7月13日にArmv9 Dayがオンラインで開催された。このArmv9 Dayの最初の基調講演でスピーチされたBruno Putman氏、実は2020年12月に日本法人であるアームに赴任されたばかりである。肩書はVice President, Salesであり、現社長である内海弦氏に次ぐ、アームのNo.2のポジションとなる。ちなみに前職はオースチンで、Sr. Director、Business Planning and Operationsという肩書である。COVID-19の影響もあってなかなかお目にかかる機会が無かったのだが、実は4月になって、ようやくお目に掛かる機会が出来たので、ちょっとお話を伺ってみた(その記事が7月後半に掲載されたのは、ひとえに筆者の責任である)。

  • Bruno Putman氏

    Photo01:2020年12月に日本法人であるアームに赴任されたBruno Putman氏。肩書はVice President, Sales (2021年4月に撮影)

-:そもそもまた何で困難な時期に日本にいらしたんですか?

Bruno Putman氏:(以下、省略)最初に話があったのは2020年8月だったが、ビザが下りたのが10月となり、日本に来れるようになったのが12月中旬だった。日本に来た直後に渡航禁止が出て、非常に幸運だったと思っているよ(笑)。

-:その日本でのあなたの役割をまず説明していただけますか?

基本的には営業だ。アームの営業としての活動になる。私に求められている役割は大きく3つある。1つ目は営業そのものの活動で、日本の営業活動はすべて私がレポートを受け取る事になり、個々の営業活動を統括することになる。2つ目はエコシステムを拡大すること。特に4つのフォーカスエリアのそれぞれについて、Silicon Providerのパートナーを増やす事だ。我々はメジャーOEMやTier 1と話をしており、パートナーの戦略に合わせたチームを構成して、パートナーからの情報やフィードバックを得て、それを製品チームにレポートするという作業がある。日本には大きなOEM、例えば東芝やトヨタやパナソニックなど、そういった企業が多数あるので、こうしたOEMからの情報や要望をきちんと汲み上げるのは重要な任務だ。3つ目は、いわば文化の交流だ。私自身は長年、営業とビジネスオペレーションの両方に携わってきた。そのため、ここでちょっとした相互作用が働くことになる。私が持っている欧米の知識を日本に持ち込むことができるからだ。

日本でも国際的な企業との取引が増えてきているので、私の知識を日本の顧客に伝えるのは良いことだと思っている。逆に私自身にも、色々な収穫がある。日本語を学び、ネットワークを広げ、多くの日本のエグゼクティブに会うことが出来る。日本でのビジネスの進め方も学ぶことができる。そう、これは私がよりよいリーダーになるための助けにもなっている。

私はベルギーで生まれ、カリフォルニア、マサチューセッツ、ケンブリッジ、イギリス、深圳、上海。そして、テキサスと移り住んできたが、この経験は素晴らしい事だとおもっている。私自身だけでなく家族にとっても、米国の外に出ていろいろな人と触れ合うことはとても大切なことだと思っている。そう、より多くの経験をすれば、より良い人間になれる。だから、14歳になった息子にもそれを与えたいと思った。個人的には、これはとても良いことだと思っている。こうしたことの組み合わせだ。これはもちろん自分自身のためでなく、アームのためにもなると思っている。

-:あなたの非欧州のキャリアは中国で培われてきたと思うのですが、なぜ中国に戻らなかったのでしょう?中国も日本も同じAPACエリアですが?

確かに同じ(APACエリア)だが、文化は異なる。ビジネスの進め方もだ。だから両方に触れるのは大変貴重な機会だと思っている。私は日本、中国、ヨーロッパ、米国と大きな地域をすべて回った。これは本当に良かったと思っている。

-:ところでもう1つ確認です。あなたはこれまでオースチンでBusiness Operationsをされてましたが、今回は兼任のままの赴任ですか? それともBusiness Operationから日本のSalesに切り替わった?

