中小企業にとっての大きな共通の悩みは人材不足だ。常々叫ばれている課題だが、解消されることはほとんどなく、現在でも新規事業へ踏み出せずにいる、あるいは事業継続にも苦労している企業は多い。
そんな中、NTT東日本は自社社員の育成を目的としたパラレルワークを促進するため、横須賀市で事業を展開しているWonder Forestへの人材支援を決定。約3カ月に渡って、人材活用支援モデルとして活動することになった。今回はその最終発表会が行われたので、当日の様子をお伝えしよう。
地域の中小企業を人材支援する試み
この取り組みは横須賀市の「新たな人材活用による中小企業支援モデル」において、神奈川県プロ人材活用センターからの人材支援依頼の紹介により、株式会社Wonder Forest(以降、Wonder Forest)に対して、社内パラレルワークを活用した人材支援を2022年10月から2023年1月まで行うというものだ。
普段はNTT東日本で活躍している社員から支援人材を募集し、自ら手を挙げて集まった人材をWonder Forestの支援に充てるという内容になる。応募をしたNTT東日本社員5名は本来業務を8割、支援業務を2割という形でパラレルワークを実施。具体的には1週間のうち1日をWonder Forest立場で過ごし、地域の中小企業への支援を通じて、自社社員の人材育成にも繋げるといった活動になる。
「私たちは自治体をはじめ、様々な業種の皆様と共に地域を支援していくという取り組みを続けています。今回は当社の社員が普段触れ合うことができない企業の方々と慣れないフィールドで共に考え、行動することが人材育成にも繋がると考えて実行させることにしました。彼らがどのような気づきを得たのか、みなさんもじっくり聞いてください」と冒頭で語ったのはプロジェクトを推進してきたNTT東日本 地域ICT推進部 課長の千原史也氏だ。
最終発表会は同じくプロジェクトを支えてきた同部 高橋誓子氏の司会で進行していく。まずは今回のプロジェクトの舞台であるWonder Forestの代表取締役 高橋嘉誉氏(以降、高橋氏)から、背景となる自社の概要と抱えている課題感についての説明があった。
「広告代理店の営業として社会人になり、以降も様々な経験をしてきました。当時の私はがんばれば何だって実現できると考えていました」と語り出す高橋氏。輸入商社で世界的に有名なシャンパンのブランドマネージャーを務めた他、ヨーロッパやアフリカ在住経験を持つなど、多彩な経歴の持ち主でもある高橋氏はある経験から人生観が変わったのだという。
「重度知的障害と発達障害の子が生まれ、ライフスタイルは大きく変化しました。そして世の中には自分の力ではどうしようもないこともあると知り、生きる力を失いました」と高橋氏は当時を振り返る。彼女が立ち直ったきっかけは、子どものために日本では唯一の知的障害・発達障害の早期療育機関がある横須賀市に移住したことにあるのだという。「海と自然、地域のみなさまの助けを借りてようやく前向きになれました」(高橋氏)。
その後、子どものため独学で学び続けてきた療育の知識と指導技術を活かし、2010年に知的障害と発達障害の子どもと家族を支援する「トータスキッズ」を創設。2017年にはITを通して未来を切り開く力を育むという目的でプログラミング教室を開講。2021年12月それらを統合した法人「Wonder Forest」立ち上げた。
「個人事業の段階では良かったのですが、法人化するにあたって次の戦略を一緒に考えて行動できる人材がいないという課題が浮上しました」と高橋氏はいう。ITを任せられる人、事業を任せられる人、それに加え未就学児を扱うのでトータスキッズもプログラミング教室も両方指導できる人材が不足していたのだ。「ちょうどそのことで悩んでいたときにNTT東日本様と出会うことになりました」(高橋氏)。
集まった5名の人材はどう活動した?
