JR東海とJR西日本は6月13日、「ドクターイエロー」こと「923形新幹線電気軌道総合試験車」の引退を発表した。JR東海が保有する923形T4編成は2025年1月に引退。JR西日本が保有する923形T5編成は2027年以降をめどに引退する。後継車両は製造されず、検査業務はJR東海保有のN700Sが引き継ぐ。JR東海は新規製造するN700Sについて、検査システムを追加すると発表した。

  • 東京駅に到着する「ドクターイエロー」923形T4編成(許可を得て筆者撮影)

「ドクターイエロー」は乗客を乗せないため、運転日も運行時刻も非公開。東海道・山陽新幹線では稀少な存在で、鉄道ファンに限らず知名度は高い。「幸福の黄色い新幹線」などと呼ばれ、駅などで見かけて写真を撮る人も多い。「見たら幸せになれる」という都市伝説もあるが、ひとまず見かけたらうれしいし、写真をシェアして喜びを分かち合える。見た瞬間に幸せな気持ちにさせてくれるから、「幸福の黄色い新幹線」は間違いではない。

「ドクターイエロー」は何を試験するか

「ドクターイエロー」の役割は、見た人を幸せにすること……ではなくて、正式名称の「新幹線電気軌道総合試験車」が示す通り、架線など電力線と線路の状態を試験する役割を担う。JR東海のT4編成、JR西日本のT5編成ともに試験内容は同じ。異常や異常の前兆を見つける。試験の結果、不具合やその前兆があれば保線基地に報告する。

923形は700系の設計と性能をもとに製造された。最高速度270km/h、起動加速度2.0km/h/sは700系と同じ。7両編成で、モーター付き車両6両・モーターなし車両1両の「6M1T」となる。700系の営業車両は16両編成で「12M4T」だから、923形のほうがモーター搭載車の比率が大きい。

先頭車の形は700系とほぼ同じエアロストリーム形で、愛称は「カモノハシ」。ただし、923形はヘッドライトの下に窓がある。走行状況を撮影するカメラを搭載しており、線路周辺の障害物や施設の異常を検知する。

1号車は電気系の計測を担当し、電気、電車線(架線)、信号、通信、施設測定機器を搭載。700系の先頭車両はモーターを搭載していないが、923形の1号車と7号車は動力車で、これは4号車の軌道検測車をモーターなしとして、モーターの振動が検測に影響することを避けている。

屋根上のアンテナは通常の列車無線に使うだけでなく、データを指令装置に送信する役割を持つ。閾値を超えた異常データはすぐに施設指令に送信。その他のデータは大井車両基地で専用端末に入力され、各地の保線所に伝送される。

2号車と6号車は動力用パンタグラフの他に測定用パンタグラフを装備する。2号車の動力用パンタグラフは上り列車用、測定用パンタグラフは下り測定用。6号車は逆に下り動力用、上り検測用となっている。2号車に架線の摩耗を検知するレーザー測定器があり、6号車の車内にはミーティングルームがある。

  • 「ドクターイエロー」3号車の観測ドーム(イベント取材にて編集部撮影)

3号車と5号車の天井に観測ドームが設置され、それぞれ2号車と6号車のパンタグラフを目視で確認できる。3号車はデータの保管室と整理室があり、5号車は屋根にレーザー式の電気関連測定装置がある。5号車に休憩室があり、簡易ベッドが6セット設置されている。この簡易ベッドは営業車両の多目的室にあるものと同じだという。

4号車は軌道検測を行う。測定にはレーザービームを使い、レールの横方向の歪みは光学レーザー変位測定を1秒あたり1,000回実施する。レールの縦方向は車体下部にレーザー基準線を設定して、山側と海側の高低差を測定する。測定データの取得は25cmごとに実施している。さらに、熱による車体の歪みが検測に影響するため、屋根上に白い遮熱塗装が行われた。

7号車は1号車と同じ信号関連の測定機器を搭載する。添乗室として5席×10列の座席と大型モニターを設置し、レクチャーや視察などで使用する。まれに行われる試乗イベントもこの座席が使われている。募集定員が50名と少ない理由は、この座席数にある。