完全に切り替わった。米国では当初セールスだったが、そのあとBusiness Operationに移り、自動車やIoTのマーケットでのBusiness Planningを担当していた。(2020年の)12月までこれをやっていて、それから日本に移ってきたわけだ。

-:日本でもIoTや自動車産業がターゲットですか?

もちろん私にとって大きなターゲットだ。ご存じの通り、自動車においてはIVIやADAS、自動運転など、色々な変革が行われている最中だ。そして日本においては、自動車産業に関わるメーカーが多数存在する。これは完璧な組み合わせになると思わないか? 今、自動車産業は高性能なプロセッサやML(Machine Learning)用プロセッサを欲している。こうしたものをSystem Readyで組み合わせることで、容易かつスムーズに(ソリューションが提供)できる。自動車産業向けには完璧なソリューションだと思う。

IoTにしても、2つの側面がある。つまり産業機器とファクトリーオートメーション(FA)だ。日本では大規模なコングロマリットがこのマーケットに存在している。現在、ここにも問題(つまりまだ十分に自動化されていない)がある。ただ繰り返しになるが、日本企業は優れた知識と賢明さをもって、この問題にあたっており、いずれは自動化や機械学習と結び付ける形で産業用オートメーションを広範に利用できるようになると思っている。その際には、我々のローエンドのCortex-MからハイエンドのCortex-Aまでの幅広い製品ラインナップが利用される事になるだろう。これは素晴らしいことだし、それを実現するために私はここにいるわけだ。

-:ちょっと確認させてください。それは要するに、日本で言えば日立製作所や安川電機、オムロンといったPLCベンダーをターゲットにしているという話で良いでしょうか? こうしたベンダーは現在は独自プロセッサだったり、あるいはx86をベースにPLCを構築しているわけですが?

明確にしておけば、我々は規模の大きなシリコンプロバイダー、つまり半導体ベンダーをターゲットにしている。それとは別に、我々は自動車分野ならトヨタ自動車やデンソーといったメーカーにも目を向けている。これはIoTについても同じことであって、IoTマーケット全体をターゲットにしている。だからこそ我々はそれなりの規模のチームを抱えている訳だ。

-:あなたの目から見て日本というマーケットはどうでしょう? 自動車とIoTは判りましたが、そのほかは? 確かに自動車は自動車メーカーが沢山ありますし、ご指摘の通りIoTも産業機器分野にビッグプレイヤーがまだ沢山あります。では、その他は?

先ほども言ったが、例えばIoTにしても、産業機器やFAは、本来は非常に大きなシステムだと思う。そして大きいが故に、解決すべき問題もまた非常に大きい。なので企業が過去に構築してきた大規模システムの様に、ヒエラルキーをつけてやる必要があると思う。ただ、日本は過去にそうした大規模システムの開発にまつわる問題をうまく解決してきた。それはそういう調整能力に優れているからだと思っている。

こうした点は日本が有利な立場にある点だと思う。例えばHPCで、富士通は大きな成功を収めたのは明らかだし、その将来もしかるべきだと思う。先般、政府の資金で5Gや6Gをどう進めるかについて、政府から多くの意見が出された。日本の産業界はこういったソリューションを提供するのによいポジションに居ると私は考えている。だからこそ、我々は高性能な製品を提供し、そのお手伝いをしたいと思う。

-:その視点はあなたの視点だと思うのですが、ArmのHQは日本をどう見ているのでしょう? 同じと考えていいのでしょうか?

Armにとって日本は常に重要な理由がある。ここはいわばArmの前腕であって、だからこんな大きなオフィスを構え、かなりの数の人々が働いているが、それでももっとこれを拡大したいと思っている。我々はいくつかのOEM企業と距離を縮めるとともに、その関係を拡げつつある。だからこそ私は日本に来たわけだ。

-:例えば白物家電のメーカーとかだと、もう自身でASICを起こすところはほとんど無くなっています。ほとんどのメーカーは、例えば中国のODMなどを利用して製品を作っているわけですが、こうしたメーカーはすでにArmの顧客とは呼べないですよね?

