ブライデンスタイン氏とはどんな人物なのか?

ところで、今回来日したジム・ブライデンスタイン氏とはどのような人物なのだろうか。

ブライデンスタイン氏は1975年生まれの44歳。ライス大学で経済学、心理学、経営学を専攻したのち卒業し、またコーネル大学でMBAを取得。その後、米海軍のパイロットとしてイラク戦争やアフガニスタン戦争などに参加した。

その後、オクラホマ州タルサにある航空宇宙博物館に勤め、2012年にオクラホマ州選出の共和党の下院議員として当選。政治家としては、下院の科学・宇宙・科学技術委員会(Committee on Science, Space and Technology)に所属し、「アメリカ宇宙ルネサンス法案(American Space Renaissance Act)」の立案にかかわるなどの実績をもつ。そして、2018年4月23日に、トランプ政権におけるNASA長官として就任した。

NASA発足から60年の歴史の中で、13人の長官(代行を除く)が生まれたが、理工系の学位をもっていない、科学者出身でも技術者出身でもない、また現役の議員だった人物が就くのは、ブライデンスタイン氏が史上初のことである。

トランプ大統領は2018年9月の段階で、ブランデンスタイン氏を次期NASA長官に任命すると表明していたが、多くの批判を呼び、就任に必要となる議会での承認は大きく遅れた。

なにより強い批判を呼んだのは、気候変動(地球温暖化)、とりわけそれが人為的なものであるという問題に対して懐疑的という点だった。米国の科学者を中心に、NASAという科学を扱う組織、また気候変動の観測などで高い実績をもつ組織のトップにはふさわしくないという声が噴出。また、同性婚に対して差別的な思想を持っていることも問題視された。さらに、NASA長官の候補となった時点で現役の議員だったことも、NASAの中立性という観点から、共和党議員の中からも問題視する声があった。

紆余曲折を経て、2018年4月19日に米議会上院での投票が実施されたが、共和党議員の中にも反対票を投じる者がいたこともあり、賛成が50、反対が49とぎりぎりだった。歴代のNASA長官はほとんど満場一致で決まっており、異例の結果となった。

  • ジム・ブライデンスタイン

    2018年4月23日に、任命式を経てNASA長官に就任したブライデンスタイン氏 (C) NASA/Bill Ingalls

気候変動否定派から転向したものの……

ブライデンスタイン氏はその後、4月23日に長官に就任。そして5月23日には、米上院の公聴会において、「気候変動は起こっており、その原因が人間の活動によるものであると認識している」という旨の発言をするなど、考えの変化が見られた。

しかし、この発言から現在まで、NASA長官として、気候変動などの環境観測や対策に力を入れるという態度は示されていない。したがって、単なる批判をかわすための上辺だけのものであり、実際には考えを改めていない可能性がある。

そもそも、トランプ大統領自身が気候変動に懐疑的であり、その研究や対策に否定的でもある。つまり、ブライデンスタイン氏の宇宙開発や、気候変動の研究への考え方や方針が、トランプ大統領のそれと一致したことから、NASA長官に任命されたとも取れる。

実際、その方針や人事は、きわめて残念なことに着実に実を結びつつあり、2017年には政権はNASAの地球科学予算を約1億2000万ドル削減し、NASAの4つの地球科学ミッションをキャンセルすることを提案した。そしてブライデンスタイン長官が就任したあと、2019会計年度も予算は削減。議会の働きにより、大幅な予算削減やミッション中止などは避けられているが、さらに2020年会計年度の予算案でもさらなる削減が提案されている。

しかし、気候変動の問題はもはや危急の課題であることは周知の事実である。また、今回の会見と時を同じくして、ニューヨークでは、グレタ・トゥーンベリ氏が気候変動への積極的な対応を訴える演説を行い、世界中で大きな話題となるなど、気候変動に対する危機意識は世界的に強まりつつある。

もちろん、NASAが主導するアルテミス、そしてゲートウェイに参加すること、言い換えれば日本人宇宙飛行士が月を歩くことに、さまざまな面で意義があることは論を俟たない。たとえば、月から地球を見るという"視点"を提供することで、地球環境に対する警鐘を鳴らすという意義も見いだせるかもしれない。

しかし、月・火星探査に力を入れる一方で、地球環境の観測や研究がおろそかになること、そして対応が遅れることは避けねばならない。じつはトランプ政権における宇宙予算の分配がまさにその状態になっており、アルテミスやゲートウェイを進めるために、環境観測や天文衛星などの分野が犠牲になりつつある。日本が有人月・火星探査に参加するとなれば、全体の宇宙予算そのものが大幅に増えない限りは、同じように他の分野にしわ寄せが及ぶことになろう。

また、民間企業によるビジネス化が進みつつある月探査などとは異なり、地球環境の観測やデータ分析などの分野は利益を生みにくく、まだ国が主導的に研究を進めるべき分野でもある。その点において、米国と日本は、地球観測衛星のコンステレーション「A-train」を共同運用するなどし、ISSと同じくらいに、環境観測の分野でも大きな成果を上げていることを忘れてはならない。

はたして、このまま米国に付き従い、アルテミス、ゲートウェイに参画すべきなのか? この分野に積極的に宇宙予算を投じるべきなのか? 「日本人も月に降りられる」といった甘言に惑わされず、日本が行うべき、また日本にしかできない、そして次の世代に自信を持ってバトンを渡せるような、バランスの取れた宇宙開発のあり方を、いま一度検討すべきではないだろうか。

  • ジム・ブライデンスタイン

    会見するNASAのジム・ブライデンスタイン長官

出典

JAXA | 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と米国航空宇宙局(NASA)の月探査に向けた協力に関する共同声明について
NASA Administrator Jim Bridenstine | NASA
FY 2018 BUDGET ESTIMATES
NASA FY 2019 BUDGET ESTIMATES
NASA's FY 2020 Budget | The Planetary Society