東京都武蔵野市は、特別定額給付金事業においてNTT東日本 東京事業部の協力のもと、AI-OCRおよびRPAを導入。1日最大6,000件、合計約74,000件の申請情報入力業務を効率化・自動化し、迅速な給付を実現した。同市がAI-OCRおよびRPAを採用した背景とその効果について、武蔵野市を伺った。

  • (左から)武蔵野市 尾身裕太郎氏、半田直利氏、古藤亮氏

特別定額給付金の給付にAI-OCRとRPAを活用した武蔵野市

東京都武蔵野市は、令和2年度から11年度を計画期間とする「武蔵野市第六期長期計画」をICTの側面から推進する計画として、「武蔵野市第六次総合情報化基本計画」を策定している。その基本目標として“ICTを活用した市民サービスの拡大”、“総合的な市政情報提供の推進”、“ICTの活用による業務効率化”を掲げている。

新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として行われた特別定額給付金事業においては、武蔵野市全体で約7万4000件の申請書が送られてくることになるが、これらすべての申請書情報を人が手入力し、その確認をしながら作業を進めていくためには、多大な人的なパワーを必要とする。

市役所の業務には入力や仕分け、といった反復的な作業が多い。しかし、新型コロナウイルスの流行という緊急事態下においては多くの人を一か所に集めることは難しい。また、人的リソースの余裕自体もない。そこで、AI-OCRとRPAによって入力作業を自動化し、短期間かつ少人数での特別定額給付金の給付を実現しようとしたのだ。

武蔵野市 市民部 多文化共生・交流課 多文化共生推進担当係長 古藤亮 氏、総務部 情報管理課ICT利活用担当係長 半田直利 氏は、この計画の始まりを次のように振り返る。

「以前から私は市役所の業務において、今後AI-OCRは必須になると考えていました。これを情報管理課のICT利活用担当係長である半田氏に話したところ、『今年度から市役所全体でのAI-OCRやRPA等の推進にNTT東日本さんが協力する体制である』とのことでしたので、あわせて特別定額給付金事業の相談をしました」(古藤氏)。

  • 武蔵野市 市民部 多文化共生・交流課 多文化共生推進担当係長 古藤亮 氏

「すでに3年ほど前からAI-OCRやRPAについて検討しており、先進自治体である茨城県つくば市への視察やNTT東日本さんのトライアルなどにも参加していました。令和元年度には試行事業という形で導入し、令和2年度には情報管理課で本格的な導入を進めようと検討していました。」(半田氏)。

  • 武蔵野市 総務部 情報管理課 ICT利活用担当係長 半田直利 氏

実際に使われたAI-OCRは、NTT東日本の「AIよみと~る」。決め手はセキュリティレベルが高い総合行政ネットワーク(LGWAN)で利用できることにあり、他自治体での実績等から選択肢は限られていたといえるだろう。RPAはもともと実証実験を進めていた純国産ソフト、NTTアドバンステクノロジの「WinActor」となる。この2つは連携性も高く、最適な選択だったと半田氏は話す。

昼夜問わず作業ができることがRPAの真価

ここからは、武蔵野市が特別定額給付の申請を開始するまでの流れを追っていきたい。特別定額給付金事業の実施が閣議決定された翌日の4月21日、特別定額給付金事業担当への兼務の内示があった。ここからすぐにNTT東日本に相談が持ち掛けられ、AI-OCRとRPAを利用する検討が始まり、自動化後の業務フロー作りとシステム開発がスタートする。

「武蔵野市はできる限り早期の申請書発送を目指していました。一日でも早く送って、一日でも早く給付を行いたかったのです。市民の期待に応えるのはもちろんのこと、一番というインパクトで武蔵野市をニュース等で取り上げてもらい、広範囲な周知と申請を促したいという考えもありました。」(古藤氏)。

4月23日に企画調整課特別定額給付金事業担当が発足。5月中旬の申請書発送を目指す目標をたて、5月20日に申請書を一斉発送。5月22日に最初の申請書が武蔵野市へ到着。始めは人の手による申請書の処理が行われ、一日当たり約1,000件が処理された。

