キリンビールが販売する第3のビール「本麒麟」はめちゃくちゃ売れているらしい。昨今、若者のビール離れが進行しているというなかで右肩上がりに売り上げをのばしているのだという。今回、大ヒットしている「本麒麟」のブランドリーダーとして活躍する永井勝也さんにインタビュー取材を実施。
大ヒット商品を生み出したブランドリーダーが考える「仕事のウラガワ」についてなど、いろいろとお話をうかがってきた。
ヒット商品を生み出すまでの苦労とは
永井さんは量販店向け営業を経験した後に開発担当へ、その後マーケティング担当としての仕事を担当することになったのだという。
―― これまではどういった商品をご担当されてきたんですか?
新ジャンルでいうと、「のどごし<生>」や「本麒麟」などを担当してきたのですが、それまでは缶チューハイなども担当してきました。今では世の中に忘れられてしまったような商品も、たくさん造ってきました(笑)。
いわゆるビールらしさを追求した「麦系新ジャンル商品」では、12ブランド連続で定着しませんでした。なかには一時的に売れたものもありましたが、定着はしませんでした。ブランドによっては数十億円もの費用をかけているのにも関わらず……。
―― 数十億円ですか!
そうなんです。新ジャンル以外でも、例えば2008~11年はチューハイ・カクテルブームだったので、「これはいけるぞ!」と「ワインスプリッツァー」のカクテルの開発に携わったことがありました。それまではハイボールが非常に人気で、ポストハイボールを狙った商品として打ち出したのですが、発売時にヒットした後は伸び悩んでしまい……。
ほかにも「お酒は楽しく!陽気に!」といって「ラム×グレープフルーツジュース」を混ぜたカクテルを造った時もありました。当時はCMもめちゃくちゃはねて、「こりゃ来た!」と思ったのに花火のような感じで、一瞬で売り上げが下がってしまうなんてことも……。基本的には「ハズレ」ばっかりですね。
すでに多くのヒット商品が販売されている缶のアルコール市場において、新たなヒット商品を生み出すのは非常に難しいとのこと。さまざまな試行錯誤の末に誕生するものでも、日の目を浴びずに消えてしまうことが結構あるのだという。
店舗で素通りされる商品
―― 広い視野を持って商品と向き合わなければならないのだと感じます。
おっしゃるとおりだと思います。
実際に商品を購入されるお客様は、だいたい2、3秒で購入する商品を決めているといわれています。なので、CMで有名なタレントさんを起用しても、「タレントさんが何かを飲んでいた」というイメージだけがついて、店頭に並ぶ商品とCMを印象付けられていないということもしばしば。難しい広告ではお客様に商品の魅力は伝わらないんですよね。
―― なるほど。
それは広告だけではなくて。商品ひとつをヒットさせるといっても、味やパッケージだけでなく、さまざまな角度から商品のことを考えなければいけません。「店舗で素通りされてしまうな」「商品に気付いてもらえないな」というものにならないよう改良していきます。
お客様からのヒアリングがキーに
―― さまざまな商品に携わってきたことが分かりました。では実際に商品が販売されるまでには、どのような工程があるのですか?
商品にもよりますが、キリンビールではお客様の手に届くまでに早くても1年以上の時間がかかっています。【商品のコンセプト決め → パッケージデザインや味の決定 → 広告やPR方針の決定 → 販売】といった流れになります。
そしてキリンビールでは、商品のコンセプト決めの時点から、お客様にヒアリングをしています。
―― そんな早い段階からお客様の意見が入っているのですね。
そうなんです。まずはお客様や世の中のニーズに合わせた「全体のコンセプト決め」から始まるんですが、商品の方向性やコンセプトなどを作成した段階で、お客様の反応を確認します。そして改めて軌道修正して、また反応を確認して……といったことの繰り返しを行っていきます。
―― お客様とのコミュニケーションで難しいことは?
「今充足されていないニーズを掴むこと」といいますか。本質的に「まだない商品」を見つけることの難しさを日々実感しています。お客様ご自身も本来の要望に気付いていない場合も結構多くて。
「どんな缶チューハイが欲しいか」と聞かれても、「氷結よりももっと◯◯で□□な商品が欲しい」など、すぐ浮かべるのは難しい。自分が本当に欲しい商品を思い浮かべるのは意外と簡単ではないなと感じます。
例えば、お客様と話していても今あることに満足してしまっているというケースが多いんですよ。本音は「もっと〇〇が飲みたい」「もっと本格的なものが飲みたい」等。そういった本音の部分がどこにあるのかを改めて見つけることは難しいですね。オリジナリティがあることが、「良い商品」というわけではないので。
―― なるほど。
だからこそお客様の本音のところを探る質問を持っておくことが重要だと考えています。「こんなものが欲しいのでは? 」という仮説に対して、違和感のある回答が出た際に深堀りしていく、といった流れ。例えば「本麒麟」の場合は、「新ジャンルに満足していると言っているにも関わらず、週末や友人が来たときはビール銘柄を選ぶ」といった回答を深堀りし、「本当はビールが飲みたい」といったコンセプトに繋がる未充足なニーズにチャンスを見出しました。このようなお客様の本音に繋がるような違和感を見つけることが大切だと思います。そんな違和感を見つけられると簡単なんですけどね。
―― 「開発」と聞くと、なんだかオフィスにこもってひたすらテイスティングを繰り返して……みたいな、バックオフィス的なイメージがあったのですが、全くそんな感じではなさそうですね。
おっしゃるとおりだと思います。いろんな人に話を聞きに行っては造り変えて……と結構動き回っていますね(笑)。
実際にお話をうかがってみると、よりお客様が満足できる商品造りを考え、時間を割いているのだということが分かった。
大ヒット商品=お客様のリアルな感想が浮かぶ商品
―― これまでヒットした商品とそうでない商品の違いとは何だったのでしょうか?
僕がかかわった主なヒット商品は「ビターズ」「本麒麟」なのですが、この2つと他の商品の違いは、お客様自身が気づいていない、本音の部分で求めているものが見つけられるかどうか、心から満足する姿が浮かぶところまで突き詰められたか否か、だと感じています。
良い時は、お客様からの良いコメントが思い浮かぶんです。「本麒麟」でいうと、「苦味もしっかりとあって、本当にビールを飲んでいるみたいですね」みたいな。ひとりのお客様を想像して、その人が大満足している姿を想像できた商品は大ヒットしていたように感じます。
最も理想的なのは「自分がやりたいこと」や「自分たちにしかできないこと」を通じて「価値を感じられるお客様」が満足できる商品を生み出すことにあると思っています。
そして「ジャンルの枠を超えて一番うまいと思ってもらえる最高品質デイリービール(新ジャンル)」まで落とし込めるとすごく良いなと。そういった思いを込めて「本麒麟」を造りました。
キリンビールで商品が生まれるまでには、ブランド担当者のさまざまな角度からの試行錯誤があるということが分かった。次回は「本麒麟」が生まれるまでを深堀りしていこう。