京都大学(京大)、宮崎大学、北海道大学(北大)、国立感染症研究所の4者は、一部の生体内タンパク質分解酵素に対する生理的阻害物質「HAI-2」が、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染抑制因子であることを発見したと発表した。

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    今回の研究成果の概要図。左は感染成立を、右は感染不成立の概要図だ。右の図では、青く描かれている生体内タンパク質分解酵素のTMPRSS2を、黄緑で描かれている生理的阻害活性因子HAI-2が阻害。それによってSタンパク質は開裂しないため、SARS-CoV-2は細胞内へと侵入できないことになる。カギをカギ穴に差し込んでも、カギを回せないようにするイメージだ (出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、国立感染症研究所の竹田誠部長、同・松山州徳室長、同・冨田有里子研究員、京大 ウイルス・再生医科学研究所の橋口隆生教授、宮崎大医学部の片岡寛章教授、北大大学院 薬学研究院の前仲勝実教授、同・福原秀雄准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、国際学術誌「Journal of Virology」にオンライン掲載された。

SARS-CoV-2は、表面上に数多く突き出ている「スパイクタンパク質」(Sタンパク質)を、ヒトの細胞の表面に発現する「アンジオテンシン転換酵素2」(ACE2)に結合することで、細胞内に侵入することが知られている。

ACE2に結合したSタンパク質は、さらに同じ膜上に存在する生体内タンパク質分解酵素「TMPRSS2」による切断(開裂)を受けることで活性化し、細胞膜との融合が促進されることで感染が成立する。このTMPRSS2を利用した細胞膜との融合は、これまで流行したSARS(2003年)やMERS(2013年)などのコロナウイルスも利用していることが分かっている。

生体内タンパク質分解酵素の活性は、通常、何らかのメカニズムで生理的な制御を受けていると考えられてきたが、TMPRSS2の生理的阻害活性因子や、その制御とSARS-CoV-2感染との関わりについてはよくわかっていなかったという。

そこで研究チームは今回、TMPRSS2と類似の生体内タンパク質分解酵素で、がん細胞の造腫瘍性や組織浸潤に重要な宿主プロテアーゼ「HGFA」の機能制御に重要な因子として知られる「マトリプターゼ」の生理的阻害活性因子「HAI-2(hepatocyte growthfactor activator inhibitor 2)」に着目して研究を進めたという。

これまでの先行研究から、HAI-2がTMPRSS2の生理的阻害活性因子でもある可能性が示唆されていたが、SARS-CoV-2感染に与える影響については、まったくわかっていなかったという。そこで今回の研究ではまず、ヒト細胞を用いてHAI-2タンパク質を大量に発現精製する系を構築。そうして発現・精製されたHAI-2を培養液へ入れた状態で、SARS-CoV-2を細胞に感染させ、感染の阻害が起こるかどうかが調べられた。その結果、添加したHAI-2の量に比例して、TMPRSS2を介した感染が阻害されることが明らかになったという。

さらに、siRNA法を用いて肺上皮細胞株のHAI-2の発現量を一時的に低下させ、SARS-CoV-2の増殖を調べたところ、「HAI-2ノックダウン細胞」では、検出されるウイルスゲノムコピー数が数十倍に上昇することが判明したとのことで、これらの結果から研究チームでは、HAI-2がTMPRSS2の機能制御を介してSARS-CoV-2の感染を制御する生理的活性物質である可能性が示唆されたとする。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンは世界各地で開発されているものの、ワクチンは治療薬ではないため、世界中で有効な治療薬の開発も進められている。その実現のためにも研究チームでは今後、SARS-CoV-2が効率よく感染するために必要なTMPRSS2とHAI-2の結合様式や作用機序の詳細な解析を進めていくことで、不明点の多いCOVID-19の病態解明と創薬ターゲット候補の作出へとつなげていきたいとしている。