農林水産省の公式YouTubeチャンネル『BUZZ MAFF(ばずまふ)』を知っていますか?新型コロナウイルスの影響で花の需要が低下したことを受けて作られた動画は、これまでに88万回再生されたという人気ぶり。
そのほかにも、大臣の会見を宮崎弁でアフレコしたり、日本酒ダンスを職員が踊ってみたり……省庁の“お堅い”イメージを打ち砕くような動画をこれまでに400本以上配信し、合計700万回以上の再生回数を誇ります。
今回は、霞ヶ関初の“官僚系YouTuber”として活動するBUZZ MAFFのメンバーに話を聞きました。
お話を聞いたのは……
大臣のひと声でYouTubeチャンネル開設へ
――YouTubeを始めた経緯について教えてください。
松本:私が広報室に配属されて、SNS担当になったのが2年前でした。当時広報室では、「農業に興味がない人にどうやって情報を届ければいいのか」という課題があったんです。すると、当時の江藤前農林水産大臣から、「若い人はYouTubeやInstagramを見ているみたいだから、やってみたら? 」という鶴のひと声がありました。それで、「日本の農山漁村のことを発信する」目的で、YouTube配信を始めることになったんです。
私自身これまで転勤で全国を回ってきた中で、地方には個性的な職員がとても多くて、「地方の人材は宝の山」だと思ってきました。彼らが、自分が好きなものを語れるチャンネルができたらおもしろいとは感じましたね。
――どのように運営を始めたんですか?
松本:その当時、ネットで「公務員 YouTuber」と検索したんですけど、組織として認められているYouTubeチャンネルは一つもヒットしなかったんです。YouTubeを始めるにあたり問題は山積みで、「前例がない、予算がない、仕組みがない」と周りからも言われました。
そこで、まずはマニュアルを作って、前例がなくても運営できるようにしました。また、予算については一通りの機材を本省でそろえて、地方でも調達してもらえるように、手配しました。そして、仕組み作りは秘書課の協力を得て「業務時間の2割まで動画制作にあててもいい」というルールを作ったんです。
――大きな改革ですね。動画配信をするメンバーはどうやって決めているんですか?
松本:動画配信を始めるときに、「人気のチャンネルになるためには、毎日継続することが大切」だと知り、実践しようと思いました。定期的な動画配信を組織として継続いくためには、3カ月ごとに区切ってメンバー募集をかければ、回せるのではないかと考えたのです。
そのように複数グループが参加することによって、『BUZZ MAFF』では2020年1月の立ち上げから1年3カ月で、400本以上の動画を配信しています。
――石澤さんと寺前さんは、どうして応募されたんですか?
石澤:私たちは、『なまらでっかい道』というグループで活動しています。私のメインの業務は、交付金の給付など事務仕事が中心なのですが、YouTubeでは自分の陽気な性格が活かせるかもしれないと思いました。それが農水省の広報活動として、農業のPRにつながるなら、ぜひ参加したいと思って応募しました。
寺前:私が所属している企画調整室では、事務所全体の取りまとめや調整を行っていて、企画調整室の若手職員の多くが動画作成メンバーに入っています。私たちは裏方としてコラボ先との調整などをしています。
石澤:若手メンバーにとっては、現場でしか聞けない生産者の声を聞けることが大きな糧になっていると感じますね。
■石澤さんと寺前さんが一押しの動画:【コラボ】北海道伊達市で新鮮野菜を収穫!!
ルールは「上司は口出ししない」こと
――企画の内容はどうやって決めているのですか?
松本:基本的には、1カ月前にYouTubeでの活動計画を出してもらっています。ただ企画内容については、国民に伝えるべき情報をきちんとした形で動画にするという前提で、「上司は口出ししない」というルールがあるんです。本来、省庁には決裁の順序があって、何人もの承認を経ないと決定されません。ただ、YouTubeはスピード感が大事なので、それを飛ばしてもいいことになっています。
たとえば、これまでに88万回再生された『花いっぱいプロジェクト』の動画は、考案からたった2日で配信されています。昨年3月、「新型コロナウイルスの影響で花が売れなくて花農家さんが困っている」ということを知った職員から企画が上がり、すぐに伝えるべき内容だと判断しました。企画内容と社会情勢をみながら、柔軟に対応しています。
■動画:花いっぱいプロジェクト
――2020年4月に江藤前大臣の記者会見を宮崎弁でアフレコした動画『大臣にアフレコしてみた。』も大きな反響を集めましたね。
松本:あの動画はかなり衝撃的だったようで、「大臣は怒っていない? 大丈夫? 」とよく聞かれます。実はあの動画は、「上司は口出ししない」というルールに基づいて、事前に大臣に見せずに配信しました。その後、『大臣に呼び出されたアフレコ男』という動画にもしましたが、江藤前大臣は「怒る意味がわからない、気にせずやって」と言ってくれましたね。
当時は初めての緊急事態宣言が出て、日本中に不安が蔓延していました。その時に、江藤前大臣が「買い物をするときの注意点」について会見を開いたのですが、「地元の方言でアフレコしたら、難しい会見の内容でも地元・宮崎のおじいちゃんに届くんじゃないか」と考えたメンバーが、動画を企画しました。今でもコメントがつき続けるような、長く親しまれる動画になったと思います。
■動画:大臣にアフレコしてみた。
予想を上回る高評価率や応援が励みに
――YouTubeの視聴者からは、どのような反応が寄せられていますか?
松本:YouTubeを始める前は炎上をおそれていたし、周りからも「絶対炎上するよ」と言われていました。私自身、不安で夜も眠れなかったほどでした。しかし、いざ配信してみると、動画の高評価率は平均95%を超えていて、寄せられるコメントも応援してくださる内容がほとんどだったんです。
時にネガティブコメントが入ることもありますが、そのコメントに対して、別の視聴者の方が「そんなことない、立派な活動だ」とか「農業に興味持てた、農水省が身近に感じられた」と擁護してくださることもあるんです。これは想定外のことで、双方向のコミュニケーションのありがたみを感じています。
――省内外からは、どのような声が寄せられていますか?
松本:YouTubeを始めてみると、「公務員YouTuber」のコンセプトが面白いと言っていただき、メディアに取り上げられることもありました。すると、各自治体からの問い合わせが殺到したんです。コロナ禍以降、YouTubeコンテンツを始めたいと考える自治体が多かったようです。これは想定外の反響でしたね。
――石澤さんたちは動画を配信する立場で、どういった反響を感じていますか?
石澤:事務所内で、声をかけられることが増えました。私は入省2年目でまだ知らない人が多いのですが、「動画いいね、がんばってね」と言われるなど、省内からの期待を感じると嬉しいですね。自分たちが作った動画が大好きだし、まるでわが子のような気持ちですね。
日本の農林水産業を世界へ
――YouTubeを始めてよかったと感じるのはどのような時ですか?
松本:実は、『ばずまふ』の再生回数トップ5の動画は、入省1~2年目の職員が作ったものなんです。日頃担当している業務だと、どうしても年齢に応じてということが多いのですが、それが逆転したことは、私たちにとっても考えさせられる出来事でした。私たちは体制を整えはしましたが、若手がこんなに頑張ってくれるとは思っていなかったので、喜びが大きいです。また、基本的には生産者とのやりとりが大きかった農水省が、実際に作物を口にしている消費者と動画を通して直接コミュニケーションが取れるということも大きな変化だと感じています。
石澤:生産者、事業者、現場の方と関係を築けたことは、自分の財産ですね。動画の制作は、やりがいあって楽しくて、ワクワクして取り組めます。担当業務以外のことも学ぶことができるので、これから取り組む仕事全般にも活かせると思います。また、若手でチームを組み、意見が食い違ったら話し合って、一つの目標に一緒に取り組んでいけることが、張り合いになっています。
寺前:今私が担当している業務は、生産者さんと触れ合う仕事ではないので、YouTubeを通じて直接やりとりをして、初めて知ることも多くあります。また、これまで接点がなかった人から連絡をいただいてコラボが実現するなど、人との出会いが本当に増えました。石澤と出会えたことも、よかったことですね(笑)。
――これからの目標や、伝えていきたいことはありますか?
松本:今チャンネル登録者数が6万人なんですけど、目標は10万人超えです! また、「日本の農林水産業を世界へ」という目標もあります。「食」はライフスタイル全般に関わるものなので、音楽やファッション、スポーツなどと掛け合わせて、世界に発信していきたいです。
――石澤さんと寺前さんはいかがですか?
石澤:突然ですが、今年の干支は何ですか?
――えっと、たしか……丑年ですね。
石澤:そう、今年は丑(牛)年! というわけで、酪農に携わる動画を出していきたいです。北海道はネタの宝庫で、北海道出身の私でも行ったことことがない場所もたくさんあります。各地を取材して回って発信することで、地域の活性化につなげられればと思っています! また、農業や酪農においては、担い手不足や労働力不足という問題があります。そういった問題についても、若い人にも魅力が伝わるよう、自分が実際に農体験をするような動画を作りたいです。
寺前:これまで『BUZZ MAFF』を1年間やってきましたが、自分たちが面白いと思ってやっていたら、視聴者にもそれが伝わると実感しています。コロナ禍でなかなか北海道を訪れられないと思うので、行った気持ちになっていただけるような動画を配信していきたいです。
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これまでの活動と今後の抱負についてたっぷりと語ってくださった3人ですが、取材を通じて、仲の良さそうな姿がとても印象的でした。「お堅い」イメージのある国家公務員でしたが、ある意味今もっとも先駆的なチャレンジを続けている、「柔らかい」頭脳をもった集団なのではないかと感じます。今後の『BUZZ MAFF』の活動にも、注目していきたいと思います!