ジェイ・ZやNASで知られるグラミー受賞プロデューサー、若き才能との共作を語る

大物プロデューサーのNo ID(ノー・アイディー)は、シカゴのインディーラッパーSaba(サバ)よりも23歳年上だが、どちらかという彼の方が子供のような無邪気さを感じさせる。口数が少なく思索にふけっているようSabaは、むしろ警戒しているようにも見える。10月にロサンゼルスにあるNo IDのスタジオで2人に会ったとき、彼らは横に長いデスクの前で隣り合って座っていた。現在53歳のNo IDは表情豊かで、愉快な時には身を乗り出すようにしてゲラゲラと笑う。若き日のカニエ・ウェストを育て、2017年のジェイ・Zの最も内省的なアルバム『4:44』のプロダクションを手掛けた実績を持っていながら、彼は今も自分が成長途中にあると考えている。実際に、彼とSabaは写真集の制作に取り組むため、現在一緒に写真のレッスンを受けているという。「どんなことにも敬意を持って接したい。だからこそ、学ぶことが大切なんだ」。彼はライカのカメラをいじりながらそう話す。

【写真】Saba & No ID

写真のレッスンはついでに過ぎない。今の彼らの最優先課題は、2022年から共同で取り組んできたアルバム『From the Private Collection of Saba and No ID』を仕上げることだ。3月18日リリースとなった本作は、2人の個性とヒップホップの可能性を余すことなく表現した、驚くほど豊かで一貫性のあるアルバムとなっている。ソウルフルなサンプルとオリジナルのループが巧みにミックスされたこのアルバムは、まるで祖母の屋根裏で宝物を見つけたときに差し込む一筋の陽光のようだ。Sabaのラップは、自省に多くの時間を費やす人間ならではの賢明な自己探求に満ちている。ジャネット・ジャクソンの「I Get Lonely」を巧みに再解釈したかのような楽曲で、Sabaは自信に満ちた声でこう主張する。「俺は内向的だけど、人気者なんだ」

ジェイ・Z、コモン、NAS等とコラボレートしてきたNo IDに比べれば、Sabaの知名度はまだ及ばないかもしれない。しかし、彼はノーネームやチャンス・ザ・ラッパーといった仲間たちとともに、2010年代のシカゴにおけるジャジーで知的なサウンドを築き上げてきた。熱心なファン層を獲得し、ライブは満員、ストリーミングでも根強い人気を誇っているSabaだが、『Private Collection』は再出発を試みるような内容となっている。本作では、髪を伸ばしたりヨガを始めたりといった日常の些細な出来事に意味を持たせたり、身近な人々の死といった恐ろしい現実を受け止めるようとする過程を巧みに描く彼のスキルが存分に発揮されている。それでも、2人の歩みを重ね合わせた鮮やかなモザイクのような本作には全体として楽観的なムードが漂い、2人のパーソナリティがはっきりと浮かび上がる。

Photographs by DANIEL DORSA

No IDと仕事をする以前、Sabaは数多くのメンターから学んできた。彼の父親はChandlarという名前で活動するR&Bシンガーであり、プロデューサーの叔父Tommy Skillfingerは昨年亡くなる直前に、『Private Collection』収録曲「Big Picture」の初期バージョンを手がけた。同じくシカゴ出身のNo IDは、地元での活動を通じて2人のことをよく知っていた。しかし、彼自身はメンターという肩書きを好まない。カニエ・ウェストの「Big Brother」、J・コールの「Let Nas Down」、ロジック「5 Hooks」等で発揮した手腕を各アーティストが称えているにもかかわらずだ。「誰かを育て上げようなんて口にしたことは一度もないと思う」と彼は言う。「それってマーケティングだからね」。彼は特別な才能があると感じた人物と交流し、自分の知識を共有してきたに過ぎないという。「『乗りなよ、一緒に行こうぜ。いろいろ見て、話して、写真を撮ろう』っていうノリなんだ」