その通りではあるが、彼らはパートナーだ。例えば私がトヨタと深く対話してゆく中で、トヨタは「ウチ(Arm)の製品でこんな事が出来るんだ」と判断してくれるわけだ。こうした要望は、トヨタからODMパートナーに対して伝えられることになる。これは製品サイクルに対しての良いインプットになるわけだ。

またArmとしては中国のベンダーに何を求めるべきか、を判断できる材料になるわけだ。私にとっては直接(顧客からの)売り上げが立つわけではないが、この情報は非常に有益である。だからこそ、売り上げとは無関係なチームを構築した訳だ。このチームは顧客とパートナーシップを築き、良好なコミュニケーションを維持する必要がある。このチームの評価は売り上げではなく、どれだけ顧客とハイレベルのコミュニケーションを維持しているか、に掛かっている。

-:その日本マーケット、これまでは内海さん(内海弦氏:アームの代表取締役社長)が率いてこられ、ビジネス上でも成功してきたと思うのですが、あなたが派遣された、ということはつまりArm本社からすると内海さんのビジネス上の成功は十分ではなかったと判断したということでしょうか?

それは正しい認識ではない。彼は素晴らしい仕事をしてくれている。先に自己紹介の中でも述べたが、私の仕事は「良いものをここに持ってくる」という、いわば異種混合の様なものだ。

私がこれまで学んだところでは、常にチームに異なる視点をもたらし、それに応じて新しいポイントに焦点を当てなおそうとしていた。もちろん現在の(アームの)チームに何か問題があるという訳ではないが、常にチームがカバーする範囲を広げつつ、方向性をすこしずつ変えてゆこう、と考えている。

これはアーム全体で起きていることであり、我々にはそうした変革が必要だと思っている。我々は少数のシリコンプロバイダーにだけ焦点を当てていてはいけない。それでは視野が非常に狭くなってしまう。もっと視野を広げ、現在ターゲットとしているものから、さらに多くのフィードバックを得る必要がある。

これはIoTと自動車だけの話ではない。HPCマーケットと、インフラストラクチャーのマーケットもそうだ。特に5Gや6Gの話が出てくる中で、こうしたものを無視することはできない。

-:次にもう少し細かい話を。今年Armv9が投入されますが、これはあなたのビジネスにどの程度の影響を与えるのでしょう?

つまりArmv9製品の発売を開始するのか? という質問であればYesであり、もちろん発売され次第Armv8とArmv9の製品群を用意し、お客様に何がベストかを考えて提供することになると思う。

ここ2年、新型コロナの影響もあって、性能要件やセキュリティ要件はますます重要化しており、しかもそれを出来るだけ早く提供することが求められている。Armv9はAI性能とかDSP性能、セキュリティ機能などを当初から搭載しているので、こうしたニーズに応えることが出来る。もちろんすべてのデマンドがすぐにArmv9にシフトするかどうかはわからないが、大きなニーズがあるだろうと思っている。最初の製品はCortex-Aベースになるだろうが、同様のデマンドはCortex-MやCortex-Rにもあるし、さらに言えばNPUへのニーズも高い。私としては、まずはArmv9をいち早く手に入れたい、という顧客にまずは提供してゆくことになるかと思う。

-:もうすでに顧客とArmv9についてはお話されましたか?

Armv9のプレスリリースの中にCutomer Qotesが入っている。もちろん顧客にはすでにブリーフィングを行っているので、Armv9の事は知ってもらっているということになる。

-:反応はどうでしたか?

すこぶる良かった。彼らはより高いセキュリティ、より高い演算性能とより高いAI性能を欲している。多分(Armv9)は今後10年のエコシステムを牽引してゆくと思う。

-:その3つ、つまりパフォーマンス、AI性能、セキュリティのどれが一番プライオリティが高い要求ですか?

