うデビューアルバム、フジロック出演に向けて
―そういった問題意識がある中でも、アルバム『The Long Way Round』で表現しているのは問題提議や反抗などではなく、一言でいえば「愛」だと感じました。なぜそういった音楽が今のあなたから生まれたのでしょう。
マヤ:興味深い質問ですね。政治的なことや社会問題について、曲の中で自分の言いたいことを正確に書いて伝えるのはとても難しいと思うんです。本当はいろんなことを曲にしたいから愛について書くのはもうやめたいんだけど(笑)、自分や周りの人たちの人生の状況について書くことが好きで、そうすると自然と、今回のアルバムは自分を見つめること、愛、エンパワーメントなどがテーマになったのだと思います。
―たとえば「Maya, Maya, Maya」はまさに自分を見つめて、自分に言い聞かせているような曲ですよね。これを書いたときはどんなことを自分に対して思っていたんですか?
マヤ:自分に厳しくなりすぎるなよ、ということですね。他人を喜ばせようとしすぎず、自分の基準で見つめよう、ということを考えていました。
―あなたはこのアルバムに対して「ノスタルジーを感じてもらえたら嬉しい」とコメントしていました。なぜ「ノスタルジー」という感情を大事にしているのでしょうか。
マヤ:このアルバムをレコーディングしているとき、自分が若い頃に聴いていた曲を聴き返していて、そういった曲たちからたくさんインスピレーションをもらいました。だから私にとってはノスタルジックに聴こえるんです。日曜の朝のような、心が落ち着くような、そんなアルバムにしたいと思っていました。家に迎えられているような温もりを感じてもらえたらなと思います。私自身が、柔らかくて温かくて落ち着けるような音楽を聴くことが好きなんです。食事をしているときも、シャワーを浴びているときも、どんなときも音楽を流しているのですが、いつもそういった音楽を選んでいます。
―「なぜ反抗ではなく愛の音楽を作るのか?」という質問に対して、そういったことも答えなのかもしれないですね。
マヤ:ああ、その通りですね!
―このアルバムでは、マヤさんの「シンガー」と「ギタリスト」の側面をどのように共存させたいと思っていましたか?
マヤ:それらが手を取り合っているような感じがします。私にとってギターソロを書くことと歌詞を書くことは似ているんです。たとえば「Begin Again」では、歌詞で言いたいことは曲の半分の時点で言い切った気がして、あとはギタープレイで感情を伝えようと思いました。だから曲の半分がギターソロになっています。
―今回のアルバムに収録された12曲の中で、サウンド面で一番満足のいくトライができたものは?
マヤ:悩ましい質問ですが……思い浮かぶものが3曲あります。ひとつは「Maya, Maya, Maya」。これはもともとジョークのつもりで書き始めたものでした。アルバムの曲にしようとは考えずに、朝食後のテーブルで書き始めたら、その日のうちに曲が完成して、すぐにバンドとレコーディングしました。そうやって生まれた曲のできあがりは、とても満足のいくものでした。想定外の形で完成した曲は、お気に入りになることが多いですね。
「Squeeze」もそのひとつ。ファンクの曲を書くなんて思ってもなかったですから。私にとっては大きなチャレンジでしたが、とても楽しく作ることができました。ホーンとのセッションも経験できて、結果的にすごく満足のいくものができました。
3つ目は「Ill Be There In The Morning」。この曲の歌詞は、その日の私の気持ちそのものでした。この曲の通り、悲しい気持ちでセッションに行ったのですが、自分の望んだ通りの感情を音楽にすることができました。それがとても嬉しかったです。
―「Jefferey」ではコリー・ヘンリーのピアノとあなたのギターの美しいコラボレーションが生まれています。コリーとの制作ではどんな発見がありましたか?
