人生を見つめ直すきっかけになった「大動脈解離」

2020年に創業した山元ヒルズファーム。独自ブランドである「ヒルズいちご」の生産を主力に、ブルーベリーやイチジクなども栽培している。代表の小林幸男さんは現在52歳。49歳で未経験の農業にキャリアチェンジした経歴を持つ。
岩手県出身の小林さんは、地元で建築資材の販売や太陽光発電の設置、エクステリアの外構工事などの事業を営んでいた。転機が訪れたのは2018年6月、突然激しい胸の痛みに襲われた。大動脈解離だった。地元の県立病院でも処置ができず盛岡大学附属病院に搬送され、11時間半にも及ぶ手術を受けた。目が覚めたのは二日後だったという。

建材店を営んでいた頃の小林さん。農業は未経験だった

幸い一命を取りとめたものの、一部が人工血管となった体で生涯にわたって病気と付き合っていくことになった。重い物を運ぶなど、倒れるまでは当たり前にできていた力仕事もできない。自分に残された時間をどう使うか、真剣に考えるきっかけになった。
ものづくりがしたいと考えるようになった小林さんが出会ったのが、宮城県の太平洋沿岸部にある山元町でのイチゴ栽培だった。もともとフルーツが大好きだった小林さんは、山元町のイチゴのおいしさに衝撃を受けたという。こんなイチゴを自分も作ってみたいという思いで山元町へ通いつめた。生産者からさまざまなアドバイスを受け、病後の体でもできそうだという手応えを感じ、新規就農を決意。パートナーの森川幸子さんと共に宮城県へ移住し、イチゴの栽培技術の習得に着手した。岩手で太陽光発電を設置して間もないタイミングだったため、事業を継続しながらの挑戦だった。
小林さんと森川さんは、山元町の農業生産法人 株式会社GRAの新規就農支援事業「ミガキイチゴアカデミー」で学んだ。座学と実地研修を合わせて1年間のプログラムで、15年以上の経験を持つ先輩農家のもとで技術やノウハウを身につけた。

イチゴ栽培との出会いから移住、新規就農へ

山元ヒルズファームの独自ブランド「ヒルズいちご」

___山元町は、東日本大震災で津波の被害を受けた地域だそうですね。

小林さん: 100軒以上あったイチゴ農家も大打撃を受けたと聞いています。町の特産品であったイチゴの栽培を絶やしてはいけないと考える人たちも多く、自分のような新規就農者も快く受け入れてもらえます。

___岩手から宮城への移住と新規就農に際し、不安はありませんでしたか。

小林さん: 不安はなく、期待やワクワクする気持ちが大きかったです。ただ、1年間の研修を終えて、さあやるぞ!というタイミングで2020年のコロナ禍です。研修で栽培を学んだ高級イチゴの主要な販売先である百貨店が休業するといった情勢になってしまったことは想定外でした。ブルーベリーの定植など、あまり初期費用をかけずにできることから着手しました。動けない期間も補助金の申請をしたり、さまざまなことを勉強したりもしました。

___山元町のイチゴを初めて食べた時においしさに衝撃を受けたとのお話ですが、ご自身で作る「ヒルズいちご」の味はいかがですか?

小林さん: おいしいですよ。すでに最初の衝撃を超えるイチゴができたという自信がありますが、おいしいイチゴの追求に終わりはありません。時期によって酸味と甘みのバランスが変わるため、さらに安定した味にしていきたいです。

___順調ですね! 収穫量も増えてきていますか?

小林さん: 直近でイチゴの収穫が5.1トンから5.5トンに増えました。悪くない数字ではあるものの、まだまだ伸び代があると思っています。

キャリアチェンジしたからこそ分かること、できること

___前職の経験が生きていると感じることはありますか。

小林さん: 建築関係の仕事をしていたため、ハウス内のイチゴのベンチを自分たちで作るなど、技術を生活かす機会はたくさんあります。また、地中熱ヒートポンプによるクラウン温度制御システムを導入していますが、施設内部の高設ベンチの組み立てや、地中熱とヒートポンプの組み合わせのアイデアに、前職の経験が大いに生きています。二酸化炭素の削減にもつながり、よりクリーンで持続可能なイチゴの生産を目指しています。

