古くなったスニーカーには素材の寿命による「加水分解」という恐ろしい事象があります。大事にしまっていたのに、ソールが無残にも崩壊する姿。その怒りを誰にぶつければいいのか分からない! 誰も悪くないけどね……。
また、経年劣化でソールの接着剤が剥がれることも。ここで救世主となるのが革靴ではおなじみのソール交換。実はスニーカーも可能で、さらに「ヴィブラムソール」でできることご存知ですか?
古いスニーカーが蘇る
ヴィブラムソールといえば、目立つ黄色のロゴ。海外でも大好評だった「安心してください、穿いてますよ」くらい、長年にわたり安定した人気と信頼性を与えるあいつ。
日本橋三越にある、カスタマイズサービス「ヴィブラム ソールファクター」でソール交換ができるそうなのです。
冒頭で紹介したスニーカーを持ち込んだところ、対応してくれたスタッフの青森さんから「作業はまったく問題ないと思います」と心強い返答が。
早速カタログを見ながらアウトソールを選び、サイズが合うものを店舗の在庫、もしくは取り寄せする形で作業を進めていきます。
ちなみにお店からどのソールがいいか、提案を貰えますが、「こうしたい」という要望があれば、それに合う形で調整も可能です。
ガラッと印象を変えてしまう人、少しだけ印象を変えるに留める人と千差万別で、「エア マックス 1」にブーツのようないかついソールを装着したサンプルなどを眺めながら頭を悩ます筆者。
ただ、スニーカーに厚いソールを合わせると履き心地などが変わるので、そこは事前にきちんとアナウンスしているそうですよ。
依頼してから納期までだいたい2週間程度。縫う作業が入る場合は別の場所にある工房で作業するそうで、接着剤だけでの作業は店舗内の作業場で進めると言います。
完成が待ち遠しい……。
ヴィブラムジャパンのオフィスを訪問
ここで素朴な疑問が。ヴィブラムソール、その認知度の割に表舞台? ではあまり見かけない印象の謎ブランド、と思うのは筆者だけでしょうか。
そんなことを思っていると、なんとヴィブラムジャパンのオフィスへ先日招待されたのです! イタリアの会社ということで、派手なオフィスの印象を勝手に抱いて京橋にあるオフィスビルをこわごわと訪ねたところ……。
入ってまず目につくのはロゴを型取ったベンチ、そして膨大な数のインソールを収めた棚、棚、棚。
圧倒的な存在感を放つ棚に驚く筆者。すると、同社でマーケティングマネージャーを務める平野伸弥さん、「ヴィブラムジャパンって法人があったのですね、と実はよく言われます」と、開口一番あっけらかんと話します。
日本法人が誕生して11年目。ただイタリアで創業したのは1937年なので、実は古い歴史を持つ企業でした。なおアジア圏では中国と日本、そして本社のイタリア、さらに北米やブラジルにオフィスがあります。ただ、それ以外の地域には販売代理店が存在するそうです。
「日本は地理的に独立した地域ですがオフィスがあるという、少し変則的かもしれませんね」
ヴィブラムの歴史
同ブランドの歴史を紐解いてもらうと、創業者はヴィターレ・ブラマーニさん。そのままオーナー企業として経営され、現在は3代目のマルコ・ブラマーニさんがオーナーを務めています。
ここでトリビアですが、ブランド名の「ヴィブラム」はヴィターレさんの名前を短縮したサインが由来です。
『ドラゴンボール』で孫悟空とベジータがフュージョンしたら、短縮形のベジットになったみたいなもの? と子どものような感想しか出ない筆者。
1900年に生まれたヴィターレさんは登山家やガイドとして活動する中、1935年に山岳事故で友人たちを無くしてしまったそうです。当時の登山靴は革靴に金属製の滑り止めを付けた程度の代物。雪や泥ならまだしも、氷には対応できないのが問題だと感じたヴィターレさんは当時の新技術であるラバーソールを使ったアウトソールの開発を始めたのです。
「彼の実家は木工職人だったこともあり、モノづくりの環境としても良かったのでしょう。2年後にヴィブラムソールの初代プロダクトとなる『CARRARMATO(カラルマート)』が誕生しました。こあれが登山靴に革命を起こしたと言えるでしょうね」
その後、アルプス登頂を目指すイタリアや日本の登山チームが同社のアウトソールの靴を履いて頂上を制覇。その性能に注目が集まり今に至るのです。ちなみにイタリアの本社はアルプス山脈まで車で1時間程度の場所にあり、簡単にフィールドテストを行えると平野さんは明かします。
現在は年間で4,000万足のアウトソールを供給する「世界一のアウトソールメーカー」として知られ、世界的なシェアで見ると、アウトドア、業務用の専門シューズ、さらに米国・欧州の軍関係の装備品にまで及んでいます。
面白いのは、日本だけライフスタイル、ファッション関連での割合が他国と比較して大きく、日本がアメリカやヨーロッパに情報発信している面もあるそうです。確かに、筆者も初めてヴィブラムソールを意識したのは「VISVIM」というブランドが採用していたからという記憶がありますね。
また、これだけ支持される理由として、製品テストを非常に重要視している点もあるとも言います。
「中国にはテクノロジカルセンターという施設があり、ラボでの素材としての検証はもちろん、実際に人が着用して凍った環境でも性能調査しています。靴というプロダクトは靴底だけでの検証では不十分で、実際にアッパーを着けると反ってかかる圧力が異なることもあるからです。また、我々のソールを採用したメーカーさんの製品をお預かりし、それを検証するというサービスも行っています」
当然フィールドテストも実施しており、これだけの検証を経てクリアしたからこそ、「ヴィブラムソール」クオリティとしての信頼性につながるのでしょうね。
さらに、SDGsが話題となる前からサステナビリティはビジネスの中核と位置付けしていたと平野さん。具体的にはリペアビジネスで、ソールの張替えは事業の大きな柱となっています。日本橋三越のお店もその一環だったのでしょう。
ヨーロッパではアンティークとして、家具や食器を代々引き継ぐ「ものを大切にする文化」が根付いているとは聞いたことがあります。同社の姿勢もそうした背景があるのかもしれません。
生まれ変わったシューズと対面
数日して作業完了の連絡を受けて、生まれ変わったスニーカーと対面です。
以前と比べてソールが厚くなって、だいぶ印象が違いますね。
相談の際、青森さんが唯一懸念を示していた接着剤のはみ出しも、シューズが古いことも相まって気になるほどではありません。
あて布でカバーするという手段もあるそうですが、このシューズは素材を編み込んでいる性質上、それも難しいということで「そのまま」接着してもらいました。
履いてみると、ヴィブラムソールらしいがっしり感が足裏から伝わります。歩いてみても、以前と比べてクッション性が大きく異なるような気が。
「しっかり接着しているので、剥がれることはないでしょう」と力強く断言する青森さんの言葉通り、これからも長く愛用できそうです。
革靴からスニーカーまで、ヴィブラムソールにしてリフレッシュさせるのが癖になるかもしれません。今度はビル●●シュトックのソールを魔改造とか……。