メルカリでカメラを買った。
1965年にリリースされた古いハーフサイズカメラ、オリンパスの『PEN D3』である。
入手した個体の製造年は定かでないが、機種自体の製造期間は1965年から1969年なので、55歳の自分より兄さん(姉さん?)である可能性が高い。
購入金額は1万5,800円。納得できる金額だったから出品者の言い値のまま、値切らずに買った。

  • メルカリで入手したオリンパス『PEN D3』

    メルカリで入手したオリンパス『PEN D3』

■不安がつきまとうクラシックカメラの素人売買を敢えて選ぶ理由

こうした年代物のカメラは故障や不具合があって当然なので、素人同志の売買は少しの不安が伴う。
プロがしっかりチェックしたもの、分解清掃・修理済みで、できれば保証付きのものを買う方がベターだということはよくわかっている。
しかしクラッシックカメラを趣味とする僕はこれまで何度も、ヤフオクやメルカリで素人の出品物を購入してきた。

最初から壊れていたり、ひどく傷んでいたりする「ジャンク品」は避けるが、それなりの状態であれば十分、購入の検討対象になる。
“当方素人のため細部は確認できません”“ノークレーム・ノーリターンでお願いします”などと断りがあるものは、むしろ狙い目。
引き換えに、一般相場より安値がつけられていることが多いからだ。
無論、出品者が素人なりにチェックした内容や、掲載している写真などは隅々まで確認するが、ほぼ大丈夫そうだと思ったら、あまり深くは考えずにエイっと買う。

そうやって買ってきたクラシックカメラは、これまでのところ全て当たりだった。
だから今回も自分の勘を信じ、素人モノを見切り購入したのである。

カメラが到着するや、まずはあちこちの汚れや痛み、動作状態を調べた。
外装やレンズは極めて綺麗で、動作も完璧。どうやら、今回も当たりを引いたようだ。
古いカメラでは壊れているか、動いても狂い気味であることが多い露出計も正確な値を示している。
自分はどうも、“素人取引運”が強いのかもしれない。

しかしこうしたカメラの素人売買は、誰にでもお勧めできるものではない。
僕が買ったこのオリンパス『PEN D3』を例にすると、カメラ屋さんによるオーバーホール済み&保証付きの“プロモノ”でも、2〜3万円代で売られていることが多い。
オリンパスPENシリーズは、1959年発売のファーストモデル(『PEN』)から1981年発売の最終モデル(『PEN EF』)まで、様々なバージョンがリリースされたハーフサイズカメラの代表格。
手頃な価格の大衆カメラとして大ヒットしていたため、生産数は非常に多かった。
だから中古市場には、いまだ程度の良い個体がそこそこの価格で出回っているのだ。

リスクの高い素人モノとそこまで価格差がないのなら、無用な賭けをしたくない人ははじめからプロが整備した商品を買うべきだろう。
でも僕はといえば、一か八かで安く買ったカメラが完璧だったときの喜びを味わいたくて、今回もまた素人売買を選んだ。
やや変態的な喜びかもしれないけど、そこのとこはまあ、ほっといていただきたい。

  • 片手に収まるコンパクトサイズ

    片手に収まるコンパクトサイズ

■フィルム代高騰の煽りを受けてにわかに人気復活したコスパ良好のハーフサイズカメラ

Z世代と呼ばれる若者の間でも、フィルムカメラが人気になって久しい。
銀塩写真の醸し出す独特な味は、デジタルエフェクトがいくら発達しても近づけない表現力を持っており、“映え命”の彼らから見ても魅力的なのだ。

しかしとても残念なことだが、そうした盛り上がりをよそに、写真フィルムの価格は高騰を続けている。
かつては数百円だった36枚撮り35mmフィルムが、今や一本2,000円前後。
撮り終えた後に必要な、現像やデータ化の価格も上がっている。

そうした事情により、ここ数年にわかに脚光を浴びているのが、ハーフサイズカメラだ。
35mmフィルムの1コマを縦割りで半分ずつ使用するハーフサイズは、1960〜70年代に全盛期を迎えた、言うなれば“いにしえの仕様”。
ところが、普通のカメラの倍の枚数を撮影できるコスパの良さが注目され、ここにきてまさかの大復活を遂げているのである。

  • デザインも秀逸なオリンパス『PEN D3』

    デザインも秀逸なオリンパス『PEN D3』

写真1枚あたりで使うフィルムの面積は半分になるので、当然、ハーフサイズカメラで撮った写真の画質は、通常のカメラのものよりも劣る。
だがデジタル全盛の現代にあえてフィルムカメラを使用する目的は画質の追求ではなく、求めるのはフィルムでしか出せない味。
ハーフサイズで撮った粗い画質が、むしろ良い味につながる。そんな捉え方もあるのだ。

