「母乳バンク」という言葉を聞いたことがありますか? 出生体重が1500グラム未満の極低出生体重の赤ちゃんに、寄付された母乳を処理した「ドナーミルク」を無償提供する施設のことです。先月、日本母乳バンク協会がドナーミルクの提供を受けた赤ちゃんとその親、新生児科医・看護師によるオンライン座談会を開催しました。
母乳バンクを使用した親子が、ドナーミルクを使用するかどうか悩みながらもそれを乗り越え、すくすくと育っている子どもたちの様子について、語ってくれました。今回はその座談会の様子をお伝えします。
ドナーミルクを使用した11組の家族が参加
オンラインで行われた座談会には、ドナーミルクを利用した11組の家族と新生児科医と看護師が13人参加しました。最初に、日本母乳バンク協会の水野克己代表理事から「母乳バンクは開設から1年を迎えましたが、厳しい安全基準をクリアしていることも評価されており、利用者はどんどん増えています。2021年度は、合わせて500人くらいの赤ちゃんにドナーミルクを提供することになるでしょう。ただ、まだ心配の声があるのも事実なので、そういった不安を解消するためにも、今日の座談会の場は、子どもの親同士をつなぐ場としても、使っていただきたいです」と挨拶がありました。
続いて、11組の親子が4グループに分かれて、それぞれにドナーミルクを使用した経緯や、同時の心境について話し合いました。筆者は、まこちゃんママさんとNOKOさん、しまさんが集うグループに参加して、話を聞きました。
参加者プロフィール
・まこちゃんママさん
愛知県在住。5歳、2歳、6カ月の子どもがいる。6カ月のまこちゃんが、妊娠24週6日、696グラムで生まれた際に、ドナーミルクを使用。
・NOKOさん
奈良県在住。8歳と2歳の子どもがいる。2歳の子どもが、妊娠25週1日、584グラムで生まれた時に、ドナーミルクを使用。
・しまさん
神奈川在住。5歳の子どもと、2歳の双子のお母さん。2歳の双子が28週3日で生まれた時、1241グラムと1030グラムの子どもたちがドナーミルクを使用。
ドナーミルクを使うことへの抵抗と葛藤
――しまさんはドナーミルクの使用をいつ誰から提案されましたか?
しまさん: 妊娠28週3日で生まれた双子は、どちらも1500グラム未満で生まれてきました。産後、上の子は5カ月間、下の子は8カ月の間入院していたので、しばらくの間は母乳を搾乳して持って行っていましたが、4~5カ月経つと2人とも飲む量が増えて、母乳だけでは足りなくなったんです。そんな時に、医師からドナーミルクの使用を提案されました。
――ドナーミルクを提案された時のお気持ちはいかがでしたか?
しまさん: ドナーミルクのことを知らなかったので、初めて聞いた時は、「ドナー」という響きにドキッとしました。ただ、担当医から安全性について教えてもらってからは、迷いなく受け入れることができました。粉ミルクよりも母乳の方が免疫がつきやすいと聞いていたので、母乳をあげられることにホッとしました。
――まこちゃんママさんは、いつからドナーミルクを使用されましたか?
まこちゃんママさん: 生まれてすぐからです。私は妊娠24週6日で陣痛がきてしまい、緊急帝王切開をして出産しました。産後すぐはなかなか母乳が出なくて、小児科の担当医師からドナーミルクを提案されました。その時初めてドナーミルクを知ったのですが、正直言うと悔しい気持ちがありましたね。子どもにとっては必要な栄養ですが、上の子ども2人には母乳をあげられていたので、3番目の子どもにも自分の母乳を飲ませたいと思っていたんです。
そんな時に支えになったのは、主人でした。もともとドナーミルクの存在を知っていたこともあり「大丈夫だよ」とポジティブでいてくれたことが、最終的な判断の決め手になりました。「自分たちも好きなものを好きなだけ食べるよね。胸にあざができるくらい無理に絞るより、ドナーミルクを使うのが一番楽だよ」と言ってくれた一言で、「ドナーミルクを使おう」と決められました。
――NOKOさんのお子さんは、いつからドナーミルクを使いましたか?
