九州工業大学(九工大)とフローディアの両者は5月13日、超低消費電力でAI推論が可能な次世代ハードウェアである「不揮発性アナログ・コンピューティング・イン・メモリ」(nvACiM)で必須となる、AIモデルパラメータの高精度な書き分け・長時間保持技術を開発したと共同で発表した。

同成果は、九工大 研究本部 ニューロモルフィックAIハードウェア研究センターの森江隆特別教授、フローディア、NECの共同研究チームによるもの。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「ニューロモルフィックダイナミクスに基づく超低電力エッジAIチップの研究開発とその応用展開」の成果の一部として、詳細は5月10~13日にベルギー・ルーベン市で開催されたIEEE主催の半導体メモリ技術その関連システムを扱う国際会議「IMW 2026」にて発表された。

エッジAI拡大に不可欠な“低消費電力”実現に光

現在のAI技術におけるGPUを用いた推論はデジタル計算であるため、性能向上にはプロセッサの演算速度の高速化に加え、演算に用いる入力データと特徴を識別するパラメータ(重み)を、プロセッサとメモリの間で逐次、高速でやり取りする必要があり、大きな電力を消費することが課題とされてきた。

不揮発性アナログ・コンピューティング・イン・メモリ(nvACiM)技術は、あらかじめ複数のメモリ素子に任意のパラメータを設定し、並列にアナログデータを入力して積和演算を行うことで、超低電力なAI処理が可能となる仕組みだ。しかし、これまでnvACiM向けに検討されてきた技術では、メモリ素子間の書き込み速度のばらつきが大きく、個々のメモリ素子に設定できるパラメータのレベル数(ビット精度)が限られるという課題を抱えていた。

  • 不揮発性アナログ・コンピューティング・イン・メモリの構成と計算

    不揮発性アナログ・コンピューティング・イン・メモリの構成と計算。(出所:フローディアWebサイト)

また、経時的に設定したパラメータの値が変化してしまうという問題もあり、これらが演算精度の低下を招いていた。このため、各メモリ素子に多値パラメータを設定する高精度な書き分け技術とその長時間保持技術の開発が強く望まれていた。そこで研究チームは今回、nvACiMとして、外部ファウンダリ(受託製造専門の工場)で認証済みの、フローディアが持つSONOS型フラッシュメモリ技術を適用したという。

SONOS型メモリは、シリコン窒化膜中に不連続に存在するトラップ(電子捕獲準位)に電子を蓄積することで情報の記憶を行う。このため、原理的に高精度なパラメータ値を設定することが可能である。また、メモリ素子間の書き込み速度のばらつきが小さく、パラメータ値のばらつきを抑制しやすいことに加え、蓄積した電子の保持特性が高いため、設定したパラメータ値を長時間維持しやすいことも特徴とされる。しかし先行研究では、設定できるパラメータ精度が8値(3bit精度)にとどまってることが大きな課題となっていた。

今回の研究では、SONOS型メモリを用いたnvACiMで高いビット精度を実現するため、書き込みを複数ステップに分け、それぞれのステップでパラメータ値に応じた最適な電圧を用いて書き込みと検証を繰り返し、パラメータのレベル数を倍々に増やしていく「iterative multi-step programming sequence法」が開発された。シミュレーションにより、4~1024nAの範囲で256レベル(8bit精度)のパラメータ電流が設定できることが実証された。

SONOS型メモリは、他のメモリに比べて優れた電荷保持特性を有するものの、nvACiMではパラメータレベル間の電流差が小さいため、さらなる特性向上が必要とされた。今回は、電荷蓄積部の形成工程に特殊な熱処理を追加してバンド構造を工夫することで、書き込み電圧の上昇を抑えつつ、電子の漏洩を抑制する「band control thermal treatment技術」が開発された。

また、SONOS型メモリではシリコン窒化膜中の浅いトラップに蓄積した電子が離脱するとパラメータ値が変化してしまうため、パラメータ書き分けシーケンス中に浅いトラップに蓄積した電子を除去する「shallow trap charge reduction process技術」が導入された。その結果、パラメータの長時間保持が実現されたとした。

パラメータの高精度書き分けおよび長時間保持技術をテストチップに実装し、その効果の検証の結果、2~64nA間に2nA刻みで32値(5ビット精度)のパラメータが設定され、各パラメータ値の分布の標準偏差は目標に対し0.78%となった。これらの値は、従来の浮遊ゲート型フラッシュメモリで報告されている3~100nA間での3nA刻み書き分け、標準偏差1.3%を凌ぐもので、極低消費電力でのAI推論の実現につながるという。さらに、高精度な積和演算が実現可能なことも確認されたとした。

  • 2nA刻み32値パラメータの書き分け結果

    2nA刻み32値パラメータの書き分け結果。(出所:フローディアWebサイト)

AIのエッジ応用では推論を行う半導体メモリの低電力化が急務となっている。今回開発された技術により、nvACiMの演算精度が向上することでその応用が広がり、ロボットやドローン、自動運転車といったエッジAI応用機器の高性能化や省エネ、小型化への貢献が期待されるとしている。