  • 武蔵野市の特別定額給付金申請書

「特別定額給付金申請の受付は、封筒が届いたらまず人の手で開封、目視で書類確認を行います。それからスキャナで申請書画像を読み取り、AI-OCRにアップロードして申請情報をテキストデータ化。このデータを再び目視確認し必要に応じて人が補正を行います。これ以降は、RPAで特別定額給付金システムへ自動入力していくという流れになります」(半田氏)。

  • 特別定額給付金事業の自動化イメージ

RPAが実際に稼働を始めたのは郵送申請開始から4日後の5月26日で、初日は約2,500件の入力を実現。さらに3日後の5月29日には約5,000件の入力が行えるようになった。正確な数値は算出されていないものの、AI-OCRは肌感で約9割の識字率であったという。また、RPAによる特別定額給付金システム側で登録されていない金融機関情報の自動入力など、当初はうまく動作しない部分もあったが、最終的には95%は問題なく自動化できたそうだ。

特別定額給付金事業において申請書の不備への対応を行っている、都市整備部 まちづくり推進課主任の尾身裕太郎氏は実際に起こったトラブルを次のように説明する。

  • 武蔵野市 都市整備部 まちづくり推進課主任 尾身裕太郎 氏

「銀行は全国に無数にあり、さらにその支店もあります。特別定額給付金システムに銀行情報を保有していますが、保有していない金融機関や支店銀行の情報がたくさんあります。それが原因となり、RPAで自動入力する際にエラーが発生しました。このケースは後から人が入力する形を取りました。その他のエラーは個別対応として注意喚起のメモを入れていたものです」(尾身氏)。

8月中旬の段階で、武蔵野市が受領した申請書は約7万4000件。RPAの処理能力は、速度で比較すると人の約2倍の作業速度だが、人間と異なり疲労することがなく、昼夜問わず連続して稼働させることができる。それを踏まえるとおおよそ4倍の作業能力がある計算となる。残業時間が増える中でスタッフの体調をも考えねばならない武蔵野市にとって、職員の負担減への影響が非常に大きなものだったという。総じて、RPAとAI-OCRは職員の働き方改革を後押ししたといえる。

ICTと人材をうまく融合できたことが成功の理由

こうして武蔵野市は、特別定額給付金の迅速な給付を実現。その先進的な取り組みは評価を得ている。

「振り込まれた後の市民の方から『振り込まれたよ』というお手紙や電話が嬉しかったです。市役所の内部的にもICTを使って業務がうまく回ったことで良い反応がありますし、武蔵野市は早く給付できたという点で一定の評価は頂いていると思います」(尾身氏)。

武蔵野市は、今後もICTに関する研究を続け、よりよい市民サービスの提供に向けた取り組みを続ける予定だ。今後は膨大な作業量があり、紙帳票の取り扱いが多い税務関連業務などにAI-OCRやRPAを利活用していきたいという。現在はAI技術の活用検討を行っており、音声認識技術を用いた議事録の作成を試行するなど、今後も各種業務で試行を検討しているそうだ。

「NTT東日本さんは武蔵野市の情報システム基盤の開発・保守など、ICT化の根幹を支える主要業務を担っていただいています。今後も先進的な優れた製品やサービスがあれば、どんどん活用していきたいと思いますし、ICTを活用した市民サービスの拡大や業務効率化のために互いに協力しながら一緒に取り組んでいきたいと思います」(半田氏)。

「特別定額給付金事業は、武蔵野市が本気を出して取り組んだ一つの事例と言えます。新型コロナウイルス流行という状況に苦しむ市民の皆様に、早く10万円の給付金を届け、安心してもらいたかったです。本事業の兼務辞令を受けていない職員も含め最終的には市役所内だけでも実に50人超が業務に従事し、間接的にも多くの方々に支えられました。ICTは非常に大切ですが、人員体制を整えることも絶対に必要です。振り返ってみれば、今回はICTと人材をうまく融合できたことによって迅速な給付ができたと感じます」(古藤氏)。