
高校野球 春の甲子園 最新情報
昨春に低反発バットが本格的に導入され、約1年が経過しようとしている。同バットの導入により、得点数や本塁打数に変化が生じていが、その中で各校の指揮官はいかなる指導を行なっているのだろうか。今回は千葉黎明高校の中野大地監督にインタビューを実施し、部員への指導法、選抜甲子園出場までの舞台裏に迫った。(取材・文:藤江直人)
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関東大会で揺らいだ“ストロングポイント”
昨年の選抜王者・健大高崎(群馬)に0-6で敗れ、10年ぶりに臨んだ秋季関東大会をベスト4で終えた直後。春夏を通じて初めての甲子園出場をほぼ確実な状況にしていた千葉黎明(千葉)の中野監督は、冬の間に鍛えるテーマを問う質問に「打力を磨きます」と即答した。
散発5安打で完封された残像も、メディアとのやり取りに大きく影響していた。しかし、関東大会の戦いを冷静に振り返ってみると、ちょっと違うな、という思いが頭をもたげてきた。
健大高崎との準決勝では、4回裏のショート山本大我(新3年生)のファンブル、5回裏の2番手・田代敬祐(同)の暴投、そして8回裏の4番手・岩下竜典(新2年生)の暴投がすべて失点につながった。他にもレフトの林倫生(新3年生)もエラーを記録している。
しばらくして、指揮官は「守備と走塁に重きを置く」と冬の強化方針を修正した。気持ちも新たに目指していく野球は、奇しくも正式導入から2年目を迎える、反発係数が抑えられた新基準の低反発バットにもたらされる野球にマッチしている。中野監督はこう続けている。
「もともと守備と走塁を重視するという、絶対に譲れない方針がわれわれの土台にあった。新チームになってからも重点的に取り組んできたなかで、関東大会では3試合でエラーが7個も出た。土台が崩れてしまえば、満足のいく戦いはできない。自分たちが磨き上げてきたストロングポイントはぶれてはいけないという思いもあって、守備と走塁にもう一度磨きをかけようと」
決勝で中野監督の母校・拓大紅陵を8-7で破り、初優勝を果たした秋季千葉県大会を振り返ってみれば、1回戦からの全6試合でエラーはひとつだけだった。あらためて原点回帰を誓う千葉黎明の守備を支えるのが、タイプも学年も異なる5人で編成される投手陣となる。
昨夏の背番号「10」をエースナンバーの「1」に変えた右腕の田代に加えて、左腕ではキレのあるボールを投げる米良康太(新3年生)と190センチの長身を誇る飯高聖也(新2年生)がスタンバイ。さらに垣花奏樹(新3年生)と岩下が続く陣容に、中野監督は「全員が順調です」と目を細める。
「誰を中心に」という概念はない
「ウチの場合は野手もそうですけど、ずば抜けた選手がいない。ピッチャーに関しても5人がそろってひとつの柱になっているというか、それぞれタイプが違うし、当然ながら性格も違うので逆に起用しやすい。そもそも、誰を中心にするのか、といった概念が私にはない。完投してくれるなら完投してほしいし、最初から継投しよう、という感覚もない。そのときの調子や相手打線、ゲームの流れを見て起用していくなかで、結果として継投になっている感じです」
サイズもあって、飯高は注目を集める一人となる。中野監督も「ボールの強さも増してきたし、思い切りのよさもある」と期待しながら、球速を問う質問に対しては明言を避けた。
「私自身がスピードに興味がないので、ほとんど測らないんです。バッターに対する目的は何なのか。アウトを取るうえで、相手に速いと思わせるとか、変化球が鋭いと思わせるのが大事なので、その意味ではいくらスピードが上がったといっても、それで打ち取れるかどうかは決してイコールじゃない。そういう感覚なので、最速何キロといったものはあまり参考にしないんですよ」
中野監督の独特の指導方法は、もうひとつの武器にすえる走塁でも徹底されている。
「常に前向きな気持ちで走塁させたいので、次の塁を奪う意欲が見えていれば、判断ミスに対してはあまり咎めません。大げさな言い方かもしれないけど、走塁は恐怖と隣り合わせなんですね。そこで恐怖を植えつけてしまうと、思い切りのよさやスピード感まで落ちてしまうので」
一方で看過できないミスもある。プレーそのものの質を落としかねない、野球におけるセオリーに反するミスを厳しく咎める理由を、中野監督は「絶対に譲れないので」と説明する。
これは100%です」中野監督が徹底するセオリ-とは?
