近畿日本鉄道は、天理線の電化100周年を記念し、4月1日に天理駅で「天理線電化100周年記念式典」を開催。同日に大阪上本町発天理行の臨時急行も運行された。天理線では4月30日まで、一部列車に電化100周年の記念ヘッドマークが取り付けられる。
天理線は平端~天理間を結ぶ全長4.5kmの路線。平端駅で橿原線と接続しており、天理線内で折返し運転を行う普通のほか、京都線・橿原線・天理線経由で京都・大和西大寺~天理間を走る急行も運行されている。天理教祭典日には、大阪難波駅や京都駅などから天理駅へ向かう臨時列車が設定され、近鉄沿線の風物詩となっている。
天理線の歴史は、天理軽便鉄道が新法隆寺~天理間で運行開始した1915(大正4)年まで遡る。1921(大正10)年、大阪電気軌道が天理軽便鉄道から事業譲渡を受け、その翌年、1922(大正11)年に平端~天理間の電化工事が完了した。同時に線路幅が762mmから1,435mmに変更され、大阪方面から直通列車の運行が可能に。その後、休止を経て1952(昭和27)年に法隆寺(新法隆寺)~平端間が正式に廃止された。1973(昭和48)年、大型車両の導入に備え、平端駅に天理線専用ホームを設置。1988(昭和63)年、天理線の複線化工事が完了した。
「天理線電化100周年記念式典」は天理駅構内で開催され、天理駅長の西谷恭幸氏が挨拶。沿線住民や市町村、天理教輸送部に感謝の言葉を述べ、「いままで以上に愛される天理線をつくっていきたい」と決意を新たにした。なら歴史芸術文化村の総括責任者、福原稔浩氏も挨拶し、福原氏自身が近鉄の運転手だったことも踏まえ、「当時、私が運転したときの天理線は単線。速度も65km/h以下で走り、すれ違いのための列車待ちもありました」と、複線化前の天理線を振り返った。
その後、沿線の小学生・高校生がデザインした5種類の記念ヘッドマークが披露され、天理線を走る8600系2編成(8606F・8162F)に取り付けられた。記念ヘッドマークの掲出期間は4月1~30日とされ、5種類の記念ヘッドマークを用意し、ランダムに前面に掲出されるという。記念ヘッドマークを掲出する列車の運行に関して、日中時間帯の平端~天理間の普通を基本とするとのことだった。
この日は大阪上本町発天理行の臨時急行も運行。天理駅に10時58分に到着した。使用車両は、近鉄奈良線の開業100周年を記念した特別塗装車両、5800系「ヒストリートレイン」。臨時急行にも記念ヘッドマークが掲出されていた。駅構内の掲示物として、単線時代の天理線の写真が展示されており、駅利用者や鉄道ファンらが旧塗装の車両を懐かしそうに見つめていた。