いい質問だ。これは顧客による、としか言いようがない。ある顧客はセキュリティ優先だろうし、別の顧客はとにかくパフォーマンス優先だったりする。それは当然顧客のビジネスに密接に関係している話になる。

-:Armv9はまずNeoverse向けになるかと思いますが、そんなに多くの顧客がいますか?

Neoverseは主にクラウドプロバイダー向けの製品になる。ただ当然クライアント向けのCortex-Aや自動車向けのCortex-R、IoT向けのCortex-Mについても(Armv9に期待する)デマンドは存在する。広範な業界でArmv9は待ち望まれてるんだ。

-:そのクライアント向け、ということはCortex-Aという事になるんですが、これは間もなく登場する?(*1)

多分数か月以内にアナウンスがあると思う。

*1:2021年5月25日にCortex-A510/A710などが発表された

-:あと自動車業界もやはりArmv9ベース製品を待ち望んでいる?

自動車業界では性能が最優先だ。

-:それは要するにAE(Automotive Enhancement)版のCortex-A?

その通りだ。

-:その自動車業界ですが、例えばECUのマーケットは、10年前はPowerPCその他の独自アーキテクチャが広く利用されていました。でも昨今はすべてCortex-Rに置き換わった。IVIあるいはInfortainmentはすでにCortex-Aが広範に利用されています。ADASはAI性能が必要なのでまたちょっと違うストーリーになっていますが、これを除くとほぼ自動車業界を抑えることが出来ていると思うのですが、次はどうなるのでしょう? もうすでにArmは80~90%の自動車向けプロセッサアーキテクチャを抑えていますよね?

現在の自動車業界、あるいは自動車向けチップセットベンダーから寄せられているニーズは性能であるが、それ以外にも色々ある。多分間もなくAI性能がより必要になるし、より高いグラフィック性能などもある。私は正確なマーケットシェアの数字は抑えていないが、それなりのシェアは抑えている。そして重要なのは、そうしたチップの価値をより高めたいという事だ。我々は新しいGPUコアをさらに入れたいし、NPUもそこに追加したい。あるいは今使われているものより新しいCPUコアを入れていきたい。今は4コア製品が入っているが、次は16コアになるかもしれない。

我々は単にマーケットシェアを追うわけではなく、成長してゆきたいと考えている。仮に(マーケットシェアが)同じであっても、マーケット全体が大きくなれば、それだけ(取り分が)増えることになる。

-:それは判りますが、そういった高性能化は主にプロセス微細化によるところも大きいのでは? 今は自動車向けの最先端品は7nmプロセスで製造されていますが、次世代は5nm、その次は4nmとか3nmになりますよね? そうした微細化が自動車向けの原動力になっているのではないですか?

確かに微細化は性能改善につながる部分もある。トランジスタ数を増やせることが大きい。例えば自動運転がLevel 2からLevel 5に向けて進化してゆく際に、(そのチップセットで利用される)プロセスはどんどん微細化され(その分性能が上が)る。ただ、それだけでは(L5の処理には)十分ではない。(そのチップセットには)さらに多くのAI処理能力や、より高い処理性能が必要になる。だからこそ、我々はArmv9が必要だと思っている。それも(1つではなく)沢山のArmv9コアが必要になるだろう。

だから、仮にマーケットシェアが変わらないままだとしても、チップセットはより高機能になってゆくし、それは我々のIPがさらに沢山チップセットの中に入ってゆくという意味でもある。

-:つまり、あなたの自動車業界向けの目標は、シェアを落とすことなく、より高い性能のIPを使ってもらえるようにすること、ということですね?