ハウス内のイチゴ。自作のベンチが目を引く

___食品ロスへの取り組みとして「お腹いっぱいいちご」という商品が話題だと聞きました。開発の経緯を教えてください。

1キロあたり200〜250粒を箱に詰めた「お腹いっぱいいちご」

小林さん: 収穫後損失、隠れ食品ロスを減らすための商品が「お腹いっぱいいちご」です。幸い1年目から多くのイチゴを収穫できたものの、たくさん採れすぎて選別作業が追いつかないという経験をしました。パートタイマーの従業員さんに手伝ってもらっても終わらず、遅くまで残業です。5グラム以下のイチゴは廃棄という研修先の教えに従い、夜まで選別作業をしていました。作業に疲れ、選別でたまった小指の爪ほどのサイズのイチゴを何気なく口に入れたところ、十分に甘くておいしい。なぜこれが売り物にならないのだろう、と素朴な疑問が湧きました。

___慣習にとらわれず、フラットで消費者に近い視点で考えられるのは未経験からの新規就農であればこそかもしれませんね。

小林さん: 規格外となるイチゴでもこんなにおいしいのだから、安くてもいいから売ってみたいと思いました。1キロ500円で産直市場(山元町農水産物直売所「やまもと夢いちごの郷(さと)」)に出してみたところ、あっという間に人気商品になりました。最近では、周辺の農家さんも同じように規格外のイチゴを出し始めているようです。

___収益化につながり、食品ロスを減らす効果もあるのは素晴らしいですね。

小林さん: 形もきれいで大きいサイズの「ヒルズいちご」は、特別な時や贈答品としても使ってもらいたいです。一方で「お腹いっぱいいちご」は、安いからこそ思う存分、おなかいっぱい食べてもらえたらうれしいですね。
規格外のものをさらに活用したいと考え、人の手を借りながら3種類のドレッシングやクラフトコーラ、ソースを作ってみました。まだまだノウハウや販路が足りない状態なので、経験を詰み知名度も上げていく必要があります。販路とともに事業規模を拡大していきたいです。

就農希望者へのメッセージ

笑顔でハウスに立つ小林さん

___これから新たに農業へ挑戦したいと考えている人にアドバイスをお願いします。

小林さん: 人生100年の時代ですから、50代の自分にはまだ残り50年もの時間があります。農家の高齢化が指摘されているようですが、60代や70代でも全然問題ないと感じます。生き生きと農業に取り組んでいる先輩がたくさんいます。何歳からでもチャレンジはできるし、その人に合う農業が必ずあると思います。老若男女問わず、農業はできますよ。

___大きな病気ののちに取り組まれた新規就農でも、体調・体力面では問題ないでしょうか。

小林さん: この夏は暑さに参りましたが、体調管理はできています。定期的に通院しているくらいで特に支障なく農作業もできていますし、健康診断の結果も良好です。多くの仲間と一緒に自然に触れ合いながら農業に取り組み、作ったものを多くの人に届ける暮らしはとても充実しています。人との関わりの中で地域への貢献にもなり、食糧自給率の改善にもつながる。農業は本当にやりがいがあって、楽しいですね。挑戦してみたいことが次々に出てきて困っているほどです。

収穫前のイチゴ。鮮やかな色合いが美しい

___小林さんのように前向きに取り組むためのコツはありますか。

小林さん: 病み上がりからの挑戦でしたが、農業がいろいろなパワーをもたらしてくれました。体を動かすことで元気になり、自然と前向きな気持ちになります。若い人はもちろん、中高年でも新たに農業をやってみたい人はぜひ取り組んでみてほしいです。自分自身の経験から、農業は第二の人生に取り組むのにもぴったりだと感じます。
好きなものを作るのもポイントといえそうです。イチゴが大好きなので毎日が楽しく、やめたいと思ったことは一度もありません。

ブルーベリーをチェックするパートナーの森川さん

___最後に、これからの夢を教えてください。

小林さん: 現在はイチゴやブルーベリー、イチジクなどを作っていますが、最終的には年間を通じて収穫できる農園を作りたいと考えています。人口が減っている地域なので、近隣の人にも楽しんでもらえるような観光農園がいいですね。みんなが集まっておいしい果物を作って、収穫して食べて笑顔になれる、そんな農園を作りたいです。

取材後記

下を向いている時間などない、常に前を向いていると笑顔で語ってくれた小林さん。持ち前のポジティブさがあるのに加え「農業に取り組む中で、どんどん元気になった」というコメントが印象的だった。
40代・50代での大幅なキャリアチェンジだからこそ、それまでに培った知識や経験を生かして自分に合った営農ができるという強みもある。異業種からの新規就農には、さまざまな可能性がありそうだ。

「山元ヒルズファーム」公式サイト: