角ハイボールなどの流行を作り、酒類業界をリードしてきたサントリースピリッツ。昨年はジャパニーズジン「翠 SUI」をヒットさせるなど、コロナ禍でもその勢いは止まらない。同社の魅力と原動力の源泉はどこにあるのだろうか。代表取締役社長の神田秀樹氏に伺った。

  • 代表取締役社長の神田秀樹氏にサントリースピリッツの魅力を聞いた

コロナ禍でも衰えぬサントリースピリッツの人気

サントリースピリッツは、「角瓶」や「山崎」を始めとしたウイスキーや「-196℃ ストロングゼロ」「こだわり酒場のレモンサワー」「ほろよい」といったRTD(Ready To Drink)など、蒸溜酒や各種アルコール・ノンアルコール飲料を製造販売する、日本を代表する酒造メーカー。ハイボールを市場に浸透させる、RTDの人気をけん引するなど、日本の酒類市場において多大な貢献を果たしてきた。昨年はジャパニーズジン「翠 SUI」を投入するなど、新たな需要創造にも積極的に取り組んでいる。

そんな同社を率いるのが神田秀樹氏。2020年1月に代表取締役社長に就任した。新型コロナウイルス流行という大きな変化の渦中に舵を取ることになった同氏に、自身のキャリアや仕事にかける思い、サントリースピリッツの戦略について聞いてきた。

人事畑からサントリースピリッツの社長へ

神田氏が、ホールディングス体制となる以前のサントリー株式会社に入社したのは1987年。同氏は入社のきっかけを「もちろんお酒も好きですが、なによりも『お酒を飲む"場"』が好きだったからだと思います」と笑顔で話す。

入社後は営業職として駆けずり回った神田氏だが、5年半ほどたったころ、本社の人事部へ異動。人事部課長や北陸支店の営業課長などを歴任したのち、2009年にサントリービア&スピリッツの北陸支店長に。さらに2011年にはサントリー酒類のスピリッツ事業部でウイスキー部長として活躍する。その後はホールディングスの人事部門に戻り、2016年に執行役員人事本部長に就任。次いで執行役員ヒューマンリソース本部長として2019年まで人事面で辣腕をふるい、サントリーホールディングスを支えてきた。そして2020年1月、現職であるサントリースピリッツ代表取締役社長に就任することになる。

「私がサントリースピリッツの社長になった理由には、もちろんウイスキー部長の経験もあるでしょう。それだけでなく、当社では部門を超える異動を積極的に行い、社員に様々なチャレンジと経験をさせる文化があるので、その一環でもあると思います」

  • 2020年1月にサントリースピリッツ代表取締役社長に就任した神田秀樹氏

サントリースピリッツの強みとコロナ禍の現状

神田氏から見たサントリースピリッツの強みとはなんだろうか。神田氏は「国内スピリッツメーカーのリーディングカンパニーである、という自負はありますね」と自信をうかがわせる。

「他の大手酒類メーカーさんの多くはビールづくりをベースとしていますが、我々のベースはスピリッツです。蒸溜、浸漬、貯蔵などの豊富なノウハウは我々にしかない強みだと思っています。スピリッツの分野で100年以上の歴史を持つ会社ですので、やはりその技術はどこにも負けません」

スピリッツで培ったノウハウをベースに、様々な酒類を展開する同社。もちろん家庭向けだけでなく、飲食店などへの提供も行っているが、日本はコロナ禍中にあり、緊急事態宣言を受けた外出自粛、営業時間短縮によって飲食業界は大きな打撃を受けている。そんな飲食店に酒類を卸すサントリーは現在、どのような状況にあるのだろうか。

「サントリーは『お酒を飲む場』に育ててもらった会社なので、やはり業務向け減少の影響は受けています。ですが、コロナ禍が落ち着けば飲食店さまに必ずお客さまは戻ってこられて復活すると思っていますし、我々もその応援をしていきたいと思っています。日本の飲食店が提供する料理やお酒のおいしさ、そしておもてなしは、世界に誇れる、後世に伝えていかねばならない文化だと考えているからです」

一方で「この1年を振り返り、家庭向けにも大きなチャンスが眠っていると感じました。その理由は大きくふたつあります」と続ける。

「まず、コロナ禍によって自宅でお酒を楽しむ方が増え、缶ものだけでなく瓶ものも伸長しました。また日本の気候が変わったこと、リフレッシュに対するニーズの高まりなどによって、7~8年前からソーダが非常に伸びています。ここに角ハイボールやレモンサワーで培った当社の強みが活かせるのではないかと考えています」

