創業の地でもある日本橋エリアにおいて人と町の好循環を生み出す街づくり「日本橋再生計画」を推進している一般社団法人日本橋室町エリアマネジメントが、「障がい者インクルージョン」をテーマにしたイベントを2月21日に開催しました。「障がい者インクルージョン」とは、障がいのある人々が平等に機会を与えられ、共生する社会のこと。その中でも今回は特に“働き方”にスポットを当て、障がいのある方とともに働く企業の現状やメリットなど、興味深い講演と座談会を実施。その中から幅広く役立つトピックをお届けします。
障がい者インクルージョンを進めることで、信頼関係や貢献意欲がアップする理由とは?
まず登壇されたのは、NTTデータ経営研究所の中西智也さん。理学療法士の免許を持ち、病院でのリハビリテーションや脳科学研究を経た中西さんが発表した研究結果は、「企業が障がい者インクルージョンを進めると、ポジティブ感情によって人的資本やパフォーマンスが向上し、全体の労働生産性が向上する」というもの。
前提として、近年の企業は人手不足や従業員のメンタルヘルスのケアといった課題を抱えている現状があり、福祉としての「障がい者雇用」という文脈ではなく、人口が減少していく中で障がい者の雇用が必須であること。一方で、現場の受け入れ体制や意識がまだ不十分であることが説明されました。
それらを踏まえた上で、インクルージョンが企業にどんな効果があるのか約1,200人を対象に調査したところ、「障害のある方との会話の頻度が上がるほど、“従業員の信頼関係や貢献意欲”や“働きやすさや心理的安全性”が高くなるという結果が出ました。一見、障害のある方との接触は負担があるイメージもありますが、実際には関わるすべての人間にいい影響があるのです」ということ。
その理由として「障害のある方と接触すると倫理的性向が刺激され、お互いに配慮する雰囲気ができてくることが論文でも発表されています。相互に配慮する文化ができてくるので、満足度が上がって業績が改善するというものです。また、他者を思いやることで脳が非常に活性化するという論文も出ています。実際に週に1回2時間ぐらいグループワークを中心に対話をして他者を思いやる時間を作ったところ、6週間後にはストレスが軽減し、メンタルヘルスが改善したというのです」と、研究結果としての実績が発表されました。
聴覚障がいの当事者とのグループトークで有意義な情報交換を実施
続いて登壇されたのは筑波技術大学の加藤信子教授と山脇博紀教授です。筑波技術大学は日本で唯一の視覚・聴覚障がい者のための大学。「聞こえない、聞こえにくい人にとってのオフィスの中の障がいとその乗り越え方」をテーマに、大学OB の聴覚障がい者の就職実績や職場でのリアルな課題が発表されました。
1学年50人という卒業生の進路は多様で、「過去5年間を調べると、20業種112社に渡って学生がお世話になっています。特定の企業だけではなく、情報系であればシステムエンジニアだったりソフトウェア、ハードウェアの開発、事務系と、本当にいろいろな業界、業種、企業に卒業生がお世話になっているという状況」ということ。
雇用にあたっては「細かく雇用ガイドなどを作っています。一般的に聴覚に障がいがあるということは、コミュニケーションに障がいが起きるということですので、コミュニケーションの保障をお願いしています。周囲の理解と配慮があると困難が減少する。加えて、周囲の方の理解と配慮がコミュニケーションを促進し、活性化につながると考え、コミュニケーションのユニバーサルデザインを提案しています」ということで、「聴覚障がい者がコミュニケーションしやすい環境は、例えばしばらく休職して復帰した人、産休で復帰した人、外国人や派遣社員など、すべての人にとって働きやすい環境が作られる」というお話は、NTTデータ経営研究所の研究結果ともつながる興味深いものでした。
また、当事者と参加者が班に分かれ、職場でのリアルなコミュニケーション方法についてトークセッションする時間も設けられていました。活発な意見交換が行われた結果、「職場の中で、例えば上司と誰かが話していることに聞き耳を立てることで仕事のやる方を学んだりすることがありますが、聴覚障害の方は、そういった学び方は難しいという問題の発見がありました」「孤独感の解消が課題というところで、オフィスの設計の観点で言えば、それぞれの社員の顔が見える配置のほうがコミュニケーションにふさわしいという話が出ました」とセッションの結果を発表。それぞれの企業が聴覚障がい者を受け入れる際の配慮に関する情報を共有できる場となりました。
雇用後もサポートする会社など、積極的な「障がい者インクルージョン」の動きあり!
世界で約5万人いる従業員の約9割が外国人という武田薬品工業の森威さんからは、「個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」と、“ニューロダイバーシティー”という現代的な企業課題の向き合い方についてのお話がありました。ここでもやはり注目なのは、彼らを雇用することによって企業に起こる好変化の話題。
「一般的に“発達障害”といわれている人たちには多岐多様にわたる特性があり、それらは私たちも持っている特性が大きく出ているか出ていないかの違いでしかなく、ご自身の特性と社会の環境とがマッチして活躍される方もいらっしゃいます。ニューロダイバーシティの人材が入っているチームは、そうでないチームに比べると約30%効率性が高いというデータもあり、同時に収益性や生産性、顧客ロイヤリティといった面でもニューロダイバーシティの人材が入っているチームほど高くなっています。
ニューロダイバーシティは、労働力が低下していく日本の中で企業が取り組んでいくべき大事な課題になる」ということを前提に、具体的な受け入れ体制をセミナーなどで身につけること、多様な人材が高いパフォーマンスを発揮する環境づくりの重要性が語られました。
その環境づくりとサポートに特化しているのが、三井不動産と博報堂の2社協力で立ち上げたSUPERYARD。実際に精神障がい者雇用をよりスムーズに進めるために採用と雇用後のケアの両方を行っているそう。「障がいを抱える方にとって雇用主ではなく、人材評価もしないという立場から自由に相談ができる相手であり、企業側にとっては企業が望む方向に雇用後も上手くサポートし誘導していく機能を持っています。3年間で10社30名弱の雇用をサポートし、1人も離職してないというところから、このスキームが評価されているのではないかと思います」と同社の大益佑介さん。
面接時の評価基準や雇用後の評価やフィーフィードバックの仕方、プライベートのサポートやコミュニケーションの取り方など、双方をサポートすることで働きやすい環境づくりを実現している事例が発表されました。
今回のレクチャーで共通していたのは、「障がい者インクルージョン」が進むことによって、企業全体にいい影響があるということ。発表されたデータや実例を見てもそれは明らかで、まずは企業側の意識を改革することで一歩進むのではないかという印象を受けるイベントとなっていました。