2人の交流が始まったばかりの頃、Capitol Recordの副社長を務めていたNo IDはSabaと契約しようとしたが、インディーで成功を収めていたSabaは懐疑的だった。「俺にしてみれば『おいブラザー、この俺の頼みなんだぜ!』って感じだったよ」とNo IDは振り返る。「俺がレーベルで働いていた時、周囲の人間は俺のことを完全に誤解してた。『俺は戦士であり、お前らの仲間だ。なのにどうして話が噛み合わないんだ? 俺はハリエット・タブマン(アメリカの奴隷制度廃止運動の象徴的人物)みたいな存在だってのに!』って感じでさ。でも大抵、『いや、あんたはあっち側の人間だ』っていう反応が返ってくるんだ」

何年もの間、2人は連絡を取り合いながら自然な形で親交を深めていった。No IDはSabaのストイックな佇まいを理解するようになり、冗談めかして彼を「孔子」と呼ぶようになった。一方、Sabaはミシュランの星付きレストランを渡り歩くNo IDの食に対するこだわりを目の当たりにする。「彼と一緒に仕事をするようになってから、ものすごく豪華なテイスティングメニューに何度か連れて行ってもらった」とSabaは言う。「どの料理もまさにアートだった」

2人は一緒にシカゴに戻り、自分たちの故郷に対する複雑な想いについて話し合った。Sabaの圧巻の2018年のアルバム『Care for Me』は、彼のいとこでありコラボレーターでもあったジョン・ウォルトがこの街で殺害された事件にインスパイアされた作品だった。また、前作『Few Good Things』(2022年)を完成させる直前には、親友でDJ兼プロデューサーだったSqueakもこの街で命を落とした。

Sabaは、2019年にNo IDと行った最初のスタジオセッションのひとつのことを「今も忘れられない」と振り返る。「彼は1回のセッションで20ものビートを作った」とSabaは言う。「部屋の隅っこで黙々と作業して、出来上がった20のビートを俺に手渡して帰った」。No IDはというと、Sabaのスタジオでのアプローチを理解しようと努めていたという。「俺の実力はもう十分に証明されてる。今はただ好きなことをやってるだけさ。あの時は『このセッションの成果について、彼はどう思うんだろう』って考えたりしたよ」。その日のことについて語り合うなか、顎を撫でながら考え込むSabaを見て、No IDはこう指摘する。「ほら、まさにこの顔。 これを見せられると『何考えてるんだろう?』って訝らずにはいられないよ」

それだけに、Sabaが2022年のツアーの最中にNo IDから100曲以上のビートのパックを受け取ったことは驚きに値しなかった。それでも、Sabaはそれを試練として受け止めた。「彼は100以上のビートを俺に託してくれた。俺が何かを成し遂げられるはずだと信じてくれたんだ」。親友を失い、シカゴを離れ、ロサンゼルスに家を購入するなど、当時のSabaは人生における大きな変化を立て続けに経験していたが、その過渡期を見事に反映した13曲を作り上げる。

No IDにとって、これらのビートを約1カ月で作り上げることは自分自身への挑戦だったという。「プロデューサーとビートメーカーは違うんだ」と彼は言う。その違いについて尋ねると、彼はクインシー・ジョーンズを例に挙げてこう説明した。「彼は『Thriller』や『Off the Wall』のトラックを作ったわけじゃない」と彼は話す(クインシー・ジョーンズが91歳で亡くなる数週間前の発言)。「彼はチームをまとめただけ。彼はプロデューサーとして、いろんなことの意思決定を担った。『それはダメだ、このキーでいく。あいつはダメだ、この作曲家を使おう。あのドラマー、あのエンジニアを起用しろ』って感じでね。マイケルに『これがオケだ』って曲を提示したわけじゃない。それはヒップホップのやり方なんだよ」

