米国航空宇宙局(NASA)は2020年6月17日、探査機「ニュー・ホライズンズ」を使って太陽系の近くにある恒星を撮影し、地球から撮影した場合と位置がずれる、「視差」が起こる様子を捉えることに成功したと発表した。

撮影時、地球と探査機との距離は約70億km。これにより、史上初めて、肉眼でもはっきりと恒星の視差がわかる画像が取得された。

  • ニュー・ホライズンズ

    ニュー・ホライズンズと地球の望遠鏡が同じ日に撮影した、太陽系に最も近い恒星「プロキシマ・ケンタウリ」の画像。両者の間の距離が非常に遠く離れていたため、肉眼ではっきりわかるほどの視差が生じた (C) NASA

ニュー・ホライズンズを使った史上初の実験

「視差」とは、異なる2つの場所から同じものを見た際に、見え方に差ができる現象を指す。

最も身近な例は人間の目で、片目をつぶって物体を見ると、右目と左目では見え方に違いがあることがわかる。この両眼視差という現象によって、人間は両目で見たとき、奥行きを知覚することができる。

これと同じように、 地球が太陽のまわりを回っていることを利用し、半年の間を置いて同じ恒星を観測することで、地球と太陽の距離の2倍、すなわち約3億km離れた場所から恒星を見ることになるため、視差が生じる。これを「年周視差」と呼び、科学者たちは長い間、この効果を使って、太陽系から比較的近い恒星までの距離を測ってきた。

視差は、対象が近いほど、あるいは観測する2か所の距離が長くなるほど大きく見える。しかし、太陽系に最も近い恒星でさえ、地球と太陽の距離の何十万倍も離れているため、視差のずれは非常に小さくなってしまう。そのため、精密な機器を使ってしか測定できず、人間の目でその視差を認識することはできない。

そこで科学者たちは、地球から遠く離れたところを航行する探査機ニュー・ホライズンズと、地球の望遠鏡を使い、同じ日に同じ恒星を撮影した画像を比べることで、肉眼でもわかるほどの視差の変化を検出する実験に挑んだ。

ニュー・ホライズンズはもともと冥王星の探査を目指した探査機で、2006年1月19日に打ち上げられた。2015年7月14日に冥王星とその衛星をフライバイ観測したのち、昨年1月1日には太陽系外縁天体のひとつ「アロコス(旧称ウルティマ・トゥーレ)」のフライバイ観測にも成功。現在はさらに別の太陽系外縁天体の探査を目指し、航行を続けている。

  • ニュー・ホライズンズ

    太陽系に近いところにある恒星を、ニュー・ホライズンズと地球から撮影した場合に視差が起こるイメージ図。遠くにある星々は背景に止まって見えるものの、近くにある恒星は移動して見える (C) Pete Marenfeld, NSF's National Optical-Infrared Astronomy Research Laboratory

今回の実験は、今年4月22日から23日にかけて行われた。撮影のターゲットとなったのは、太陽系に最も近い、約4.2光年離れたところにある恒星「プロキシマ・ケンタウリ」と、約7.8光年離れた距離にあり、また『新スタートレック』でボーグとの戦闘の舞台になったことでもおなじみの「ウォルフ359(ウルフ359)」の2つである。

このときニュー・ホライズンズは、地球から約60億km離れたところを航行していた。これほど離れた視点間で視差観測が行われたのは史上初のことであり、肉眼で簡単に観測可能な恒星の視差を、初めて生成することに成功した。

  • ニュー・ホライズンズ

    ニュー・ホライズンズと地球の望遠鏡が同じ日に撮影した「ウォルフ359」の画像。視差が生じている (C) NASA

ニュー・ホライズンズの主任研究員を務める、サウスウエスト研究所(SwRI)のアラン・スターン氏は、「ニュー・ホライズンズは、異星人が見上げている空と同じ光景を見ていると言ってもいいでしょう」と語る。「これにより、太陽系の近くにある恒星を、地球から見るのとは異なる位置で観測し、目に見える形で視差を生み出すという、史上初の偉業が可能になりました」。

また、同探査機のサイエンス・チームのメンバーである米国立科学財団(NSF)のTod Lauer氏と、SwRIのJohn Spencer氏、そしてロック・バンド「クイーン」のギタリストで宇宙物理学者のブライアン・メイ氏らは、これらの画像を使って、恒星が浮き上がって見える立体視画像を製作した。

メイ氏は「ニュー・ホライズンズのチームはこれまでに、冥王星やアロコスの、驚くべき立体視画像を作ってきました。そして今回の画像は、視点間距離などあらゆる面でこれまでの画像を凌駕しています」と語っている。

  • ニュー・ホライズンズ

    ブライアン・メイ氏らが作製した、プロキシマ・ケンタウリの立体視画像 (C) NASA

将来は銀河系の探査にも応用

研究チームはまた、今回のような技術は将来的に、恒星間航行をする際に役立つかもしれないと語る。

人類は大昔から、陸地の見えない外洋を航海する際などに、天体を観測することで自分の位置を特定する「天測航法」という技術を使ってきた。それと同じように、今回のような技術を使えば、恒星を利用して銀河系内で自分の位置を特定することができる。

現在ではまだ、NASAがもつ「ディープ・スペース・ネットワーク」のような、地上のアンテナを使う電波航法のほうが正確に位置を特定できるものの、そうしたアンテナがない、人類未踏の宇宙を探索する際には役立つ。

現在ニュー・ホライズンズは、まだ太陽系の中を飛んでいるが、いずれは、NASAの伝説的な探査機である「ヴォイジャー」や「パイオニア」のように、太陽系を離れ、恒星間空間へと飛び出すことになる。

実際にニュー・ホライズンズが、恒星間空間の中でこの航法を使うことはないだろうが、今回の実験が、いつか未来の探査機による実現に向けた第一歩になったことは間違いない。

  • ニュー・ホライズンズ

    ニュー・ホライズンズの想像図 (C) NASA

参考文献

New Horizons Conducts the First Interstellar Parallax Experiment | NASA
New Horizons: News Article?page=20200611
New Horizons: The First Mission to the Pluto System and the Kuiper Belt | NASA

鳥嶋真也(とりしましんや)

著者プロフィール

宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。

宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info