マヤ:「Jeffrey」をほぼ書き上げたときに誰かにソロをやってもらいたいなと思って、彼が私の中で一番目の候補でした。OKしてくれたことはとてもラッキーでしたね。「オルガンかピアノかはお任せします」と言ったら、彼は美しいオルガンのソロを入れてくれました。直接会うことはなく、リモートで完成させたのですが、その中で学んだことは……私が弾いたものを入れたトラックを送ったら、ソロだけではなく、最後に私と一緒に演奏するようなフレーズを入れてくれたんです。それは私にとって想定外で、とても美しいことをやってくれたと感じました。もしまた私が他の人とコラボレーションする機会があれば、ソロのあとに楽器同士のコール&レスポンスのようなパートを入れたいなと思います。
―なぜコリー・ヘンリーが一番目の候補だったんですか?
マヤ:私は何年も前から彼の大ファンでした。彼がスナーキー・パピーで演奏しているライブも、何度か観たことがあります。あと、彼がお葬式で演奏している映像があるんですけど、それは私が人生で聴いた中でももっとも美しくてソウルフルだと感じる演奏で。「Jeffrey」は私にとってはとてもエモーショナルな曲で、ソウルフルなものにもしたかったので、まさにぴったりだと思っていました。
―『The Long Way Round』は、特定のジャンルや手法にこだわるのではなく、自分のルーツから現在までを見つめた上で、自分が自然とやりたいと思ったものを形にしたり、想定外も楽しんだり、マヤさんの喜びをパッケージしたアルバムだと言えそうですね。
マヤ:そう、その通りだと思います。だから『The Long Way Round』(長い道のり)というタイトルを付けました。音楽業界にいると何か特定の音楽性にしぼらなきゃいけないと言われることもあるけど、私はさまざまなところから影響を受けているので、ひとつだけを選ぶのは難しい。このアルバムを作っているときは、そういった考えを手放して、ただ自分の好きな曲を書こうと思っていました。ビジネスのことはあまり考えずに、ただ「音楽」のことを考えるようにしていました。「自分をひとつのレールに押し込めない」というのがまさに、このアルバムのテーマだと思います。
Photo by Yukitaka Amemiya
―7月にはフジロックの出演が決まっています。どんな想いがありますか?
マヤ:世界一クールなフェスティバルだと思います。バンドを連れていくので、私もとても楽しみです。新しいアルバムの曲だけじゃなくて、古い曲も演奏すると思います。精一杯楽しみたいです!
―フジロックに出演するアーティストの中で、マヤさんが今気になっている人は?
マヤ:エズラ・コレクティヴも好きですし、ヴルフペックは人生において大好きなバンドのひとつです。ハイムのひとりとは友達で、いつか一緒に何かできたらいいなと思っています。イングリッシュ・ティーチャーはマーキュリー・プライズも受賞しましたが、素晴らしいバンドですよね。
―フジロックに関わらず、マヤさんが注目している日本のアーティストはいますか?
マヤ:リナ・サワヤマのファンです。音楽はもちろん、彼女の主張も、自分の意見をしっかりと提げていることも素晴らしいと思います。
―今日はいろんな角度から音楽について語ってくださってありがとうございました。最後に、マヤさんが思う「いい音楽」とは?
マヤ:何かを感じさせてくれる音楽。エモーショナルになるのでも、ファンキーな気持ちになるのでも、何でもいい。以前ママとデレク・トラックスのライブに行ったとき、ギターソロで自然と涙が流れてきて、周りを見るとみんな「どうしてかわらかないけど涙が出てきた」と言っていたんです。どんな形であれ、心を動かせるものが「いい音楽」だと思います。
マヤ・デライラ
『The Long Way Round』
発売中
再生・購入:https://maya-delilah.lnk.to/TheLongWayRoundPR
FUJI ROCK FESTIVAL '25
2025年7月25日(金)、26日(土)、27日(日)
新潟県・湯沢町 苗場スキー場
※マヤ・デライラは7月25日(金)出演