いやいや、もちろんマーケットシェアも欲しいよ。そして、もしマーケットシェアをさらに取れれば、それだけ多くのIPが使われることになるわけだ。だから両方だ。2019年の時点で我々はIVIとADASで75%のマーケットシェアを取っている(Photo02)が、このマーケットは今後さらに拡大する。そこで、マーケットシェアをさらに拡大したいと思っているわけだ。

  • Arm

    拡大する市場で存在感を高めることで、さらなる成長の機会を得ることができるようになる (資料提供:Arm)

-:次にIoTマーケットの話を。EmbeddedでArmは90%のマーケットシェアとなっていますが(Photo03)、これは32bit MCUの話ですよね。実は10年前に、Armの方に「16bitは?」とお伺いしたら「やらない」と。ローエンドの32bit MCUは16bitと同じコストで、より低い消費電力と高い性能を実現できる、という話でした。で、10年たってみると、まだ世間には16bit MCUがたっぷり存在するのですが、どう思われます?

私はその分野の専門家という訳ではないのだが、我々はMCUについてはパートナーと協力して開発を行っており、そのパートナーが32bitを選ぶのであれば、32bitが良いということになる。正直、16bitが良い理由というのは想像できないのだが、でももし16bitを必要とするアプリケーションがあり、そのほうが良いというのであれば、そこに任せたいと思う。

  • Arm

    Embedded、つまり組み込みの市場は、32ビット以外のマイコンもまだまだ健在で、そこの置き換えなどもあり、成長の余地が残されている (資料提供:Arm)

-:もう1つ、RISC-Vについてどう思われます? 特に中国において、RISC-VベースのMCUは急激に増えており、ArmのCortex-M0やM0+、さらにCortex-M23などと競合しはじめています。これについてどう思われますか?

確かにRISC-VはArmにとって明確に競合関係にある。この結果として市場は、2種類のアーキテクチャを選ぶ事が出来るようになった訳だ。もちろん我々としては選択の結果としてArmのアーキテクチャを選んでほしいし、そのためにRISC-Vよりも優れたロードマップを開発しようとしている。また、より簡単に導入できるための新しいビジネスモデルも検討している。Flexible Accessはその一例だ。製品ロードマップを示すとともにエコシステムを構築し、魅力的なソリューションを提供する。これらを組み合わせることで柔軟なビジネスモデルを実現し、より競争力を高めてゆきたいと思っている。

ただあなたが言うように、確かにRISC-Vは存在するし、そして勢力を増している。だからこそ、我々もやるべきことをやっている。新しいロードマップに向けて投資をし、Armv9の充実に向けて努力し、AI命令をCortex-Mコアにも追加するといった事を行っている。これからもこうした投資を続け、最高のロードマップを提示してゆきたいし、これにFlexible Accessの様な新しいビジネスモデルを組み合わせることで、顧客にRISC-VではなくArmのコアを選んでもらえるように努力してゆきたい。

-:そのFlexible Accessですが日本ではどんな感じでしょう?

1年半前にFlexible Accessを日本に導入した時、それがうまくいくかどうかは正直自信がなかった。現在は、非常に広範なお客様がこれを好んでおられる。年額費用さえ払えば、多数の良いIPに無償でアクセスが出来、それを利用して開発を始められるからだ。

これは日本だけの話ではなく、世界中どこのお客様も同じだ。実は前職の時に私のチームがこれを(米国で)始め、大成功を収めることが出来た。過去12か月、Flexible Accessの動向は常にチェックしているが、完璧な形で広まっている。Flexible Accessは急速に普及している。

-:2020年にArmは韓国政府とFlexible Accessに関する契約を結びましたが、日本ではどうでしょう?

これに関しては私のチームにも「韓国と同じことを日本でも出来ないか?」と伝えた。同じことが出来るかどうかは判らないが、ご存じの通り日本は最近ハイテク産業への投資を増やしているし、幸い私もここ(日本)にいる。投資が増えているからこそ、我々は政府とどうやって一緒に協力できるかを検討している。もし(韓国と)同じように政府とパートナーシップを組めれば、素晴らしい事だと思う。

-:APACのほかの国はどうでしょう? 韓国が最初の例だったわけですが。

例えば台湾は非常にテクノロジーフォーカスの国だし、台湾でFlexible Accessは大成功している。ただ、政府とパートナーシップを結んだという意味で言えば今のところ韓国が唯一だ。

-:University Programはどうでしょう? ArmはFlexible Accessの以前からUniversity Programを実施していますが、これを日本の大学と結ぶ考えは?