米コダック社がハーフサイズカメラの新作『EKTAR H35』を発売した2022年頃から、その動きは確定的になった。

だが『EKTAR H35』は、使い捨てに毛が生えたような簡易カメラなので、本物のカメラ好きは触手を伸ばしにくかった。
そして今年2024年7月12日。日本のペンタックスが、機能や性能、レンズにもこだわった本格ハーフサイズカメラ『PENTAX17』をリリース。同社がフィルムカメラの新製品を発売するのは、実に21年ぶりのことだった。

するとこれが驚くほどの反響を呼び、発売当日にあらゆるカメラ屋の店頭や、ネットショップから在庫が消えてしまった(この原稿を書いている8月15日現在も軒並み在庫切れ)。
まさしく異例の大ヒットであり、ハーフサイズカメラへの注目度の高さが証明された。

実を言うと、ハーフサイズカメラを狙っていた僕も当初、『PENTAX17』を最有力候補として検討していた。
だけど結構なお値段なので衝動買いはせず、実機をしっかりいじってから決めようと思っていたのだ。

■頬擦りしたくなるほど愛おしき『PEN D3』の、カメラとしての実力は

しかし、発売直後にこのカメラを手に入れたアーリーアダプターたちのレビューをネットで見るうち、考えが変わった。
『PENTAX17』は確かに、現代的でとても優れたハーフサイズカメラのようだ。
写りの良さは抜群だし、使い勝手も悪くなさそう。デザインは、カメラ好きのツボをよく押さえていて非常にカッコいい。

でも、10万円って。
そもそもハーフサイズというのはかつて、オモチャとは言わないけどせいぜいサブ機扱いのカメラだったので、感覚的には2〜3万、高くても5万円くらいのものなんじゃないの? と僕は心の奥で思っているのだ。
そしてさらによく考え、出した結論は「それなら手頃な価格で取引されている中古の名機の方が良くね?」というものだったのである。

そんな心揺れるおっさんの手元にやってきたオリンパス『PEN D3』はとにかく可愛いやつだった。
全盛期のハーフサイズカメラは、そのコンパクトなサイズ感と優しい操作性から、“女性向け”と位置付けられてきた。
そのためデザインはどことなくソフトで美しく、手に持って眺めているだけで、なんだか頬擦りしたくなるほど愛おしい。

  • コンパクトながら大きくて明るいレンズが特徴

    コンパクトながら大きくて明るいレンズが特徴

でもいつまでも頬擦りばかりしてられないので、36枚撮りカラーフィルム(ハーフサイズなので72枚撮れる)を装填し、試し撮りを開始した。以下に作例をいくつか掲載しておくので見ていただきたい。
自分的には満足いく、なかなか味わい深い写真が撮れたと思う。

  • 現像店へオーダーすれば、普通のカメラのように一枚ずつに分けてデータ化もできるが、ハーフサイズの面白みを残すため、1コマに2枚ずつ入る形にしてもらった

    現像店へオーダーすれば、普通のカメラのように一枚ずつに分けてデータ化もできるが、ハーフサイズの面白みを残すため、1コマに2枚ずつ入る形にしてもらった

僕がこのカメラを選んだ最大の決め手は、F1.7という極めて明るいZuikoレンズを搭載していることだ。
真夏の自然光では露出オーバーになってしまうので、今回の作例は絞り込んだ写真が多いが、この高性能レンズのポテンシャルを生かし、これからどんな写真が撮れるのかと考えると楽しみで仕方がない。

最初のワンロールを撮り切るのには、結構な時間がかかった。
メモ代わりにパチパチ撮りまくるスマホカメラと違い、「この瞬間」と思ったときだけシャッターを切るフィルムカメラの72枚は十分な量なのだ。

  • 『PEN-D』のロゴや各種メーター類もレトロでいい感じ

    『PEN-D』のロゴや各種メーター類もレトロでいい感じ

そしてハーフサイズのもっとも面白い点は、カメラを普通に構えると縦位置の写真が撮れるところだろう。
昔は不思議に感じたが、スマホカメラに慣れたせいか、むしろ今はあまり違和感がない。
ハーフサイズカメラでも縦に構えれば横位置写真になるが、敢えて縦で構図を考えるのは楽しいし、縦位置写真はスマホでの閲覧やSNSなどへのアップにも向いている。

  • ハーフサイズカメラならではの縦位置ファインダー

    ハーフサイズカメラならではの縦位置ファインダー

結論。やっぱりハーフサイズカメラっていい!
撮るのが楽しくで仕方がなく、カバンの中に潜ませているだけでワクワクするフィルムカメラだ。
僕が買ったような中古の名機でもいいし、新発売の機種でもいいので、写真好きの方はぜひ参入し、愉快な縦位置写真の世界を楽しんではいかがだろう。