「好きなことで生きていく」という言葉を、数年前からよく耳にします。

多くのビジネスパーソンが、自分の好きなことを見つけ、それを生業にしたいと考えるのは、好きなことなら続けられて、スキルが身に付き、ストレスフリーで後悔のない人生を送ることができると思っているからでしょう。

「好きなことで生きていく」バッタの研究者

  •  『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎 著/光文社新書)

    『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎 著/光文社新書)

『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)の著者・前野ウルド浩太郎氏の「好きなこと」は、バッタの研究です。

幼少期に読んだ『ファーブル昆虫記』に影響を受け、昆虫学者として生きることを望んでいます。しかし、「高学歴ワーキングプア」という社会現象があるように、博士号があってもポスト不足で就職することができません。

一発逆転の生き残りをかけて、アフリカのモーリタニアのバッタ研究所に滞在し、公用語(フランス語)でのコミュニケーションが不自由なまま、サハラ砂漠でのフィールドワークに取りかかります。ところが、「60年に一度のレベルの大干ばつ」が起こり、研究対象のバッタがモーリタニアから消え、することがなくなり、無収入になってしまいます。

アフリカの何かに取り憑かれているのではと思うほどの苦難の連続。30万円の自腹で用意した飼育用ケージが潮風で朽ち果てたり、刺されたら死ぬこともあるサソリに刺されたり。一般人ならすぐに泣いて帰りたくなるでしょう。

「バッタに食べられたい」という、尋常でない「好き」を持ってしても、挫けそうになります。どん底で途方に暮れ、夢を諦めかけたとき、著者は悟ります。

「惜しむことなど何がある。出せるものはなんでもさらけ出し、思いつくことは何でもやってやれ」

どん底から一転、著者が極限状態で編み出した生存戦略が、ひとつひとつ当たっていき、それまでの失敗の連続や無収入という状況が、まるでオセロのようにパタパタと強みに変わり、クライマックスに向かっていきます。

ここに、「好きなことで生きていく」ために大切なことが読み取れます。

逆境を価値に変える発想の転換、理想の実現のために全力で工夫をすること。そして、人を楽しませ、人の役に立つことをすると、それが自分の生きる力になって返ってくるということです。

人を楽しませ、人の役に立つことが自分に返ってくる

上記のことは、まさに本書自体によく表れています。人々を惹きつけ、楽しませることに著者は全力を尽くしているのです。

まず、表紙。そのインパクトから、「なんだこれは……!」と手に取る仕掛けです。少し読めば、全ページにおもしろさが詰め込まれていることがわかります(ランダムに適当なページを開いてみてください。笑えるポイントが必ず入っています)。

内容はまるで映画や小説のような展開で描かれています。旅立ちから帰還、どん底で自分と向き合い復活を遂げる成長物語に、飽きるところがありません。メンターであるババ所長と、相棒のティジャニ、登場人物たちがストーリーを引き立てています。『南極料理人』みたいな感じで、いつ映画化されてもおかしくないレベルです。「唇はキスのためでなく、悔しさを噛みしめるためにあることを知った32歳の冬」といった名文もあちこちに光っています。

完成度の高いエンターテインメントに仕上がっているので、読者は楽しく読んでいるうちに、バッタによる被害が国際問題になっていることを知り、研究の重要性を理解します。そして、夢を持って生きることの大変さと素晴らしさに感動し、著者の魅力に染まって応援したくなっています。

その結果、著者は好きなことで生きていくための力を得ているのですね。

原動力は「いたわりと友愛」

それにしても、こんなことができる著者を尊敬します。

人を楽しませ、人の役に立つことをしようという、並々ならぬ原動力は何なのでしょう。

裏表紙を見て、ハッとしました。緑の全身タイツで砂漠に立つ著者の姿があり、そこに次の一文がありました。

「その者 緑の衣を纏いて 砂の大地に降り立つべし……」

おなじみ『風の谷のナウシカ』に出てくる言い伝えですね。このセリフを言うババ様(ババ所長でない)は、降り立った者の気配を感じて言います。

「なんという いたわりと友愛じゃ」

そう、本書全体に込められているパワーの源は、著者の「いたわりと友愛」なのです。

登場人物たちへの愛、バッタ問題に苦しむアフリカの人たちへの愛、読者への愛と、愛が溢れています。そして、これでもかと工夫して、いたわっています。

「好きなことで生きていく」ことを目指すとき、何のためにそうしたいのかをじっくり考える必要があります。有名になったりお金を稼いだりすること自体が、目的になっていることはないでしょうか。

著者にとって、お金や知名度は目的ではなく手段です。昆虫学者になるという夢があり、バッタの問題を解決して人の役に立ちたいという、愛のある目的があります。

本書を読んで、愛のある夢を描いて、人生に取り組みたいと思いました。

著者プロフィール: しーなねこ

珍妙な虚脱感を共有する団体「へもいっ子クラブ」の代表。「リアル桃鉄」「エクストリーム出社」など、視点を変えて生活をおもしろたのしくすることが目標。著書「サラリーマンは早朝旅行をしよう! 平日朝からとことん遊ぶ『エクストリーム出社』」(SB新書・共著) 。
ブログ: しーなねこのブログ
ツイッター: @shiinaneko