60歳で定年退職できる時代はとうに過ぎ、生涯現役で働くことが求められる中、いま注目されている"複業"。そんな複業に特化したキャリアスクールがライフシフトラボだ。同社の「実践型キャリア複業スクール」はどのようにして複業を実現しているのだろうか。
副業ではなく複数の仕事を持つ"複業"
少子高齢化が進む中で、現役引退の年齢は延び続けている。もはや65歳まで働くのは当たり前で、将来的には70歳を超えるだろう。一方で企業が終身雇用を守るのは難しくなっており、生涯現役で働くために転職や副業、学び直しや起業を考えている人も増えているはずだ。
このような状況の中、いま"複業"という経験・スキルを活かしたキャリア形成が注目を集めている。
複業とは、複数の仕事を持つ働き方。一般的には"副業"がよく知られているが、大きな違いは「どの仕事も本業」という捉え方にある。副業は、あくまで本業を主として、空いた時間に別の仕事で副次的な収入を得ることを目的としているが、複業に主(メイン)、副(サブ)という位置づけはない。
このミドルシニアの複業に注目したのが、人材系企業のライフシフトラボだ。日本生命およびソフトバンクグループ資本のベンチャーキャピタルより出資を受け、主にミドルシニアの複業を支援している。
ライフシフトラボのキャリアコーチ、河野伸樹氏は、「副業はあくまでサブワークであり、思ったようにマネタイズが難しいものです。それに対して複業はマルチワーク。個人の個性と能力を活かして別の仕事をします」と語る。
同氏は現役経営者でありながらも、複業歴25年のキャリアを持つ複業の専門家。とくにニッチなビジネスを成功させることを得意としており、得意分野を持つ人だけでなく、得意なことを見いだせない人をも「しくじり先生作戦」で逆に強みに変えてきた。
ライフシフトラボにはこのようなトレーナー25名が登録しており、全員が現役複業家だという。そんな複業に対する知識が豊富なトレーナーとマンツーマンで、全8回の作戦会議を行うのが、ライフシフトラボの「実践型キャリア複業スクール」となる。
その期間は60日間。体系的なオンデマンド講座とマンツーマン面談を1セットとするサイクルで計画と実行を繰り返し、短期集中で複業デビューを目指す。あくまで「すぐ動く」ことを前提としたプログラムが組まれている。
今回、実際に実践型キャリア複業スクールの「ヒアリング・意識合わせ」から「複業の武器探し」、「複業内容の磨き上げ」までの流れをかいつまんで体験させてもらったので、筆者の面談例をお伝えしたい。
マンツーマン面談で経験の棚卸し
河野:では始めに、加賀さんはなにか複業を考えられていますか? まだ深く考えていないのであれば、好きなことや得意なことを教えてください。
加賀:強いて言えばカメラかもしれません。現在、取材でインタビューを行いつつ写真も撮る、というスタイルで仕事をしていますが、撮影自体で収入を得ることはまれですね。 河野:どのような写真を撮られていますか、もしくは得意な被写体とか。
加賀:撮影する機会が多いのはポートレートでしょうか。とくにビジネスパーソンを撮影する機会が多いですね。
河野:企業の社長さんなどですね。
加賀:もちろん社長さんも撮りますが、もっと身近で働いている方、例えば工場で働いている方や農業をされている方などを撮る機会が多いかもしれません。
河野:職業人を撮るのが得意なのですね。では加賀さんは、カメラでどれくらい稼ぎたいと思っていますか?
加賀:難しいですね……、とりあえず10万円でもプラスになればいいかな?
河野:ありがとうございます。まず提案したいのは、自分の好きなこと、得意なことに関する解像度を上げてみましょう、ということです。現在は漠然とカメラでも稼ぎたいという考えをお持ちですが、経験の棚卸しを通じて、武器になる専門性を掘り起こしていきましょう。
加賀:もっと自分の経験とスキルを見つめ直す必要がありますね。
河野:はい。そのうえでキャッチフレーズを出せれば、個性が武器になっていきます。例えば加賀さんなら「職業人を撮る」ですね。そうすると、誰にでもできるサブワークは選択肢から消えていくはずです。
加賀:セールスポイントを明瞭にするわけですね。
河野:世の中に上手なカメラマンはたくさんいます。得意分野を尖らせれば尖らせるほど、ニッチであればあるほど入り込める可能性が生まれるんです。例えば、「ポートレートで売り上げに貢献できます」「私が撮ると運気が上がります」のようにメリットをわかりやすく提示できれば強みになります。
加賀:なるほど。
河野:ただしマニアックすぎると難しくなりますので、だれをターゲットにするかが重要です。私は、その人の経験を冷蔵庫の中身だと考えています。冷蔵庫が空っぽの人はいません。そしてビジネスは料理、誰に何を食べさせたら満足するか、そのためにどの食材を取り出すかを考えるんです。
加賀:ありがとうございます。短い時間でしたが、自分の経験を振り返れた気がします。
ここまでが、マンツーマン面談の4回目までで行う大まかな流れだ。実際には、さらに事細かな意識あわせや経験の棚卸しを行い、トレーナーとともに複業計画書を作成していくことになる。
コーチングからそのまま事業相談まで一気通貫で相談できるのは、実際に複業を行っているプロの事業家がトレーナーをしているからこそと言える。
これまでの経験が人生後半の働き方を変える
このような実践型キャリア複業スクールによって、ライフシフトラボは多くのニッチな複業を生み出してきた。
過去には、「ボードゲームが大好き」という人が「企業向けボードゲーム研修運営コンサルタント」として複業をしたり、「流暢に英語をしゃべれないが、なんとなく通じるブロークン・イングリッシュが得意」という人が「単語を並べるだけで伝わるサバイバル英語特化コーチ」として売り込んだりした例、さらには「失敗ばかり繰り返してきた」という人が「ネガティブエピソードを武器にしたメンタル相談員」として仕事を始めた例もあるという。
「45歳定年制」から生まれた"働かないおじさん"という言葉がある。これは、40歳を過ぎると出世レースのゴールが見えてきて、働くモチベーションが減退してしまうことが大きな原因のひとつと言われている。
だが、たとえ椅子取りゲームに負けたとしても、職業人はそれまでの経験に準じたスキルを備えているはずだ。多くの人が、実は複業になる可能性を秘めたスキルを持っている。
とはいえ、失敗のリスクを考えたり、自分の売り込み方を知らなかったりで、その機会をつかめずにいる方が大半。だからこそライフシフトラボは「いかにひとつ目の成功体験を積んでもらうか」を重要視しているという。
同社にはよく「自分にも複業の武器になる経験・スキルは本当にある?」という質問があるそうだ。これに対して同社は「100%あると断言できる」「過度にオンリーワンにこだわる必要はない」という回答をしている。
ライフシフトラボの受講生はのべ300名を数え、卒業して複業をスタートした人は100名を超えたという。いまの会社を辞めることなく、人生後半のキャリア自律に向けた仕事ができる複業は、これからの働き方を考える上で大きなキーワードになりそうだ。