終身雇用制が終焉を迎えた現実があるなか、ここ数十年の日本の在り方に問題意識を持ち、起業によって社会を変えていこうとする若い世代も増えている。
また、イノベーションの視点に限らず、そこにある「起業マインド」は、会社組織のなかにおいても「新たな仕事を創り出すという」点においてビジネスパーソンの人材価値を高めていくことだろう。
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の学部長である伊藤羊一氏をゲストに迎え、同学部で教員を務める澤円氏が「起業マインド」をテーマに聞く。
失敗を恐れずに一歩を踏み出し、新しい価値を生み出す
【澤円】
(伊藤)羊一さんが学部長を務めている武蔵野大学アントレプレナーシップ学部も設置から4年目を迎えました。羊一さんが考える、「起業マインド」とはどういうものでしょう?
【伊藤羊一】
「アントレプレナーシップ」は、日本語では「起業家精神」と訳されます。澤さんもアントレプレナーシップ学部で教員をしているのでよくおわかりかと思いますが、僕たちが考える起業マインドは必ずしも起業することだけにフォーカスしているものではありません。
もちろん、実際に起業して自分で自分の仕事を創っていくことも素晴らしいことですが、それ以前に、「失敗を恐れずに一歩を踏み出し、新しい価値を生み出していこう」という意識こそが、起業マインドだと定義づけています。
そのマインドがあれば、起業家やフリーランスの人はもちろん、会社員や公務員であっても、それぞれの居場所でいい仕事を創れるようになっていくはずです。
【澤円】
起業マインドを育む重要性には、どのような背景がありますか?
【伊藤羊一】
それはもちろん、低調な日本経済です。「失われた30年」という言葉もあるように、1990年代初頭のバブル崩壊後から日本経済は長い停滞期にあります。その要因こそ、日本における起業マインドの欠乏ではないでしょうか。
アメリカを見るとよくわかります。Amazonならジェフ・ベゾス、Facebookならマーク・ザッカーバーグ、Twitterならジャック・ドーシーというように、いわゆるテックジャイアントのはじまりは、「こうなったら世界が幸せになる」という個人の妄想でした。
そして、彼らが共通して持っていたのが、自らの妄想を実現させるために「失敗を恐れずに一歩を踏み出し、新しい価値を生み出していこう」という起業マインドだったはずです。
出る杭は打たれる風潮を打破する行動力が必要
【澤円】
そういったマインドに基づいて行動をしなければ、起業家にせよ企業に勤めるビジネスパーソンにせよ、大きな成果を挙げるには至りません。しかし、考えもなしに行動を起こすと事故を起こしてしまうリスクもあります。
つまり「考える力」も大事になってくるわけですが、その考えるプロセスのなかで多くの人が、「むかしからこのルールは守らなければならないから」「これをやると〇〇さんが怒るから」といった「できない理由」「行動しない理由」を探しがちだという問題意識を僕は持っています。
【伊藤羊一】
それは考えているように見えて、実は思考停止状態ですよね。日本社会は、どうしても「出る杭は打たれる」というように、新しいことを考えると叩かれる風潮が強いように感じています。
ですから、日本人が新しいものを生み出せないというより、新しいものを生み出すことを社会が許容してこなかったのだと思います。
そう考えると、そのような社会の風潮をものともせずに行動に移せるマインドが必要になってくる。誤解を恐れずにいうと、いい意味でクレイジーな発想や人間が必要なのです。 そもそも、新しいものって最初はだいたいバカにされるわけです。Twitterだってそうではありませんか? 「140字で世界中の人と近況報告をし合えたら嬉しいよな」と考えて新しいサービスをつくっても、「140字で表現できるわけない」とバカにしていた人もたくさんいたことでしょう。
結果はどうですか? 世界中に加速度的に広まっていき、テックジャイアントと呼ばれるに至るというものでした。
結論と根拠からなる仮説を立てたら、すぐに動く!
【澤円】
行動ということでいうと、羊一さんは『0秒で動け』(SBクリエイティブ)という著書も出されています。そのタイトルだけ見ると、先の話ではないですが考えなしに無茶な行動を起こすというふうにもとらえられるかもしれません。でも、そういう意味ではないですよね?
【伊藤羊一】
もちろん行動しなければなにも起きないのですから、最終的に行動するのは重要です。しかし、その前に最低限の思考は必要になる。自分なりの結論、それを支えるいくつかの根拠といった、仮説を考えるわけです。そして、仮説を立てたらすぐに動く。これが、僕が考える「0秒で動く」ということです。
「時代が変化するスピードが加速度的に高まっている」ともいわれるなか、どれだけ速く動けるかが成果を大きく左右します。周囲に先んじて、いわゆるブルーオーシャンを開拓する必要があるわけです。
そうして行動を起こすと、仮説が正しかったのかどうかがわかりますから、すぐに軌道修正することもできます。仮説の正誤は行動しない限りわかりません。だからこそ、仮説を考えたらすぐに動くことが大切なのです。澤さんは、そうした行動に関してなにか意識していることはありますか?
