理化学研究所(理研)は7月13日、生殖寿命の初期、中期、後期にあたる雌マウス「卵母細胞」の全遺伝子発現(トランスクリプトーム)解析を行い、卵母細胞の老化に伴うトランスクリプトーム変化や、食餌制限(カロリー制限)により卵母細胞の老化が抑制される可能性を確認したと発表した。

同成果は、理研 生命機能科学センター 染色体分配研究チームの北島智也チームリーダー、同・三品達平基礎科学特別研究員、同・田畑菜峰ジュニアリサーチアソシエイト(研究当時)、同・個体パターニング研究チームの濱田博司チームリーダー、同・バイオインフォマティクス研究開発チームの二階堂愛チームリーダーらの研究チームによるもの。詳細は、英国解剖学会誌「Aging Cell」にオンライン掲載された。

卵子は、複数の段階を経て形成されることが知られているほか、卵子の染色体数異常の頻度は、女性の年齢とともに上昇することも知られている。染色体数異常を持つ卵子は受精しても多くの場合出産には至らないため、不妊、流産を引き起こすほか、出産に至ったとしても、染色体数異常によるダウン症などの先天性疾患の原因となることが分かっている。

卵子の染色体数異常は、その前駆細胞である卵母細胞における減数分裂の染色体分配にエラーが起こることでもたらされるが、年齢の上昇(=老化)がどのように卵母細胞に影響を与え、染色体分配エラーを引き起こすのかはよく分かっていなかったという。

老化は、さまざまな臓器の細胞に1つのゲノム、または特定の細胞・組織・器官で発現するすべての遺伝子の転写産物(RNA)であるトランスクリプトームに変化をもたらすことが知られており、その変化は細胞種によって異なる。

卵母細胞の老化に伴うトランスクリプトームの変化を調べた先行研究としては、これまで、老化マウスから集められた卵母細胞の集団に対するトランスクリプトーム解析が報告されているが、この手法では、老化によって機能低下した卵母細胞が集団の中に少数個あったとしても、それらは集団全体の平均像に埋もれてしまい、老化細胞の正確な特徴を捉えることは困難であり、老化した卵母細胞のトランスクリプトームは、結局のところ明らかになっていなかったという。

一方で、さまざまな実験動物モデルにおいて、カロリー制限(食餌制限)により個体レベルでの老化が抑えられることも報告されており、マウスにおいても食餌制限が老化に伴う卵子の染色体数異常の増加を抑えることが報告されていた。しかし、この効果には不明な点が多く、卵母細胞の老化現象に紐付いた食餌制限の作用機序の解明と検証が求められていたという。

そこで研究チームは、複数のライフステージ(生殖寿命の初期、中期、後期)にある老化マウスから卵母細胞を1つずつサンプリングするのと同時に、卵母細胞を取り囲む母胎側の体細胞である「卵丘細胞」が卵母細胞との対応付けを行った形でサンプリングを実施したほか、成体になってから食餌制限させた老化マウスからも同様のサンプリングを実施。これらにより、個体のライフステージの遷移における卵母細胞のトランスクリプトーム変化を卵丘細胞と比較しながら解析し、食餌制限の影響を見出すことに挑んだという。

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    研究の概要図。生殖寿命の初期(2月齢)、中期(9月齢)、後期(14月齢)におけるライフステージの異なるそれぞれのマウスの卵巣から卵母細胞と卵丘細胞が取り出され、RamDA-seqによるトランスクリプトーム解析、および遺伝子発現プロファイリングが行われた (出所:理研Webサイト)

解析の結果、卵母細胞は生殖寿命の後期において、大規模なトランスクリプトーム変化を示すことが判明したが、卵丘細胞は初期から中期にかけて徐々にトランスクリプトーム変化が示されたとのことで、卵母細胞とそれを取り囲む卵丘細胞の間で、老化に伴う機能低下は同期していないことが考えられるとする。

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    卵母細胞、卵丘細胞から得た遺伝子発現プロファイルの主成分解析。卵母細胞と卵丘細胞の1細胞トランスクリプトーム解析により得られた遺伝子発現プロファイルが、統計的手法(主成分解析)により2つの変数(主成分1、主成分2)の2次元グラフで表現されたもの。点はそれぞれ、生殖寿命初期(青)、中期(緑)、後期(赤)の細胞を指している。左の卵母細胞では、主成分1がライフステージ遷移に伴うトランスクリプトーム変化に大きく寄与しており、主成分1の変化が後期になってから顕著になることを見て取ることが可能だ(下グラフ)。一方、卵丘細胞では、老化とともに変化する主成分2が生殖寿命の中期ですでに変化が見られる(左グラフ) (出所:理研Webサイト)

また、食事制限が卵母細胞のトランスクリプトームに及ぼす影響の調査として、摂取カロリーを通常の40%に制限された生殖寿命中期のマウスから卵母細胞を採取し、トランスクリプトーム解析を実施したところ、食事制限されたマウスの卵母細胞では、通常飼育マウスの卵母細胞と比較して、3488遺伝子の発現が減少し、3630遺伝子の発現が上昇するという大規模なトランスクリプトーム変化が生じていることが確認されたという。

詳細な解析の結果、食餌制限は、老化に伴うトランスクリプトーム変化の傾向を抑える効果を持つことが確認されたほか、食餌制限により発現が上昇する遺伝子には細胞分裂時の染色体分配に関与するものが多く含まれていることも確認されたとしている。

そこで、老化とともに卵母細胞の染色体上で減少することが知られているタンパク質複合体「コヒーシン」が調べられたところ、食餌制限によりコヒーシンの老化依存的な減少が部分的に抑えられていることも判明したとする。

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    食餌制限による老化依存的なコヒーシンの減少の抑制。減数第一分裂中期の卵母細胞のコヒーシンの蛍光抗体染色像。上段はコヒーシン(Rec8タンパク質を標識、緑)と染色体(DNAを標識、紫)の二重染色像。コヒーシンは相同染色体間の結合を維持する機能を持つ。中段はコヒーシンのみの蛍光シグナルが示されており、下段はコヒーシンのみの蛍光シグナル強度が疑似カラーで比較されたもの。食事制限をしない個体由来の卵母細胞では、生殖寿命の初期から中期にかけてコヒーシンの減少が見られるが、食事制限によりコヒーシンの減少が抑制されたことが見てわかる。スケールバーは10μm (出所:理研Webサイト)

これらの結果は、食餌制限が卵母細胞における老化依存的な染色体分配エラーに関与する要因を改善することを示唆するものだと研究チームでは説明するが、これまで報告されていた食餌制限による卵子の染色体数異常の抑制を説明し得るものであるかについては、さらなる検証が必要だともしている。

なお、研究チームでは今回の研究の成果から、老化により著しく機能低下した卵母細胞を予測するためには、その周囲の卵丘細胞をプロファイリングするなどの間接的な手法よりも、卵母細胞を生きたまま直接的に調べる手法の開発が有効であると考えられるとしている。