NOKOさん: 私は、出産時に緊急帝王切開になって意識がなくなり、親子2人とも一時心肺停止になりました。手術室に入る前に5分くらいだけ夫と会話できたのですが、娘は「生きて産まれることができないかもしれない」と言われていたので、「自分たちにできることはなんでもしよう」と夫婦で決めました。夫がドナーミルクに関する説明を受けたそうですが、私との約束を踏まえて、生まれてすぐから使用してくれました。ドナーミルクを使ったことを知ったのは、意識が戻った産後2日目です。
――意識が戻ってから、ドナーミルクについて聞いてどのように感じましたか?
NOKOさん: ドナーミルクについて、その時初めて知りました。最初は、「自分で調べた情報じゃないし、大丈夫なのかな」という思いもありました。また、「自分の母乳を飲ませたい」という気持ちも少なからずありましたね。でも、子どもが未熟児で未発達な部分もあるのはわかっていたし、母乳が体にいいことも知っていたので、迷いはなかったです。医師との信頼関係が築けていたことことも大きかったと思います。
――実際に使ってみて、どんなことを感じていますか?
NOKOさん: 後からわかったことですが、子どもがミルクを消化しにくい体質だったんです。もし粉ミルクを使用していたら、壊死性腸炎になって今頃この世にいないかもしれないと思っています。妊娠25週1日・584グラムで生まれてきた子どもは、1歳までには成長曲線に入りました。500グラム台で生まれた子としては、本当に順調に育っていると言われるので、母乳バンクのおかげだなと思っています。母乳の提供者には感謝の言葉しかありません。
「ドナーミルクは大丈夫だよ」と伝えたい
――今後ドナーミルクを使用するかもしれないママやパパたちには、どんなことを伝えたいですか?
まこちゃんママさん: 子どもが元気に育ってくれているので、「大丈夫ですよ」と伝えたいです。私は産後に初めてドナーミルクのことを知りましたが、もっと早い段階から知る機会があればいいと思います。ママだけじゃなくて、パパにも知ってもらうことで、近い存在の夫から温かい応援をしてもらえたらいいですよね。
――NOKOさんはいかがですか?
NOKOさん: 私も、ママだけじゃなくて、パパもドナーミルクの情報を知っておくことが大切だと思います。私のように、産後判断ができない状況になってしまう可能性もある一方で、超低出生体重児には産後すぐに母乳を与えてあげるのがベストなので、躊躇している暇はありません。ママが判断できない時はパパが判断するしかないので、ドナーミルクという言葉がもっと広まっていけばいいなと思っています。言葉を周知してもらえたら、きっと助かる命が増えると思っています。「ドナーミルク使用した子どもがこんなに元気だよ。大丈夫だよ」と伝えたいですね。
――しまさんからも、メッセージをお願いします。
しまさん: 「母乳バンク」という言葉は、今はまだ使ったことのある人しか知らない気がしています。産後だと、私のように「ドナーミルク」という言葉だけ聞いてドキッとしてしまう人もいると思うので、当たり前の言葉としてもっと普及していくといいですね。使用しなくてはいけない人が、悩まずに使えるように、私からも「大丈夫だよ」という言葉を伝えていきたいと思います。
座談会では、参加したママたちが時に涙を見せながら、産後の経験を語ってくださいました。その様子からは、心も体も準備が整わない中で出産を迎えた戸惑いの大きさがうかがえました。
3人が口をそろえたのは、「産前からドナーミルクの存在を知っていれば…」という言葉です。言葉を知らなかったがために、使用をためらったというママたちの経験談からは、一刻も早くドナーミルクの普及が進んでほしいと願わずにいられません。何よりも、低体重で生まれながらも、画面越しに伝わってくる子どもたちの元気な姿に励まされた座談会となりました。
※写真はすべてピジョン提供