これに関して私たちはもう少し努力する必要がある。もっと日本の大学とコミュニケーションを密にしないといけないだろう。

-:Licenseの話をもう1つ。20年前は日本にも沢山の半導体ベンダーがFoundry Businessを営んでおり、多くの企業が自身のASICを比較的低い初期コストで製造できていました。ですからArmの直接の顧客の数が、すごく多かった。これが10年前になると、Foundry Businessを営んでいる半導体ベンダーもグンと減り、また初期コストが上がったことでASICが作りにくくなりました。この時点で、顧客の数はずっと減ることになりました。今では初期コストが10億ドルのオーダーに達しており、自身でASICを作れる企業は自動車業界など非常に限られたところになっています。では自身でASICを作れない企業は? というと台湾や中国からASSPや汎用SoCを買って、それを利用しているわけです。さのためArmのエコシステムパートナーではあるのしょうが、Armの顧客という意味ではものすごく少なくなっていることになります、これをどう思われますか?

A:それはその通りで、SoCの開発はますます高コストになっている。ただ日本の観点からすると、最初の回答の繰り返しになるが、我々の日本での活動や教育によってArmの製品や能力を顧客に知ってもらい、それが顧客を通して中国や台湾のSoCベンダーへのリクエストという形で伝わる形になる。だからこそ、我々のチームの大半はOEMセールスに注力しつつけているわけだ。正確な意味ではArmの直接的な顧客ではないのだが、しかし彼らがArmのIPを搭載した製品を購入してくれることで、我々にはライセンス費やロイヤリティが得られることになる。なので我々は大手OEMだけでなく中小のOEMに対しても、Armの製品に関するノウハウを伝えようとしている。そうすれば(そうしたOEMは)SoCパートナーやシリコンパートナーに対して、自社のニーズに適したチップを開発する様に伝えることが出来るからだ。

-:その場合、日本の多くの開発者はArm向けにアプリケーションを開発したとしても、ライセンスなりロイヤリティなりは中国とか台湾からしか入らないと思うのですが、それでいいのですか?

それで問題はない。我々は大きな1つの会社だからだ。もちろん私はすべてのリージョンがうまくいくことを願っているし、そしてアームは今のところうまくいっている。

日本には多くの自動車メーカーや産業機器メーカーがあるし、忘れてはいけないが富士通の富岳は大成功を収めた。確かに売り上げという意味ではほかのリージョンで立っており、これはこれでもちろん成功ではあるのだが、それは同時にアームも成功を収めたということになる。だからこそ我々のチームは、トヨタや東芝など、多くの企業と共に仕事を出来るわけだ。これにより、さらに市場シェアが高まる。さらに例えばArmv9を採用してくれればさらに成功という訳だ。

-:次に先ほどの話にちょっと戻りますが、昨今の7nmとか5nmのプロセスだと初期コストが高くなりすぎて、もうASIC製造をあきらめてしまった企業も少なくありません。そうした中には、ASSPなり汎用SoCを購入する以外にFPGAを使うところも増えてきました。こうしたトレンドはどう思われますか?