NTT東日本とWonder Forestは、お互いの一致を見て今回のプロジェクトを始動することになり、NTT東日本 神奈川支部から5名の人材が派遣されてきた。その目的はWonder Forestが考えているプログラミング教室のビジネス的な展開を可能にする地盤づくりだ。
「3カ月の短期プロジェクトですから、なるべく効率よく進めたいと思いみんなでいろいろと考えました。結果として最初の3週間をWonder Forestを理解することに費やし、次の1か月半でプログラミング教室の実施に向けた提案の準備をします。最後の1か月で実際に提案活動をするという3つのフェーズを考えました」とメンバーは振り返るが、期間は3カ月、しかし実質は12日という短期フェーズではこの取り組み自体が無謀とも思えた。
しかし、それを聞いた高橋氏は「Wonder Forestのバリューには、できることから始める、努力したい人を支える、無理ではなくこうしたらできると考えるといった前向きな行動指針があります。彼らの『やってみよう』を受け止めて成功体験にしてあげたいと考えました」と高橋は振り返る。
こうしてプロジェクトは本格的に始動。高橋氏へのヒアリング、座学・ロールプレイの研修、現場でのOJTを中心にWonder Forestと高橋氏のビジョンを少しずつメンバーらは理解しようとした。「高橋さんやトータスキッズのスタッフの方々を見ていると知識と経験が必要だと強く感じました。私もロールプレイに加わりましたがうまくいきませんでした」と、紆余曲折を語るメンバー。
最終的に園児向けの出張型プログラミング教室の提案に目標を絞った彼らは、協力してもらえそうな保育園や幼稚園をリスト化し、地図データにマッピング、ホームページに書かれている内容などをベースにポイント化することで、確率の高い施設から順に話をさせてもらいに行くといったNTT東日本らしい高効率システムも実施したのだという。「ですが、提案を始めようとしたのが年末に差し掛かっていた頃なので、思ったような反応はありませんでした。このやり方で了承いただいたのは1施設だけでしたね」とここでも壁に当たるメンバーら。
その後方針を切り替えて保育園、幼稚園の責任者らを直接紹介してもらえるようなリレーション活動を開始。これまでの人脈も総動員してのチャレンジによって9施設から訪問の受け入れにつながるところまで来たのだという。「プログラミング教室の提案はもちろん、発達の気になるお子様のご家庭に気づきを与えるサポート、園での支援につながる保育所等訪問支援事業についての市内の幼稚園への周知など、Wonder Forestが持つ事業への逆提案もありました。」とメンバーらは笑顔で成果を語った。
トークセッションではついつい本音が
3カ月の活動を振り返ったメンバーらによるトークセッションも用意された。取り組みを通じて得られたことは? の問いに「園長先生を紹介してもらいたいと思って横須賀市役所に高橋さんと出向いたとき、『この取り組みを通じて地域を盛り上げていきたい。10年、20年後にここを巣立って行った子どもたちが、横須賀市で育って良かったと思える街にしたい』というビジョンを聞きました。私はそのマインドを持っていなかったし、自分はWonder Forestのために何ができるかばかりを気にしていましたが、本当は地域にとって何ができるのかという視点が大切だったのだと気づかされました」とメンバーの金子氏。
「高橋さんは走りながら考える人でした。何か考え込んでしまうようなことがあっても諦めずに走りながら考える姿はとても印象に残りました。自分もこれから仕事を続けていく中で、走りながら考えられるようになりたいと思いましたね」と萬屋氏。
「プログラミング教室に参加したとき、子どもたちが笑顔で自分が組んだプログラムを発表している様子を見ていると、達成感に満ち溢れた笑顔がとてもまぶしかったです。心の底から応援したくなりましたね」と浅岡氏。
「高橋さんは提案のためにプログラミング教室についてお話されるときに自身のビジョンまでお話されていました。私だったらプログラミング教室のメリットや説明だけに終始するはずです。相手の方を営業相手としてみるのではなく、この人と一緒に何かを達成したいと感じてくれると思えるような姿勢はとても素晴らしく見習いたいと思いました」と江連氏。
「高橋さんのビジョンの中には、みんなの居場所を作るという明確なビジョンがあると思いました。トータスキッズやプログラミング教室を通じて子どもたちは自分の居場所を作ることができます。彼らが社会に出たとき、自分の居場所を作るスキルがここで育まれるのだなと感慨深かったです。高橋さんの行動はすべてそこに繋がっているように思えました」と新井氏。
次なる取り組みに繋いでいくために
トークセッションはその後も盛り上がったが時間の関係で終了。最後に高橋氏による総括が行なわれた。
今回のメンバーを指して「うちのチームは宇宙一っ ^^♪」(原文ママ)と言い切る高橋氏。その理由として「一緒に活動する中でアセスメントの重要性に気が付いてくれたのがすごい成長だったと思います」と同氏は語った。
また、このプロジェクトを了承してくれたNTT東日本に対しては同社のコンセプトのひとつ「地域∞ミライ」に共感したという。「Webサイトにあったこのコンセプトモデルを見たときに、Wonder Forestとしても協働していけると感じました」と高橋氏は振り返る。「結果として手つかずだったプログラミング教室の提案書作成と訪問まで3カ月で行くことができました。Wonder Forestとしても一歩を踏み出せたことは大変大きな意義があったと思います」と高橋氏は言葉を続ける。
今回の取り組みを今後も成功させていくには、環境の整備と持続可能な仕組みづくりが必要だという同氏は、企業のアセスメントと相思相愛になれる人材を引き寄せる募集要項が大きなポイントになると分析している。
「最後まで走り続けられた要因だった『地域∞ミライ』の実践を共にできるようにWonder ForestとNTT東日本は持続可能な事業として未就学児に生きる力を育ませる教育を社会に広げ、横須賀市にとっては全国展開できる地元産業の支援と大企業と協働することで、魅力・人口・税収を増やしさらに住みやすい街づくりに繋げるのが理想です。これからも協働して循環型の『地域∞ミライ』のモデルをここに集った皆様と一緒に作れるとうれしいです」と高橋氏は最後に語ってくれた。
NTT東日本とWonder Forestおよび高橋氏にとってかけがえのない3カ月はこうして幕を閉じた。関係団体のすべてが始めての試みとなるだけに、今後の動向は今のところ未定となっている。このストーリーの振り返りが終わった後に「新たな人材活用による中小企業支援モデル」がさらに大きな枠組みとなって、持続性も視野にいれた循環型地域貢献へと繋がることを期待したい。