「もうひとつは、健康志向です。コロナ禍で家にいることが多くなり、健康への意識がより一段と高まっていると感じます。それに対して我々も新しいノンアルコール飲料などを展開し、お客さまの需要を満たしていきたいですね」

さらに、同社を代表する製品ジャンルであるウイスキーに関しても「この1年で見えたことがある」と述べる。

「コロナ禍になってから、容量の小さいハーフボトルのニーズが高まっています。若いお客様を中心に『新しいお酒にチャレンジしたいが、フルボトルを試すのはハードルが高い』といった意見もあり、そういった需要にマッチしたようです」

これを受け、サントリースピリッツはハーフボトルの提供に注力。2021年は「知多」「碧 (Ao)」など6種類を販売する予定だという。

  • 2021年に販売が予定されている6種類のハーフボトル

「食事に合う」を追求する理由とは

缶チューハイ「-196℃ ストロングゼロ」やジャパニーズジン「翠 SUI」など、サントリースピリッツの提供する酒類の中で、食事との相性を考えて商品開発されているものは多い。その原点は2008年の「角ハイボール」の流行にあるといえるだろう。それまで食事を終えた後に楽しむものだったウイスキーを、お店ならば1軒目、家ならば食事をしながら楽しめるものにした功績は大きい。食事に合わせることを重視した経緯はどんな点にあったのだろうか。

「やはり、人間が一番幸福を感じるのは、おいしいものを食べて、おいしいお酒を飲む時だと思います。お酒にとってのメインの場といえる食事のシーンに、ウイスキーを持ってきたかったんですね。『-196℃ ストロングゼロ』や『翠 SUI』で食事に合うことを謳っているのも同じ理由です」

サントリーの調査によると、家庭向けの7割は食事どきの消費なのだという。食事に合わせるお酒の追求は、サントリーのお酒が広く支持されるひとつの理由なのかもしれない。

この「食事に合う」をジンで実現したのが、同社が昨年3月に発売した「翠 SUI」だ。和素材を使用したことで、居酒屋の食事にも家庭の夕食にも合わせやすくなっているという。当初は年間3万ケースの販売を予定していたところ、実際には2020年末の段階で3倍を超える9万5000ケースを達成したそうだ。

  • 神田氏が「翠 SUI」と合わせておいしく感じたのは「餃子」で、鍋料理ともよく合うそう

「コロナ禍にもかかわらず、全国約2万4000店の飲食店さまにお取り扱いいただいて、大変な可能性を感じています。2021年はさらに倍の20万ケースを目標としております。角ハイボール、レモンサワーに続くこだわりとしてジンに賭けました。やはりこちらも『食事に合う』ことが人気の理由だと思いますが、『それはまだ流行っていない』というユニークなCMも受けたのかなと感じます」

続けて神田氏は、「翠 SUI」を「日本でしか作れないジン」と評価する。「翠 SUI」では、柚子、緑茶、生姜といった和素材を、ジン本来の味わいを形成するボタニカルと組み合わせている。生姜などの和素材を用いてキレを出すことで「日本食に合い、日本人の舌に合う」という特徴を備えており、その点が海外のジンとの違いになるそうだ。

世代をわたるサントリースピリッツの想い

本稿では、最近話題となったジャパニーズジン「翠 SUI」にフォーカスしたが、サントリースピリッツの提供するウイスキーのファンは多い。海外でもジャパニーズウイスキーの評価は非常に高いという。また「ほろよい」や「-196℃ ストロングゼロ」といった缶チューハイなどRTD(Ready To Drink)もアジア全般で大変な人気を得ているそうだ。

このように世界で愛されるサントリースピリッツだが、神田氏は同社の今後について次のように語る。

「ウイスキーを始めとしたスピリッツというお酒は、つくりはじめてすぐ売れるものではありません。10~20年先を見据えないといけない事業で、先を見ながら設備投資や開発を行い、次の世代にバトンを渡していかなければならないのです。これを後輩に伝えながら、サントリースピリッツを日本中で、そして世界で愛されて信頼されるスピリッツ会社にしていきたいと思います」

神田氏の仕事の流儀とは

最後に、神田氏の仕事の流儀について伺ってみたい。歴史ある酒造メーカーを率いる同氏は、仕事に対してどんな想いを持ち、心がけているのだろうか。

「私にとっては、出会いが財産だったと思っています。現在の私があるのもその積み重ねです。『同じ釜の飯を食った仲間』という言葉を大事にしています。人間は自分のためだけではそんなに頑張れない。誰かのため、チームのため、何かのためなら頑張れるものだと思います。そういった想いを持てれば、自然とやりがいを持って仕事ができて、良いビジネスに繋がっていくのではないでしょうか」