東急電鉄とJR東日本は、「観光型MaaS」(Mobility as a Service:需要に応じて利用できる移動サービス)の実証実験を伊豆の下田で開始する。実施期間は2019年4月1日~6月30日と、9月1日~11月30日の計6カ月間。渋谷~横浜をつなぐ東横線、あるいは渋谷~中央林間を結ぶ田園都市線など、少しローカルなイメージだが、五反田~蒲田を結ぶ池上線といったように、首都圏屈指の私鉄企業として知られている。

その東急がなぜ下田でMaaSの実証実験を行うのか。実は東急と伊豆の関係は深い。東急創業者の長男が、伊豆急行の前身である「伊東下田電気鉄道」の取締役社長に就いていたからだ。なお、現在も伊豆急は東急グループの一員で、東急は伊豆半島でのホテル経営や観光資源開発に注力している。かつて東急は、西武鉄道と伊豆の覇権を巡って争ったことがあり、下田に東急系ホテルやプリンス系ホテルがあるのはその名残だ。

さて、歴史はさておき観光型MaaSに移ろう。東急は今年の初め「郊外型MaaS」の実証実験を実施した。ハイグレード通勤バスを利用し、たまプラーザ~渋谷を結ぶ実証実験を行ったのだ。通勤時間帯に住宅地のたまプラーザから、企業集積地の渋谷に向かうには、大変な通勤ラッシュに遭遇する。それを少しでも緩和できないかということで郊外型MaaSが試された。

東伊豆から中伊豆を巡るコースで実証実験

だが、観光型MaaSはそれとは異なる。読んで字のごとく、対象は観光客だ。JR東日本がこの実験に加わるのは理由がある。東京から出発した観光客は、新幹線や東海道本線を利用して熱海まで行く。そしてJR伊東線で伊東駅へ。そこから先は伊豆急の出番で、下田まで送客するという筋書きだ。

東京と伊豆を結ぶJRの「踊り子」号

そして下田に着いてからは、スマホで行先を選び配車する「AIオンデマンドバス」や自転車、レンタカーで観光する。なお、伊豆箱根鉄道や伊豆箱根バス、東海バスも実験に参加。下田への往路は伊豆急で、復路はバスを乗り継ぎ、修善寺から三島まで伊豆箱根鉄道で移動するという、循環型の観光コースができあがる。そしてJRで東京に帰るという図式である。

AIオンデマンドバス。要はワンボックスカーだが、下田の山や海岸に囲まれた細かい道で取り回ししやすい

ここでポイントとなってくるのが「Izuko」(イズコ)というデジタルフリーパス。「デジタルフリーパス・Izuko イースト」(3,700円)、「デジタルフリーパス・Izuko ワイド」(4,300円)の2種類が用意される。前者は伊豆急全線+伊東市内および下田駅周辺の路線バスが乗り放題になり、後者は伊豆急に加え伊豆箱根鉄道駿豆線、下田および修善寺周辺の路線バスが乗り放題になる。さらに「下田海中水族館」や「伊豆シャボテン動物公園」などの入場券にもなる。これだけの内容で3,700~4,300円は、かなりお得といえるだろう。

Izukoの使用イメージ(提供:東急電鉄)

なぜ、これほどの企業が伊豆をもり立てるのか。この取り組みは、ある意味「DMO」(Destination Management Organization)といえるのではないか。DMOは“地域の稼ぐ力”を引き出すために、観光資源に精通した法人がかじ取り役となり、多くの関係者と地域振興を進めること。基本的には地域自治体が連携している場合が多い。伊豆半島においては「美しい伊豆創造センター」がDMOの活動に取り組んでいるが、東急を中心にした“交通系DMO”といえなくもない。

日本開国のキッカケになったペリー来航は、ある意味、歴史的な観光資源だ。右は下田海中水族館のイルカたち。多くの観客の歓声を浴びていた

最後に、東京急行電鉄は、この9月に「東急」と改称する。その際に鉄道事業は分割され、こちらは「東急電鉄」と名乗ることになる。東京急行電鉄は単なる鉄軌道の企業ではない。「渋谷ヒカリエ」や「渋谷ストリーム」という不動産事業、ホテル・リゾート事業、百貨店やストアといったリテール事業など、多岐にわたる。“急行電鉄”を取り去るのは、当然かもしれない。

(並木秀一)