クルンノウエン流アグロエコロジーとは

熊本県北部に位置する荒尾市でアグロエコロジーに取り組んでいるのが、今回取材に訪れたクルンノウエン。ともかく「見た方が早い」と、その土を見せてもらうため畑に向かうこととした。

1ヘクタールの畑

畑に一歩足を踏み入れると、今まで経験したことがないほどの土の軟らかさにまず驚く。
まるで分厚い敷布団を3枚ほど重ねた上を歩いているかのような錯覚を起こすほどだ。

力は入れずともスルスルと土の中に吸い込まれる棒

しかも軟らかいのは表土だけではない。棒を土の中に刺すとあっという間に入っていくではないか。

「深い時には2メートルほどフワフワと入っていきますね。この方法ならばわざわざ重機を使う必要もないのでコスパもいいし、放置しておくだけなのでタイパもいいんです」と話すのは、クルンノウエン代表の茅畑 孝篤(かやはた・たかしげ)さんだ。

クルンノウエン代表の茅畑さん

熊本県荒尾市平山地区にあるクルンノウエン。隣の地区に流れる一級河川である菊池川流域の河口付近の草を土壌づくりに使用しているというから驚きだ。

理由は、河川河口の草は納豆菌やミネラルが豊富であるため。それに加え、キノコ菌や酵母菌が豊富なシメジの廃菌床、乳酸菌が豊富な放置竹林の竹チップなど、いわゆる有機廃棄物を土の中に入れ透明のマルチをかぶせ嫌気発酵を促している。

発酵が進むとアルコール成分が生まれガスが出るのだが、そのガスのパワーで土を耕すことができるのでトラクターなどで必要以上に耕す手間がないのだという。

夏の高温に当てると一気に団粒化が進み、とても軟らかい土が完成する。

「土が軟らかいってことはそれだけ土の中に空気が含まれているってことです。発酵型の微生物が活動できる環境を整えるためには空気が絶対必要。考え方としては作物を育てるために土壌づくりを行うのではなく、土の中の微生物を育てるために土壌づくりをしている感じです」(茅畑さん)。

土の深いところまで団粒構造ができると土地の保水力は劇的に向上し、表土の流出を防ぎ、乾燥にも強くなる。土地そのものが貯水タンクになるので、気候変動による自然災害の抑止力になるのではないかと考えているのだそう。

一体どのような背景で現在の農法に行き着いたのか、詳しい話を聞いてみた。

きっかけは子どものアレルギーと実験好きな友人

茅畑さんは、元は大学の非常勤助手であったが、自身の体調不良をきっかけに退職。当時生まれた長女に添加物、化学物質アレルギーがあることが判明した。

「子どもが食べられるものを作ろうってなったんですけど、農業は全くやったことがない。どうしたもんかと思っていたんですけど、ちょうど近所の方が無農薬の農業をされてたんですね。そこに話を聞きにいきながら、どんな方法がいいんだろうと考えていたところ、実験好きな友人が農業や自然界の循環の仕組みに関する動画をアップしてまして。それがめっちゃ面白かったんですよ。微生物の働きに着眼した栽培法に興味を持ったのはそれがきっかけです」

例えば、森の中に入ると足元には木々の枝や落ち葉が何年もかけて堆積(たいせき)している。それは時間の経過とともに分解し土に戻るのだが、その分解を行っているのが土の中に生きづく微生物たちだ。特に発酵分解によって生まれるさまざまな要素は植物の生長に不可欠な栄養素であり、根から吸収し、太陽のエネルギーを使って光合成を行い、木や植物が実をつける。この一連の循環の仕組みこそが、矛盾のない自然界の原理原則であって、農業が模倣すべきシステムだと感じたのが始まりだったと語る。

農作物を育てるのは人間ではない。土壌中の微生物たちが農作物を育み、農作物もまた微生物たちに栄養を供給する、いわば共生関係。

ならば私たち人間は、微生物たちが健やかにその生命活動を持続できる土壌環境を、自然界の原理原則に従って整えてあげる。そうすれば良質な作物が育つと考えたのだ。

「農業の知識を持っていないことが功を奏したとでもいいましょうか。農地に行われてきた施肥や消毒等により、土中環境は微生物の少ない死んだ土地になっています。もう“保護”よりも“再生”した方がいいんじゃないかと思うんです」と茅畑さん。

森のような矛盾のない循環の仕組みを畑に模倣してやることで、より豊かな環境ができるのだそう。

1人でも多く農業に携わる人を増やす

農業体験者が作ったナス

現在、農林水産省認証機関である特定非営利活動法人熊本県有機農業研究会で理事を務めながら、新規就農希望者の受け入れ窓口や、SNSを使ったネットワークの代表も務め、多忙を極める生活を送っている茅畑さん。

新規就農希望者とのヒアリングでは、専業農家ではなく”農業のある暮らし”を望んでいる人が多いということが分かったという。

そこで、農業に従事したいけれどもその一歩が踏み出せないという層に向け、自身の畑を開放し農業体験を行っている。そこで農業に関するノウハウなどを惜しみなく伝え、1人でも多く農業に携わる人を増やすことを目的としている。

よく農業を「こんなに自由にできる職業はないよ」と表現する人を見かけるが、その分、責任も大きく選択肢も多いという側面も持ち合わせるのが農業だ。

選択肢が多いと何を選べばいいのかと不安になるが、このように気軽に相談ができる環境があるというのは新規就農者や就農希望者にとって安心材料になることだろう。

このコミュニティ形成が今後の新しい農業のカタチとなるのかもしれない。