【澤円】
日本をはじめビジネスを行う国のほとんどすべてが法治国家ですから、いちばんトップにあるのは法律です。法律を犯すのはリスクではなくアウトですから、行動するときには法に触れていないかどうかをきちんと明らかにしておかなければなりません。
それだけ押さえておけば、あとは完全にノールール。「なにをやってもいい」と考えています。
【伊藤羊一】
でも、「リスクが怖いから」と行動に移せない人もたくさんいますよね?
【澤円】
そういうときは、じっくりものごとを観察するのがいいと思います。とにかく観察をしていると、「これは大丈夫」というように、だんだんと自分のなかで納得ができるようになっていきます。そうした安心感が自分のなかで醸成されていけば、一歩目を踏み出せるのではないでしょうか。
「他人の夢を笑わない」というマインドセット
【澤円】
先に、「テックジャイアントのはじまりは個人の妄想だった」というお話がありましたし、一方で「新しいものって最初はだいたいバカにされる」というお話もありましたよね。そこで僕は、「他人の妄想を笑わない」マインドセットも大切だと考えています。
【伊藤羊一】
本当にそうですよね。例えば、笑われても気にしないといういい意味でクレイジーな人間であればいいですが、そうでない場合には周囲のネガティブな反応が足かせになってしまいかねません。せっかくのアイデアが世に出ることなく埋もれてしまうのです。
そういう意味でいうと、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部にはまさに他人の妄想を笑わないマインドセットが広まっています。
なかには、「イーロン・マスクを超えたい!」という学生もいるほどです。でも、絶対に誰も笑わない。「それはいいね!」「どうやって超える?」というように興味を持つのです。
もちろん、全員が全員、入学当初からそういう学生だったわけではありません。他人の妄想を笑わない空気があるなかで、「イーロン・マスクを超えたい」と言うような他の学生に出会って感化され、「もっと大きな妄想持っていいのだ」と夢を語れるようになったのです。
僕も学部長として壮大な夢を持っていて、海外展開を真剣に考えています。まずはシンガポールに拠点をつくって、フィリピン、インドネシア、インド、カンボジアにも進出していきたい。そうして、アントレプレナーシップを広めていきたいのです。
ふつうに考えたら、「大丈夫?」「絶対無理だろう」と思われそうなことでしょう?
【澤円】
そっか……僕はその案についてまったく疑問を持ちませんでした。僕はふつうじゃなかったということですね(笑)。
起業マインド=イノベーション+リーダーシップ
【伊藤羊一】
ところで、アントレプレナーシップという言葉はあまり身近じゃないですよね。もうちょっとわかりやすく言い換えるとどうなるかと考えていたのですが、アントレプレナーシップとは、イノベーションとリーダーシップを合わせたものではないかと思ったのです。
特に日本に不足しているのはリーダーシップです。真面目な国民性とかモノづくりのノウハウ、あるいはかつて世界的なイノベーションを起こしてきた歴史などいいものはたくさんあるのに、それらを活かして「世界の幸せのために動こうぜ!」というような発想が足りていない気がするのです。
【澤円】
我々も50代半ばを過ぎて、残りの時間をどう生きるかということがライフトピックになっていますから、一度きりの人生で後悔しないようにやれることはすべてやっていくのがいいかもしれませんね。
【伊藤羊一】
年齢については、最近考え方を変えたばかりです。今年、ビリー・ジョエルの日本公演を観に行ったのですが、彼は70代半ばでバリバリの現役ですよ! ロッド・スチュワートは79歳ですし、ミック・ジャガーは80歳。
そう考えると、あと20年くらいはリーダーシップをとって頑張れそうかなと思っているところです(笑)。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人
伊藤羊一(いとう・よういち)
1967年生まれ、東京都出身。東京大学経済学部卒業。武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長、Musashino Valley 代表、LINEヤフーアカデミア 学長、Voicyパーソナリティ
アントレプレナーシップを抱き、世界をより良いものにするために活動する次世代リーダーを育成するスペシャリスト。2021年に武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)を開設し学部長に就任。2023年6月にスタートアップスタジオ「Musashino Valley」をオープン。「次のステップ」に踏み出そうとするすべての人を支援する。また、LINEヤフーアカデミア学長として次世代リーダー開発を行う。東京大学経済学部卒。1990年日本興業銀行入行。2003年プラスに転じ、ジョインテックスカンパニーにて執行役員マーケティング本部長、ヴァイスプレジデントを歴任、経営と新規事業開発に携わったのち、2015年よりヤフー。代表作「1分で話せ」は60万部超のベストセラーに。その他「1行書くだけ日記」「FREE,FLAT,FUN」「『僕たちのチーム』のつくりかた」などがある。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
※この記事はマイナビ健康経営が制作するYouTube番組「Bring.」で配信された動画の内容を抜粋し、再編集したものです。