マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、中国の不動産不況による影響について解説していただきます。


中国の不動産不況が長期化・深刻化

中国の不動産開発大手、中国恒大(エバーグランデ)は21年暮れに米ドル建て社債でデフォルト(債務不履行)を起こしました。今年8月18日には米国内の資産保全のために連邦破産法第15条の適用を申請。そして、同社株の取引が8月28日、約1年5カ月ぶりに香港市場で再開されました。株価は17年10月に31.55香港ドルで高値をつけましたが、取引停止前の22年3月には1.65香港ドルまで下落。再開後の28日には一時0.22香港ドルまで下げました。

より深刻なのは、同じく不動産開発大手の碧桂園(カントリーガーデン)かもしれません。同社は8月上旬に米ドル建て社債の利払いができませんでした。支払い猶予期限が9月5日(一説には6日)に到来するため、デフォルト(債務不履行)と認定される可能性があります。4日には人民元建て社債の償還が予定されていましたが、同社は2026年までの償還延期と40日の猶予期間の設定に関して、1日に債権者の同意を取り付けました。

中国では長く不動産不況が続いており、中国恒大や碧桂園以外に多くの不動産関連企業が破たん、ないし経営危機に陥っています。不動産不況が危機に発展した場合、円高になるのか円安になるのかを考察しました。


中国の不動産関連分野はGDP(国内総生産)の3割を占めるとの試算もあるようです。中国経済はゼロコロナの解除によりようやく立ち直りつつあるようですが、不動産危機が発生すれば、大きく落ち込むことになるかもしれません。

  • 中国のGDP(前年比%)

中国政府は、景気の低迷や株安、人民元安に対してすでに様々な手を打っています。

  • 不動産取引規制の緩和・都市計画の推進・産業基盤の強化
  • 個人消費の刺激策、EV自動車購入支援
  • 8月15日に今年2回目の利下げ(下げ幅は2020年以降で最大)
  • 株取引印紙税を半分に
  • 投資ファンドによる株式売却を制限、自社株買いの奨励
  • オフショアでの人民元売りを抑制するための資金コストの引き上げ

もっとも、中国政府がリーマンショック時のような大型の財政出動によって景気を支援するとの見方は現時点では少ないようです。中国景気が急激に落ち込み、リスクオフとなる可能性も否定はできません。その場合、どうなるか。

中国の需要縮小で米ドル高か

中国という大きな需要が縮小するという点では、日本も相応の打撃を受けるでしょう。中国向けは日本の輸出全体の2割弱、GDPの2%未満です。ただ、その点では輸出の3分の1、GDPの8%近くを占める豪州の方が打撃は大きそうです。なお、米国の対中国輸出は全体の7%、GDPの0.3%程度です(いずれも2023年1-3月ないし1-6月)。

リスクオフによる「安全な資産」への資金シフト、そして日本の地理的近さも考慮すれば、円は一部の通貨(とりわけ資源・新興国通貨)に対して上昇し、対米ドルでは下落すると考えるのが自然かもしれません。

中国当局は人民元防衛に出動するか

人民元は対米ドルで約15年ぶりの安値となった昨年11月の水準に接近しています。人民元の国内相場(オンショア)と、外国投資家が売買可能な国外相場(オフショア)との格差は開いていないので、外国勢による投機的な人民元売りは出ていないか、少なくとも当局が抑えているのでしょう。

では、人民元売りが強まった場合に当局は防衛に出動するでしょうか。人民元安は国内景気にとってプラスでしょうし、デフレになりつつあるなかで(7月の消費者物価上昇率は前年比マイナス0.3%)、物価押し上げにも寄与するでしょう。したがって、ある程度の人民元安は容認されるかもしれません。

  • 中国のCPI(消費者物価)上昇率(前年比%)

ただし、急激な人民元安に対しては、元買い介入が実施されるかもしれません。その場合、外貨準備は取り崩され、米国債が売却されるでしょう。もっとも、中国は外貨準備の米ドル離れを進めており、米国債の保有残高も大きく減少させています。米国債市場における中国の影響力が低下している点には留意する必要がありそうです。

  • 日中の米国債保有残高

中国が米国債を大量に売却すれば……

それでも、中国が大量に米国債を売却すれば、米長期金利には上昇圧力が加わり、米ドル高(円安)要因となるかもしれません。ただ、最近の米長期金利の上昇には、財政赤字の拡大やFRBのQT(量的引き締め=保有国債の縮小)による需給悪化も影響しています。いわば「悪い金利上昇」の萌芽です。「悪い金利上昇」が続けば、そのスピードや程度にもよりますが、株安や米ドル安を伴う「トリプル安」につながる可能性もあります。

リパトリエーションが起これば、円全面高も

中国でのバブル崩壊がグローバルな金融システムに悪影響を与えたり(リーマンショック時と異なり、中国不動産のリスクが世界中にばら撒かれ、かつそれが正しく認識されていない状況ではないでしょうが)、株価の暴落などを通して投資家マインドを冷え込ませたりする場合は、状況は異なるかもしれません。つまり、非常に強いリスクオフでは、「安全な資産」への資金シフトに加えて、投資ポジションの解消や資金の還流、いわゆるリパトリエーションも起こります。そのため、世界最大の純債権国である日本の円が一番恩恵を受ける(上昇する)と思われます。