米国航空宇宙局(NASA)は2019年7月2日、新型有人宇宙船「オライオン(Orion、オリオンとも)」を、飛行中のロケットから脱出させる試験「アセント・アボート2(Ascent Abort-2)」に成功した。
オライオンは、NASAが進めている有人月探査計画「アルテミス」で使われる宇宙船。今回の成功により、計画の実現に向けて重要な一歩を踏み出した。
オライオンと緊急脱出システム
オライオン宇宙船は、NASAとロッキード・マーティンが開発している宇宙船で、4人の宇宙飛行士を乗せ、月や火星へ飛行できる能力をもつ。
機体は大きく、宇宙飛行士が乗る「クルー・モジュール」と、スラスターや太陽電池、バッテリー、飛行士の生命維持装置などを載せた「サービス・モジュール」の2つの部品からなる。
原型となる宇宙船の開発は2005年から始まり、計画や設計の変更など紆余曲折を経て、2014年12月にクルー・モジュールの試験を目的とした無人の宇宙飛行ミッション「エクスプロレーション・フライト・テスト1(EFT-1)」を実施。その成果を受けて、いまも開発が続いている。
有人宇宙船にとって最も重要なのは、いついかなるときでも飛行士の生命を守り、事故が起きても、飛行士だけは生かして地球に連れ帰る能力である。なかでも、1985年のスペース・シャトル「チャレンジャー」の事故に代表されるように、ロケットによる打ち上げ時はとくに危険性が高い。
そこでオライオンでは、ロケットが打ち上げ時にトラブルを起こした際に備え、宇宙船の先端に「緊急脱出システム(LAS:Launch Abort System、直訳で打ち上げ中断システム)」を装着している。タワー型をしており、固体ロケット・モーターや姿勢制御モーター、分離用モーターなどを装備。これらの働きにより、問題が起きたロケットからクルー・モジュールを引き離すことができる。
ロケットから一定の距離まで離れたあとは、クルー・モジュールはLASを投棄し、宇宙から帰還するときと同じように、パラシュートを開くなどして降下し、着水。飛行士は救助を待つ。
なお、LASを使用するのはある一定の高度、速度までで、そこを越えたあとはLASのみを分離、投棄し、それ以降の脱出には、サービス・モジュールにあるエンジンを使う。また、ロケットの飛行中だけでなく、地上からでも使えるため、打ち上げ準備中のロケットにトラブルが起きた場合にも機能する。
LASはアポロやソユーズ、神舟などにも装備されており、スペースXが開発中の宇宙船「クルー・ドラゴン」などにも、形態は違うものの同様のシステムが搭載されている。1983年9月には、「ソユーズT-10-1」宇宙船を載せたソユーズUロケットがトラブルで爆発したものの、その寸前にLASが機能し、搭乗していた宇宙飛行士の命を救っている。
アセント・アボート2
今回行われたアセント・アボート2(AA-2)は、オライオンのLASが設計どおり機能するか、実際に飛行中のロケットから脱出させて確認することを目的とした試験である。なお、アセント・アボート1は開発スケジュールの問題から、2009年に中止、試験項目などは今回のAA-2に統合されている。
また、AA-2に先立って2010年には、打ち上げ準備中のロケットに問題が起きたという想定で、発射台上からLASを使ってクルー・モジュールを脱出させる試験「パッド・アボート1(Pad Abort-1)」が行われている。
AA-2は、2019年7月2日20時00分(日本時間)、フロリダ州にあるケープ・カナベラル空軍ステーションの第46発射台から行われた。打ち上げから約50秒後、高度約9.4km、速さマッハ1.15で、LASを起動。ロケットからクルー・モジュールの試験機が分離され、ロケットから脱出。その後、LASとクルー・モジュール同士も分離され、両者は計画どおり、大西洋上に落下した。
NASAによると、試験は成功し、「アルテミスのミッションに向けた重要な出来事になった」としている。
なお、オライオンはNASAが開発中の超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」で打ち上げられるが、今回の試験では、小型の固体ロケットを使用し、SLSによる打ち上げ時とほぼ同等の環境を作り出したうえで実施。このロケットは、退役した米空軍の大陸間弾道ミサイルLGM-118「ピースキーパー(Peacekeeper)」を転用したものである。
さらに、宇宙船にはパラシュートは搭載されず、試験後のクルー・モジュールはそのまま落下して海に落ちるようになっていた。これは、パラシュートが高価なこと、またパラシュート自体の試験は何度も行っていることが理由で、これにより試験スケジュールの加速、コスト削減が可能になったという。
測定した温度や圧力、加速度などのデータは、無線で地上に送信された一方で、船内のレコーダーにも記録された。ただ、前述のようにクルー・モジュールはパラシュートをもっておらず、海面に叩きつけられるため、レコーダーも壊れてしまう。そこで、LASの分離後にクルー・モジュールから12個のレコーダーを放出し、海に着水させて回収するという方法がとられた。これには、軍用機のチャフの放出システムが流用されたという。
2023年の有人月着陸に向け前進
現在NASAは、2021年にSLSで無人のオライオンを月まで飛ばす試験「アルテミス1」を行い、そして2023年の「アルテミス2」で、宇宙飛行士を月面に着陸させることを計画している。今回の試験は、このうちとくに有人飛行を行うアルテミス2の実現にとって重要な意味をもつ。
オライオン計画の責任者を務める、NASAのMark Kirasich氏は、「今回の試験では、ロケットが上昇している段階で緊急事態が発生した場合に、オライオンが直面するであろう最も困難な条件のいくつかを模擬しました。今日、チームはこのような厳しい条件下で、LASの性能、脱出できる能力を実証し、アルテミス計画の実現に一歩近づくことができました」と語っている。
しかし、アルテミス計画は、予算の問題や、SLSの開発などに遅れが発生していることもあって、予定どおりに実現するか、まだ予断を許さない状況にある。
出典
・Successful Orion Test Brings NASA Closer to Moon, Mars Missions | NASA
・Ascent Abort-2 Hailed as ‘Spectacular’ Flight Test - Ascent Abort-2
・NASA Orion's Ascent Abort-2 Flight Test | NASA
・AA-2 Press Kit
・Orion Overview | NASA
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
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