東京国立博物館 表慶館で、「横尾忠則 寒山百得」展が始まりました。寒山拾得(かんざんじっとく)という伝説的な風狂僧を、現代美術家・横尾忠則さんが独自の解釈で再構築した「寒山拾得」シリーズの新作を一挙初公開する本展には、2021年から1年半ほどで描き上げた画家活動の最大のシリーズとなる完全新作102点が集結しています。

寒山と拾得は、中国・唐の時代の2人の詩僧で、実在したのか伝説上の人物なのか、はっきりわかっていません。高い教養を持ちながらも洞窟の中に住み、顔には奇妙な笑いを浮かべ、その振る舞いは常軌を逸したエキセントリックなもの。世俗にとらわれないそうした生き様が、仏教では「真理を目覚めさせる」と神聖視され、特に禅宗では、その姿が“悟りの境地”と表裏一体の関係にあるとして、画題として定着するように。日本でも、鎌倉時代から近代にいたるまで、さまざまな姿かたちで多くの絵画に表され、「寒山拾得を描かなかった画家はいない」と言われるほど東洋画では“定番中の定番”の画題なのだそう。

  • 国宝「寒山拾得図(禅機図断簡)」因陀羅筆、楚石梵琦賛/東京国立博物館蔵

2人は詩僧、つまり詩を詠む僧侶なので、寒山は漢詩を記した「巻物」を、拾得は寺の庭を掃く「箒」を持つ姿で描かれるのですが、横尾さんの寒山拾得では、巻物は「トイレットペーパー」に、箒は「掃除機」へと変換されます。

オリンピックやワールドカップといった時事的な事柄の中に描かれた寒山拾得もいれば、象に乗った寒山拾得やマラソンをする寒山拾得、ドン・キホーテ風の寒山拾得、絡み合いながらひとつの身体に融合する寒山拾得、三角形や四角形が重ね合わされた幾何学的な寒山拾得……とまさに変幻自在。百花繚乱の寒山拾得。結婚式の参列者の中に寒山拾得の姿があったり、マネの「草上の昼食」のパロディのような寒山拾得もいて、あらゆる世界を縦横無尽に駆け巡る2人の姿が描かれています。

現在87歳の横尾さんはコロナ禍の最中から、外界との接触を極力避けて、寒山拾得の“脱俗の境地”のように、俗世から離れたアトリエで本展作品の創作活動に勤しんだそうで、そうして1年半ほどで102点を描き上げたのが本展の作品たち。なかには1日に3点を制作したこともあり、その筆のスピードと生み出された数には圧倒されるばかりです。

展示されている作品にタイトルはなく、代わりに「2021-09-03」から「2023-06-27」までの数字が記されていて、これは制作にかかった年月日の日付です。時系列に展示された作品をたどりながら、画風の変化とともに、作者自身の身体的変化も感じとれるよう。横尾さんはこれら102点の寒山拾得を、「自由に見てもらいたい」と語っています。めくるめく寒山拾得のフルコンボを浴びるうちに気分は高揚し、多幸感に包まれていくような鑑賞体験でした。

なお同館の本館特別1室では、関連展示として、特集「東京国立博物館の寒山拾得図―伝説の風狂僧への憧れ―」も開催中。こちらは中国と日本において、人々が寒山拾得とその世界観をどのようにとらえてきたのかを問うもので、国宝1点を含む、各時代のさまざまな寒山拾得図を紹介しています。横尾展とあわせて鑑賞することで、寒山拾得がなぜこんなにも人々を惹きつけてきたのかを理解するのに役立つはず。こちらは11月5日まで開催しています(※期間中展示替えあり)。

■information
「横尾忠則 寒山百得」展
会場:東京国立博物館 表慶館
期間:9月12日~12月3日(9:30~17:00)/月曜休、9/19、10/10休 ※ただし9/18・10/9は開館
観覧料:一般1,600円、大学生1,400円、高校生1,000円、中学生以下、心身に障害のある方及び付添者1名は無料