Photographs by DANIEL DORSA

No IDは、いつの間にかヒップホップがビートメーカーを軽んじ、「椅子に座ってみんなに指図する、ふんぞり返った人物」が崇められるようになってしまったと考える。「俺はプロデューサー側に寄り過ぎてしまった。だからもう一度ビートメーカーに戻ろうと思ったんだ」。ビギーをも満足させるであろうビートの数々を作り上げるべく、彼は自らを鞭打った。

Sabaは一連のビートを見事に活かしてみせた。「『これだよ、こうでなくちゃ』と思ったね」。ラップが乗ったいくつかの曲を初めて受け取った時のことを、彼はそう振り返る。No IDはそれらをミックステープとして出そうと提案したが、Sabaはもっと磨きをかけられると考えた。「自分ができること、彼ができることを考えたら、『これは自己紹介がてらにはちょうどいい。でも、それが俺らのやるべきことなんだろうか?』って思ったんだ」とSabaは言う。

制作が最も楽しかったのはどの曲かと尋ねると、No IDが先に答えたいと言った。「どうぞ」とSabaが譲ると、No IDは「ありがとう、孔子」と微笑みながら言う。Sabaと彼の兄のJoseph Chilliams、そして従兄弟のJean Deauxによる不敵サイファー「30secondchop.wav」は、No IDがSabaに教えた即興のトリックから生まれた曲だ。一方、「Crash」はお泊りデートをテーマにした甘美なセレナーデだ。ラファエル・サディークとケリー・ローランドは、スタジオでこのトラックを耳にしてゲスト参加を申し出たという。「ある日、ケリーが『あの、ええと……』みたいにモジモジしてたから、『この曲で歌いたいのかい?』って聞いたら、彼女は『そうなの、誘ってくれるのを待っていたの』って返ってきたんだ」。No IDはその日のことをそう振り返る。

アルバムの最後から2番目のトラック「How to Impress God」は、ゲームチェンジャーとなり得る2人のケミストリーの可能性を示唆している。神が自分を叱責しようとしているというSabaの想像がリアルに描かれる同曲は、不穏でありながら希望に満ちている。「あの曲は異なる複数の自分を表している」と彼は言う。「自分の功績を誇示するだけの、虚栄心に満ちた自分。俺はキャリアを通じて、そういうのをしたことは一度もなかった。でも『だから何なんだ?』って思ったりもするんだ」

No IDはその曲をJ・コールに聴かせたという。「『あれならやりたいな』と彼は言ってたよ。彼が何を言わんとしているのか、俺にはちゃんとわかった」(曲に参加したいという意味ではなく、ああいうものに心を揺さぶられるというニュアンス)。

No IDはSabaにこう話しかける。「言ってなかったけど、みんなあれを聴いたらきっと『参加したかった』って言うと思うぜ。俺はこのアルバムの曲群に心から満足してる。表向きはビジネスマンでも、本当の俺はアーティストなんだ」

Saba & No ID(サバ&ノー・アイディー)

アルバム『From The Private Collection of Saba and No ID』配信中

配信リンク:https://forms.sonymusicfans.com/campaign/from_the_private_collection/

レーベル:From The Private Collection, LLP

Tracklist

01. Every Painting Has a Price (feat. BJ The Chicago Kid and Eryn Allen Kane) 

02. Breakdown 

03. Crash (feat. Raphael Saadiq and Kelly Rowland)

04. Woes of The World 

05. Stop Playing With Me 

06. Westside Bound, Part 4 (feat. MFnMelo) 

07. head.rap (feat. Madison McFerrin, Ogi, and Jordan Ward) 

08. Acts 1.5

09. Reciprocity (feat. Ibeyi) 

10. Stomping 

11. BIG PICTURE (feat. Ogi) 

12. 30secchop (feat. Joseph Chilliams and Jean Deaux) 

13. How to Impress God

14. She Called It (feat. Frsh Waters and Tru) 

15. a FEW songs (feat. Love Mansuy, Ogi, Smino, and Ibeyi)

from Rolling Stone US