米国航空宇宙局(NASA)は2019年5月14日、2024年までに米国の宇宙飛行士を月に送り込む計画を「アルテミス(Artemis)」と命名したと発表した。
また同日、トランプ大統領は、2020会計年度のNASAの予算を大きく増額すると発表。さらに、計画を下支えする民間企業の選定も進むなど、アポロ計画以来となる有人月着陸の実現に向け、大きく動き出した。
アルテミス計画はアポロとは異なり、着陸して終わりという一過性のものではなく、月での有人活動を継続的に行うことを目指した野心的な計画である。しかし、その実現までには解決すべき課題も多い。
アルテミス計画
アルテミス計画は、NASAが進める有人月探査計画で、ひとまずのゴールとして、2024年までに米国の宇宙飛行士を月に送り込むことを目指している。
実現すれば、アポロ計画以来、約半世紀ぶりに月にふたたび人が降り立つことになり、また着陸するメンバーには女性の宇宙飛行士も含まれる予定で、史上初めて女性が月に降り立つことになる。
アルテミスとは、ギリシア神話に登場する女神のことで、アポロ計画の名前の由来となったアポローンとは双子の関係にある。アポロ計画以来の有人月探査であり、また女性飛行士が参加するということもあって、ぴったりの名前といえよう。
打ち上げには、NASAがかねてより開発中の新型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」を、宇宙船は同じく開発中の「オライオン(Orion)」を使う。
アルテミス計画はまず、2020年に無人の「アルテミス1」ミッションを行い、続いて2022年に有人のミッション「アルテミス2」を実施。宇宙船の試験や宇宙飛行士の訓練などを経た上で、そして2024年に、本番の月着陸ミッション「アルテミス3」を行う。
また並行して、米国を中心に欧州や日本などが共同で進める、月を周回する宇宙ステーション「月軌道プラットフォーム・ゲートウェイ(以下、ゲートウェイ)」の建造も進められ、2024年の月着陸の拠点となるほか、その後のミッションの拠点にもなる。
さらに、詳しくは後述するが、アルテミス3の月着陸機の開発と提供、ゲートウェイの打ち上げや物資補給、そしてオプションとして2020年のアルテミス1の打ち上げロケットの提供などに、民間企業が積極的に参加することになっている。
すなわち、アポロ以来となる有人月着陸を目指すだけでなく、国際共同計画であるゲートウェイも建造し、さらに民間企業も参加する形での有人月探査を行い、そして月に降り立って終わりという一過性のものではなく、継続的な有人月探査を目指すというのが、アルテミス計画の骨幹である。
アルテミス計画のタイムライン
2024年の有人月着陸に至るまでの、現時点で決まっているアルテミス計画のタイムラインをみていきたい。
2020年: アルテミス1
無人のオライオンをSLSで打ち上げ、月の周回軌道に投入。試験などを行ったのち、地球に帰還する。ミッション期間は約25日間の予定。また打ち上げ時には、JAXAを含む米国内外の大学や研究機関の超小型衛星も搭載し、月に向かう軌道に投入する。
オライオンは2014年にも無人試験飛行を行っているが、このときはサービス・モジュールなど、機体の約半分が未完成の試作品であり、完全な実機での試験飛行はこのアルテミス1が初となる。
なお、SLSの開発が遅れていることから、ULAの「デルタIV」ロケットや、スペースXの「ファルコン・ヘヴィ」を打ち上げに使う可能性も検討されている。この場合、打ち上げ能力や搭載スペースなどの都合上、オライオンと地球周回軌道から月へ向かう軌道に乗るための上段ロケットを一緒に打ち上げられないため、それぞれを分けて打ち上げ、軌道上でドッキングさせる必要がある。ただ、ドッキング装置などはまだないため、新規開発しなければならないなど、ハードルも多い。
2022年: アルテミス2
宇宙飛行士が乗った有人のオライオンをSLSで打ち上げる。オライオンにとってはこれが初の有人飛行となる。
宇宙船は月の周回軌道には入らず、月の裏側を通り、Uターンして地球に帰ってくる「自由帰還軌道」で飛行する。ミッション期間は約7日間の予定。
2022年~2024年: ゲートウェイと月着陸船の打ち上げ
アルテミス2と3との間には、ゲートウェイの初期モジュールと、民間が開発する月着陸船が、民間のロケットで打ち上げられ、アルテミス3が有人月着陸をするための準備を行う。
ゲートウェイは、以前も取り上げたように、多数のモジュールからなる大きな宇宙ステーションだが、アルテミス3までには、このうち太陽電池パドルや電気推進エンジンをもつ「電力・推進要素(Power and Propulsion Element:PPE)」と、エンジンの推進剤や通信設備などをもつ「エスプリ(ESPRIT)」、そして宇宙船のドッキング・ポートや、居住区、倉庫の機能ももつ「米国利用モジュール(U.S. Utilization Module)」の3つが打ち上げられる。
現時点で、PPEは2022年、エスプリと米国利用モジュールは結合した状態で2023年の打ち上げが予定されている。PPEとエスプリ、米国利用モジュールが組み合わさった状態の機体は、完成形態ではないものの、有人月着陸のための拠点にはなることから「ゲートウェイ・フェイズ1」と呼ばれる。
そして2024年には、やはり民間のロケットを使い、民間が開発する月着陸船を打ち上げ、ゲートウェイにドッキングする。なお、月着陸船は居住部、月着陸用のエンジンなどを装備した下降段、そして月から帰還するための上昇段の3つに分けて、それぞれ1機のロケットで打ち上げる。
ゲートウェイや月着陸船の打ち上げに使うロケットはまだ決まっていないが、すでに運用中のスペースXの「ファルコン9」や「ファルコン・ヘヴィ」をはじめ、2021年にはULAの「ヴァルカン」や、ブルー・オリジンの「ニュー・グレン」なども運用が始まる予定であり、こうしたロケットも選択肢となろう。
2024年: アルテミス3
そして有人月着陸の本番となるのが、このアルテミス3ミッションである。
有人のオライオンをSLSで打ち上げ、ゲートウェイにドッキング。またこのとき、月面での活動に必要な物資や機器なども同時に搭載して打ち上げる。
宇宙飛行士はゲートウェイで月着陸船に乗り換え、月の南極に着陸する。月面で活動をしたのち、月着陸船に搭載された上昇段で離陸し、ゲートウェイにドッキング。オライオンに乗り換えて、地球に帰還する。ミッション期間は約30日間の予定となっている。
その後も、ゲートウェイの追加モジュールを打ち上げたり、新たな月着陸船を打ち上げたりし、2028年までに「アルテミス8」ミッションまで実施。ゲートウェイの完成や、計5回の有人月着陸の実施を目指す。
さらにその後も、ゲートウェイを拠点に有人月探査を継続的に行うとともに、2030年代の有人火星探査を目指す――というのが、現時点でのおおまかなシナリオである。
(次回に続く)
出典
・Forward to the Moon: NASA's Strategic Plan for Lunar Exploration (May 23, 2019)
・NASA Moon and Mars
・NASA Taps 11 American Companies to Advance Human Lunar Landers | NASA
・ NASA Awards Artemis Contract for Lunar Gateway Power, Propulsion | NASA
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info