思うに、すごく幅が広いレンジ(のプロセス)が対象になる。確かにクラウド事業者とかスマートフォンなどは、今後5nmから3nmに移行するだろう。その一方で、まだ28nmとかあるいはもっと古い、レガシーなプロセスを使うユーザーも確実に存在するし、そうした顧客にレガシーなプロセスを提供するファウンダリも存在する。すべてのユーザーが3nmプロセスを必要としているわけではない。そうしたプロセスを利用して、非常に有益なASICを起こすユーザーも確実に存在する。もちろん資金を集めて最先端プロセスを使うユーザーもいるし、FPGAを使うユーザーもいる。

-:5Gの基地局やADASが先端プロセスでASICを作るのは判ります。コンシューマ向けの、例えばスマートフォン向けSoCも先端プロセスですが、そうしたメーカーは今日本にはありません。で、その他のコンシューマ機器を作るメーカーは先端ではなく、28nmとか40nmといった、比較的古いMatureなプロセスを使う、と?

まだそうした古いノードでも大きなマーケットが存在する。みんながみんな、3GHzで動く3nmのプロセスで製造されたロジックを必要としているわけではない。どうして必要としないプロセスにコストをかけようと思う?

-:で、あなたは先端プロセス側とMatureプロセス側、どちらの顧客がターゲットなんでしょう?

私のターゲットは日本全部だ。だから日本の半導体メーカーで言えばルネサス エレクトロニクスやソシオネクストなど、自動車業界でいえばトヨタやデンソーなど、あともちろん富士通の富岳など、そうした先端プロセスを使う顧客はもちろんターゲットだし、その一方でそうした最新プロセスを使わない顧客もターゲットだ。私は顧客がどのプロセスを使いたいかは問わない。顧客が利用したいプロセスに最大限に合わせてテクノロジーを提供することだ。

-:ところであなたは2020年12月に日本にいらっしゃったわけですが、どの程度日本で仕事をなさるのでしょう?

18か月から2年の間を予定している。

-:随分短くないですか?

いい質問だ。最初の期間は、私の知識をアームの人々に移転するとともに、何人かにトレーニングを施すことであって、アームを西洋人が率いるということは目的ではない。最終的にはアームの人々の才能を伸ばしてから、戻る予定だ。別にアームのNo.1になるつもりはない。

-:戻ってからは何を?

まだ決まっていないが、多分違う職種になるかと思う。

この4か月間は非常に素晴らしい時間を過ごすことが出来た。日本は素晴らしい国だし、家族もここでの生活にとても満足している。人々はとてもフレンドリーだし、食べ物も美味しい、そして歴史も素晴らしい。

-:しかしタイミング的には非常に悪かったような……

そう、ちょっと悪かったのは事実だ。しかし、米国のように長い間、すべてが封鎖されていた国と比べれば、日本はかなり良い。日本では人々はオフィスにやってくるが、米国では誰もオフィスにはいかない。レストランは夜8時に閉まるけど、それでも営業はしている。だから、世界の他の国に比べると日本はずっと良いと思う。

-:これまであなたが相手をされてきた米国や中国の顧客と比べて、日本の顧客はどう思われますか?

良い質問だ。先程も説明した様に、このCOVID-19の時代に、巧みな自律性でセキュリティの強化を推進し、クラウドからIoTエンドポイントまでの複雑なシステムの大型化を推進していると私は考えている。

これは私の感覚だが、日本はそういう国だと思う。日本は自動車産業が盛んだし、特にFAでも強く、品質の面でも優れている。そうした意味で、非常に有利な立場にあると思う。HPCもそうだし、コンシューマーの分野でも、日本にはソニーや任天堂がある。デジタル化が進み、より多くのコンピュータが必要とされ、人々が家にこもり、より多くのことを求めるようになった今、これは大きなチャンスだと思う。Webのニュースサイトを開けば、毎日のように政府からの新しい投資の情報が掲載されている。私はあまり詳しくないが、政府は景気を刺激するために、多くの投資を行っているのが見ていて判る。ここ2、3年の間、日本にとっては良いことが山ほどあるだろう、と思う。これが私の意見だ。

-:逆にあなたの目から見て、日本の弱点は何だと思いますか?

まだ滞在期間が短すぎるので、それを語るにはまだ早いと思っている。もう少し時間が必要だ。1年後にまた来てくれ(笑)。