2018年3月に発売されたキリンビールの「本麒麟」。1月下旬には1,000万ケースを突破し、過去10年間にリリースされた商品のなかでは累計販売数最速を記録したという。では、なぜ本麒麟がこれほど支持されているのか……キリンビールにその秘密を聞いてきた。
訪れたのは、キリンビール横浜工場。薩英戦争(薩摩藩×英国)勃発のきっかけになった「生麦事件」が起こった場所の至近にある。そのため「生麦工場」と呼ばれることも多い。
そもそも横浜は1870年にノルウェー系アメリカ人により、日本で初めてビールの醸造・販売が行われた「スプリング・バレー・ブルワリー」が創設された場所。この、スプリング・バレー・ブルワリーが現在のキリンビールの前身である。
本麒麟が支持されている理由は何か
お話をうかがったのは、キリンビール マーケティング本部 マスターブリュワー 田山智広氏と同商品開発研究所 中村壮作氏のお二人だ。
単刀直入に「本麒麟の何が支持されているのか?」と問うと、二人とも「味わいです」と口をそろえる。それほどまで味に自信のある本麒麟。こだわりも強いのだろう。
田山氏は「五感を駆使して酵母をコントロールしています。自然のものである酵母をコントロールするなんておこがましいですが……。ビールは工業製品などと異なり、紛れもなく農作物なのです」と話す。
ビールは試験プラントで味を見定めるが、多い場合、1日で10種類ほど仕込まれるという。それをタンクで数十日熟成させるので、時間もかかる。ひとつのテイストを試すのに、約1カ月、あるいはそれ以上の期間を要することもあるそうだ。しかも、こだわりを優先し、仕上がりが気に入らなければ、またイチからやり直す。
100年以上ラガービールを生産してきた知見を、新ジャンルの本麒麟には惜しげもなく投入した。キリンがこだわる「長期低温熟成」によるラガービールの製法がそのまま生かされている。また、ドイツ産ヘルスブルッカーホップを使用することにより、スッキリとした味わいを目指した。
しかし、本当においしいという理由だけで“過去10年間で累計販売数最速”を達成できたのか。きっと、ほかにも理由があるはずだ。
田山氏は「安くておいしいものという、根源的な要求に応えられるからこそ本麒麟は売れているのでしょう」と分析する。
本麒麟は「新ジャンル」に分類される商品。日本ではビールに課せられる酒税が高く、現在350mlあたり約77円の税金がかかる。そうした税金の高さを回避するために生まれたのが発泡酒で、350mlあたり約47円の酒税となっている。そして発泡酒よりもさらに酒税が低いのが「新ジャンル」(第3のビール)と呼ばれるもので、350mlあたりの税金は約28円だ。
一方で、新ジャンルに人気が集まると「キリン一番搾り」や「キリンラガービール」といった本格ビールの需要が落ち込むのではないかという疑問が生じる。これに対し、田山氏は「決して新ジャンルが『THEビール』(本格ビール)の需要を蚕食するとは考えていません。THEビールはコクを味わいたい方、新ジャンルはスッキリした味わいを求める方と、棲み分けができるかと思います」と、見解を述べた。
おいしくて安いだけじゃない、本気のブランディング
新ジャンルといえど、強いこだわりを持って作られている「本麒麟」。2人の話から売れ筋の理由が垣間見えた気がするが、「新ジャンルで酒税が低い」「しっかりこだわって造る」というだけでは、ほかのビールメーカーも同様なのではないだろうか。
話を聞いていると、本麒麟が1,000万ケースを突破した裏側には2つの巧妙なブランディング戦略が見えてきた。
その1つがネーミングだ。「麒麟」という漢字は、同社のアイデンティティともいえるもの。それに「本」をつけて本麒麟とするには、「新ジャンルには過度なネーミングではないか」という意見もチラホラあったそうだ。
そしてもう1つが、真っ赤なパッケージ。赤というのはキリンビールのコーポレートカラーなので、麒麟という文字と合わせて、同社の代表的な商品として体現されることになるだろう。
「ネーミングも真っ赤なパッケージも、ユーザーの期待を裏切らない味わいであることを表したいためです」と田山氏は話す。
2019年は消費税増税が実施され、新ジャンルの人気に陰りが出る可能性がある。さらに、2020年10月に実施される酒税改正によって、ビール約55円(減税)、発泡酒約55円(増税)、新ジャンル約55円(増税)と、3ジャンルの酒税が横並びになる。そのため、新ジャンルの酒税におけるアドバンテージはなくなっていくだろう。
最近は、若者のビール離れが叫ばれて久しく、ビール市場を取り巻く状況は決して順風満帆とはいえないが、この逆境の中で本麒麟がどれだけ奮闘するか、見極めたいところだ。
(並木秀一)