工学院大学、名古屋市立大学(名市大)、国立天文台の3者は4月9日、日本のVERAと韓国のKVNの合計7台の電波望遠鏡を組み合わせたVLBI(超長基線電波干渉計)を用いて、地球から約5500万光年彼方のおとめ座銀河団の中心にある巨大楕円銀河「M87」の超大質量ブラックホールから噴き出すジェットに見られる周期的な横揺れを詳しく分析した結果、この揺れが単なる局所的な変動ではなく、ジェット内部を下流へと伝播する「横波」として振る舞っていることを突き止めたと共同で発表した。
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日韓合同VLBI観測網「KaVA」。下段は今回の観測に参加した電波望遠鏡で、KVNは3局。左からヨンセイ局(ソウル)、ウルサン局、タムナ局(済州)。VERAは、水沢局、入来局、小笠原局、石垣局の4局。(c)国立天文台/韓国天文研究院(出所:NAOJ Webサイト)
同成果は、韓国天文研究院の盧炫旭(ノ・ヒョヌク)博士研究員、工学院大 教育推進機構の紀基樹准教授、名市大の秦和弘准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国天文学会が刊行する天体物理学を扱う学術誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。
地球から約5500万光年の距離のおとめ座銀河団の中心に位置するのが、巨大楕円銀河のM87である。その中心には、太陽質量の約65億倍もの超大質量ブラックホール(以後、便宜的に「M87*」と呼称)が鎮座する。M87*は、地球からの距離が比較的近く、なおかつ宇宙屈指の巨大さを誇ることから、天の川銀河の中心に位置する「いて座A*」と並んで、現代の技術でも直接観測が可能な極めて貴重な超大質量ブラックホールだ。2019年には、アルマ望遠鏡を中心とした、世界中の電波望遠鏡が連携する、地球規模の仮想的な直径を持つVLBIネットワーク「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」により、史上初となる「ブラックホール・シャドウ」の撮影に成功したことでも広く知られている。
ブラックホールは、事象の地平面を超えると光すら脱出できない天体だが、物質を飲み込むだけではなく、その近傍からは相対論的な速さのジェットを噴出する側面も持つ。M87*も同様に、すぐ近傍から長さ数キロパーセク(1キロパーセクは約3260光年)もの距離に及ぶ細長い相対論的ジェットを放っており、その構造を観測できる重要な研究対象となっている。
これまでの研究により、この相対論ジェットの縁に沿って約1年周期の微小な横方向の揺れが存在することが示されていた。そこで研究チームは今回、このジェット構造の揺れが空間的・時間的にどのように変化しているのかを詳しく調べたという。
今回の研究では、日本と韓国のVLBIネットワークであるVERAとKVNを組み合わせた「KaVAアレイ」による22GHzの高頻度モニタリング観測を、2013年12月から2016年6月までの間に24回実施。M87*から12ミリ秒角以内(1ミリ秒角は0.27光年)に広がる、M87*の1000倍以上に及ぶジェット構造が精密に解析された。
解析の結果、この横方向の揺れは単なる局所的な変動ではなく、ジェットの下流へ向かって伝わる“横波”として振る舞っていることが判明。振動の周期は約0.94年でほぼ一定であり、位相は距離と共に連続的に進んでいる実態も明らかになった。また、位相の進み方から算出された横波の波長は約2.4~2.6光年(9~10ミリ秒角)に達するとした。
さらに、この振動を単純な正弦波モデルで近似すると、波の見かけの伝播速度は光速の約2.7~2.9倍に達することが示された。これは相対論的効果によって生じる「超光速運動」であり、実際に物質が光速を超えているわけではない。しかし、ジェットの両側でほぼ同じ周期や位相が得られた事実は、この波がジェット全体にわたって整った構造を持つ現象であることを裏付けているとしている。
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(中央パネル)M87ジェット輝度分布の稜線の時間変化(2013年12月~2016年6月)。灰色の等高線はM87ジェットの輝度分布を示し、すべてジェット軸が水平方向に揃うよう、時計回りに18度回転されている。白い矢印は、稜線の動きの解析から得られた横波の2.4~2.6光年(9~10ミリ秒角)の全長。この波の見かけの伝播速度は光速の約2.7~2.9倍に達する。(周囲の4パネル)コアから1、3、7、11masの距離における各断面において観測された横方向振動が示されている。データ点は観測された横方向変位、実線は最良フィットモデルが示されている。振動周期は約0.94年だ。(c)Ro, Kino, Hada et al. (2026), ApJ(出所:NAOJ Webサイト)
この波の正体については、いくつかの可能性が考えられるとする。1つは、磁場が弦のように振動しながらエネルギーを運ぶ「アルヴェン波」だ。M87ジェットは強い磁場に支配されていると考えられており、その磁場が弦のように振動しながらエネルギーを運んでいる可能性がある。今回観測された波の速さは、磁気的な波の性質とよく一致しているとする。あるいは、ジェットの流れの不安定性によって生じた波動である可能性も指定されており、M87*周辺で生じるエネルギーの電波メカニズムに新たな知見を与えるものとした。
この波が生成される領域として最も有力なのが、M87*の極めて近傍である。M87*の周囲ではガスが激しく渦を巻き、磁場がねじれ、エネルギーが周期的に放出されていると考えられている。こうした変動がトリガーとなり、ジェット内に波が送り出されている可能性があるとした。実際、M87ジェットには約11年周期の穏やかな変動も報告されており、今回発見された約1年周期の波とは別のリズムが存在することがわかっている。M87ジェットは単調な噴出流ではなく、多様な時間スケールで「鼓動」しているようなものとする。
もう1つの可能性は、M87ジェットそのものが伝搬中に不安定になり、ねじれやゆらぎが成長して波のように伝わっているという解釈だ。これは川の流れにさざ波が立つ現象に例えることができるという。どのメカニズムが支配的なのかについては、今後のさらなる高感度観測や理論研究などによってさらに明らかになることが期待されるとしている。