「例えば無死一塁で送りバントを転がした場面で、一塁走者は絶対に二塁へスライディングする。これは100%です。スライディングをして立ち上がって、一塁への送球を見る。これがセオリーだし、それ以上の動きはない。スクイズで本塁へ向かう三塁走者も同じです。リスクを背負って1点を取りにいく場面で、スライディングをしないという選択肢はない。一死二、三塁で外野へ大きな飛球があがったときも、相手が三塁へ送球してくる状況を見越せば、三塁走者にはタッチアップから必ずトップスピードでスライディングさせる。他の高校野球の指導者の方々も同意してくれると思いますけど、ここまで徹底しているチームは、意外に少ないと思っています」
打撃はどうか。2番の林や7番の岩田海翔(新3年生)らに加えて、山本、佐々木悠晴(新2年生)、大橋蓮(新3年生)のクリーンアップも指一本分はバットを短くもって打席に立つ。
「私の指示です。ウチでバットを長くもつ選手はいません。そもそも、長くもつから長打が出るという概念が私にはない。速球についていけないのなら、短くもとうとずっと言ってきました」
こう語る中野監督は、目指す打線として「すごみはないが、穴もない」を掲げてきた。
「何よりも私は三振を嫌うので、選手たちにもその意識づけがある。足がある選手が多いし、例えヒットが出なくても点を取る、という野球を目指すなかで、27アウトのうち三振は穴をぽっかりと開けちゃうんですよ。相手投手にもよるけど、三振が6個、7個……7個はちょっと多いかな。まあ5個以内なら上出来ですね。逆に2桁を喫しちゃうとウチの打線では絶対に無理です」
捕手を務めた高校時代は2002年の1年夏、2004年の3年春と甲子園に2度出場した。当時の拓大紅陵を率いた名将で、2019年1月に死去(享年67)した小枝守さんを、中野監督は「私のなかではいつまでたっても恩師であり、心の底から尊敬している存在です」と畏敬の念を捧げる。
そして、小枝さんの教えのひとつである、孫子の兵法にもある「勝ちは知るべくして、為すべからず」を、2021年の年末に監督に就任した千葉黎明で、自分なりに発展させて継承してきた。
故事の意味は「勝ちには必ず理由がある。勝ちたい、という気持ちだけではダメ」だった。そのなかで投手を中心とした守備と走塁、という答えに行き着いた。中野監督が言う。
勝つための“動き”と“環境作り”
「小枝監督もそういった野球を、特に走塁に対してすごくこだわりをもってやられていた。私も自分の経験のなかで、高校野球は守備と走塁がなければ勝てないと学んできたし、勝つための動きに加えて、勝つための環境作りが大事だという考え方にたどり着いた。動きとは例えばグラウンド上では攻守交代をしっかりやろう、常に仲間へ声がけをしよう、一塁までしっかりと駆け抜けようといった、テクニカルな部分以外のものも求めているし、もちろん返事や挨拶も含まれると選手たちにはいつも話している。環境をさらに細かく紐解いていくと、睡眠は取れているか、食事は大丈夫か、忘れ物はしていないかとか、試合に臨むうえで最高のパフォーマンスを出せる環境を作れているのかどうか、といった部分まで落とし込んでいますね」
就任時からもっとも注力してきたのが、確固たるスタイルの確立。千葉黎明の文化とも置き換えられる守備と走塁は、創部から101年という歴史をもつ野球部の最大の強みになった。
「強い相手と当たったときに、自分たちは守備と走塁で対抗する。選手たちの心に余裕をもたせてくれるというか、チーム全体の心を後押ししてくれますよね。甲子園を一番にもってくると、それがすべてになって、こちらの指導も間違えかねない。甲子園への初出場は確かにうれしいし、あの場所に対して僕自身、心が揺さぶられる部分もある。それでも、自分たちの野球を確立させようとずっと取り組んできた結果として、ついてきたものだと思っています」
大会4日目の21日に行われる1回戦の相手は、智弁和歌山(和歌山)に決まった。これまでの公式戦と同じく、小枝さんの遺品として受け取ったハンカチをユニフォームの右のポケットに、タオルを自らが座るベンチの横、背もたれの部分にかけてプレーボールに臨む。
「一緒に戦うというと恐れ多いですけど、困ったときの神頼み的な感じですね」
照れくさそうに笑った指揮官は、監督として戻る甲子園への決意をこう語った。
「悔いのないように、というのはありますけど、やはりウチらしい野球がしたいし、彼らがグラウンド上で躍動して、駆け回ってくれたら、と思っている。自分たちらしく、という気持ちにさせるのが私の仕事だし、もちろん勝ちたいけど、それを一番にもってこなくても大丈夫でしょう。そのためにも、自分たちの財産といったものが必要だったとあらためて思っている」
独特の雰囲気を含めて、どのような状況になっても千葉黎明の選手たちはおそらく浮き足立たない。低反発バット時代の象徴ともいえる野球を、全国の高校野球ファンへお披露目するために。もっとも追い求めてきた心の部分を含めて、甲子園初陣への準備は完璧に整いつつある。
【了】