飛行中脱出試験(in-flight abort test)

飛行中脱出試験(in-flight abort test)とは文字どおり、クルー・ドラゴンをロケットに載せて打ち上げ、そして飛行中に実際に脱出を行う、きわめてダイナミックな試験である。

このためにスペースXは、実際にファルコン9ロケットを用意した。1段目機体は、2018年5月と8月、12月に飛行した機体で、今回が4回目の飛行となる。ただ、今回は軌道まで飛ぶ必要はないため、2段目機体は、質量やバランスを合わせるために推進剤は充填されていたものの、エンジンは取り外されていた。

ちなみに、NASAのアポロ宇宙船や、開発中の「オライオン」宇宙船、またインドの宇宙船などでもこうした試験は行われているが、実際に打ち上げに使うロケットではなく、小型のロケットを使い、実際の飛行環境と似た状況を作り出したうえで行うのが通例である。もっとも、ファルコン9はもともと低コストであり、さらに再使用によってさらに安価になっていることから、別のロケットを用意する必要はなかったものとみられる。そのうえ、実際の打ち上げとほとんど同じ条件の中で試験できることもあり、メリットは大きい。

クルー・ドラゴンを載せたファルコン9は、日本時間1月20日0時30分(米東部標準時19日10時30分)、フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターの第39A発射台から離昇した。

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    飛行中脱出試験に向けて飛び立ったファルコン9 (C) SpaceX

ロケットは実際の飛行と同じように飛び、そして打ち上げから約90秒後、高度約20kmに差し掛かったところで試験が行われた。これはちょうど、「マックスQ」と呼ばれる、飛行中の機体に最も負荷がかかる領域にあたる。

試験は、ファルコン9が飛行中になんらかの問題が起き、それをコンピューターが検知したという想定で行われた。コンピューターは即座にファルコン9の1段目エンジンをすべて停止、それと同時にクルー・ドラゴンのスーパードレイコーに点火。そして宇宙船は、推力を失いつつあるロケットから急速に離脱した。

その後クルー・ドラゴンは、ロケットから十分に離れたのち、カプセルとトランクを分離。カプセルはドローグ・シュート、続いてメイン・パラシュートを展開しながら降下し、打ち上げから約10分後に大西洋に着水した。その後、米空軍の協力のもとでカプセルの回収にも成功し、このあと検査や分析が進められることになる。

一方のファルコン9は、想定どおり、エンジンを止めたことで制御を失い、やがて大気から受ける圧力によって空力的に破壊された。また、クルー・ドラゴンのトランク部分はほぼ無傷で回収されている。

ちなみに、飛行中の事故として、考えられる最も深刻なシナリオは、ロケットが突如として爆発することである。ただ、スペースXのイーロン・マスクCEOが、試験後の記者会見で語ったところによると「ロケットがなんの前触れもなく突如として爆発することはきわめて稀である」という。

そして、「実際には、爆発するまでにさまざまな兆候がみられるはずであり、そしてファルコン9はそのわずかな兆候を捉えたら、即座にエンジンを停止し、クルー・ドラゴンを脱出させるようプログラムしている。今回の試験は、そうした最も起こりやすい事故のシナリオの中で、想定どおり脱出できるかどうかを見ることが目的だった」と語った。

そのうえで、「もし万が一、ロケットが突如として爆発したとしても、十分に脱出できる能力がある」と付け加えた。

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    ロケットから脱出したクルー・ドラゴン (C) SpaceX

有人飛行は今年4月~6月ごろ実施か

詳細な分析はまだだが、ひとまず試験は成功したことで、いよいよ宇宙飛行士を乗せた試験飛行の実現が見えてきた。

有人での試験飛行は「Demo-2」と呼ばれ、NASAのロバート・ベンケン宇宙飛行士とダグラス・ハーレイ宇宙飛行士の2人が搭乗することになっている。両氏ともスペース・シャトルへの搭乗経験もあるベテランの飛行士で、今回の飛行中脱出試験も地上で立ち会うとともに、打ち上げ前には宇宙船に搭乗するリハーサルも行った。

Demo-2の実施時期について、今回の試験後の記者会見でマスク氏は「今年の第2四半期(4月~6月)になるだろう」という見通しを述べ、同席していたNASAのジム・ブライデンスタイン長官もそれを肯定した。

一方、NASAの商業有人宇宙プログラムの責任者を務めるKathy Lueders氏は、「今年2月にクルー・ドラゴンのパラシュートの最終試験が行われる予定で、その結果を見て決定したい」と述べている。クルー・ドラゴンのパラシュートは、これまでに度重なる設計変更や、製造業者の変更、さらには展開試験の失敗などを経験しており、NASAとしては慎重に事を進めたいという意図があるようだ。

もっとも、NASAやスペースXにとっては、あまりゆっくりとはしていられないという事情もある。

NASAは、2011年にスペース・シャトルを引退させたあと、ロシアからソユーズ宇宙船の座席を高値で購入し、宇宙飛行士をISSへ送っている。NASAは当初、早ければ2015年から、スペースXのクルー・ドラゴンと、同じく宇宙船を開発しているボーイングの有人宇宙船「スターライナー」を使って、宇宙飛行士の輸送を始めたいとしていたが、NASAの予算不足により遅れることとなり、さらにその後、スペースXもボーイングも、宇宙船の開発や試験スケジュールが遅延。現在まで有人飛行は実現しておらず、ソユーズに依存する状態が続いている。

クルー・ドラゴンとスターライナーの完成は、こうしたソユーズへの依存に終止符を打ち、そして米国の地から、米国の宇宙船で、米国の宇宙飛行士を打ち上げることの復活という、自律性という点でも、また金銭面でも、そして米国のプライドという面でも、きわめて重要な鍵を握っている。

しかし、クルー・ドラゴンはいまだパラシュートが課題として残っており、またスターライナーは、昨年12月の無人試験飛行でトラブルが起き、予定を切り上げて地球に帰還する羽目になるなど、いまをもってなお、双方ともに開発状況は予断を許さない。実際NASAは、さらなる開発の遅れに備え、ソユーズの座席を追加購入することも検討している。

早期の完成が待たれる一方で、安全性の確保は第一であり、NASAとスペースX、ボーイングにとって、試練のときが続いている。

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    宇宙を飛ぶクルー・ドラゴンの想像図 (C) SpaceX

出典

CREW DRAGON LAUNCH ESCAPE DEMONSTRATION | SpaceX
in-flight abort test media kit
Pending test outcomes, NASA says SpaceX could launch astronauts in early March - Spaceflight Now
SpaceX conducts successful Crew Dragon In-Flight Abort Test - NASASpaceFlight.com
Dragon | SpaceX