製造時期が異なるため、JR東海が保有するT4編成は700系3次車(2000年製造)、JR西日本が保有するT5編成は700系6次車(2001~2002年製造)がもとになっている。700系6次車は連結器カバーが3分割になっていたが、T5編成は連結器カバーを3次車と同じ2分割タイプとし、仕様を合わせている。

T4編成とT5編成の違いとして、車体側面の所属を示すロゴや、製造番号がT4編成は0番代、T5編成は3000番代であることが挙げられる。T5編成にJR西日本の新幹線車両で共通の仕様である編成ジャッキアップポイントを設置したほか、7号車の天井に屋根上機器試験用のハッチがある。

後継車はなく、今後はN700Sで営業中試験へ

もともと「ドクターイエロー」は2編成ともにJR東海が運用管理し、大井車両基地に常駐している。定期検査は大井車両基地で実施し、全般検査は浜松工場で実施する。東海道・山陽新幹線の計測はJR東海が担っている。

JR東海はT4編成の引退に合わせ、「現在ドクターイエローで行っている検査は2027年からN700Sに導入される営業車検測機能により代替される予定」と発表。JR西日本も「以後の設備検測については、JR東海が保有する営業用車両に搭載された検測機器により検測を行う方向で検討中」と発表した。つまり、「ドクターイエロー」の後継車はない。

「ドクターイエロー」引退のおもな理由は老朽化。700系に準じた923形は東海道新幹線内の最高速度270km/h、山陽新幹線内の最高速度285km/hにとどまる。現在、東海道新幹線の最高速度は285km/h、山陽新幹線の最高速度は300km/hに引き上げられており、「ドクターイエロー」の性能では遅い。「のぞみ12本ダイヤ」にとって、「ドクターイエロー」は残念ながら邪魔者になった。

しかし、JR東海はN700Sをもとにした新「ドクターイエロー」を作らなかった。その代わり、営業車両に検査機器を搭載する方針とした。10日に1回の計測運転より、毎日、複数回の検査を実施し、より安全に保守対応できるからだ。

じつは、その準備は着々と進められていた。2018年6月に「軌道状態監視システム」をN700S確認試験車に搭載し、検測データをリアルタイムに指令所へ送信している。その後、営業用列車3編成に搭載して検査業務を開始している。2019年8月に「トロリ線(架線)状態監視システム」「ATC信号・軌道回路状態監視システム」を追加し、2021年3月まで耐久性など確認した。これも2021年4月から営業車両に搭載し、検査を開始している。

  • N700Sの一部編成で、「ドクターイエロー+α」の検査を実施可能に(JR東海の報道発表資料より)

「ドクターイエロー」引退発表の翌日、6月14日にJR東海が「N700S車両の17編成の追加投入」と「一部の編成に検測機能を搭載する」と発表した。新しいN700Sは車両データ伝送機能が強化され、より詳細なデータを送信して運転再開の早期化を図る。バッテリ自走システムに加えて、バッテリで空調も稼働できるようにする。一部の車両で座席の自動回転機能を追加する。

検測機能を搭載する一部編成は、従来の「ドクターイエロー」の検査の他に、「電車線設備の画像を解析して設備の異常を検知する機能」と「画像および点群データから軌道材料の状態を詳細に把握できる軌道材料モニタリング機能」、パンタグラフを監視する装置に画像解析機能を加えた「飛来物検知機能」を追加する。

T4編成が2025年1月に引退した後、2027年まではT5編成とN700Sの両方で検査を実施し、2028年以降はN700Sによる検査に完全移行する。JR東海は今後、「ドクターイエロー」について「車両基地での撮影会」「体験乗車イベント」「車体のお掃除イベント」「ドクターイエローに関連した記念グッズ」を企画しているという。

中日新聞6月14日朝刊「さよなら『ドクターイエロー』 JR東海、来年1月引退発表 後継車両は製造せず」にて、T4編成は引退後に名古屋市の「リニア・鉄道館」で保存する方針も報じられた。

2027年以降、「ドクターイエロー」が見られなくなってしまうことは残念。せめて検査を実施する編成に黄色い帯をあしらえば、「幸福の黄色い新幹線」は継承されるのではないか。運行本数が増えれば、乗れる人も増えるし、幸せな人をもっと増やせると思うが、どうだろうか。